伊藤公孝(いとう・きみたか)先生は、核融合科学の理論で画期的な発見をなさっています。
核融合科学は、将来の地球のエネルギー源として期待されている「核融合」を研究する学問です。核融合とは、太陽などの恒星で日々生じている、ふたつの原子核が一緒になり新たな元素が生まれる反応です。太陽のような質量が大きい天体では、その重力によって原子が高密度に濃縮され、原子核同士が引き合わされることで、核融合反応が生じます。その際に生じる莫大なエネルギーによって、太陽は数十億年にわたって輝いてきました。しかし、地球は質量が小さいため、自然に核融合が生じるような環境ではありません。地球上で核融合を起こしてエネルギーを生じさせるためには、原子同士が接近して融合するような状態を人工的に作らなくてはなりません。現在のところ、人工的な核融合反応から得られるエネルギーは、核融合反応を起こすために必要なエネルギーよりも小さいため、発電所としてはまだ実用段階に至っていません。しかし、研究は世界中で進められており、将来高い効率が得られるようになれば、人類の画期的なエネルギー源になります。
3月2日、岐阜県にある「核融合科学研究所」に、伊藤先生を訪ねました。
1982年、核融合の手法の一つである「トカマク型」と呼ばれる装置で、実験中に「Hモード」と呼ばれる現象が発見されます。「トカマク型」は、人工的に発生させた高温のプラズマを磁場によって容器に閉じ込め、核融合が生じる状態を保つ装置です。「Hモード」は、ある条件においてトカマク型における核融合の効率が飛躍的に上昇する現象であり、偶然発見されたため、当時は理論的な解明が追いついていませんでした。伊藤先生は、ドイツで研究中にこの「Hモード」を説明する画期的な理論を発表しました。この理論によってトカマク型の核融合装置の研究は大きく飛躍し、現在はトカマク型による「核融合発電」に手が届きつつあります。
日本は、核融合研究において世界トップクラスの技術力を誇っており、JAEAの「JT-60」や、核融合科学研究所の「LHD」など、国内にも大型の核融合研究施設が建設されています。また、日本も開発に参加している「ITER」プログラムでは、世界初の「核融合発電」の実証を目標に掲げています。核融合は、核分裂による原子力発電とは異なり、高レベル放射性廃棄物が生じず、また、その性質上、炉が暴走するといったこともありません。実用化すれば「夢のエネルギー源」となることはほぼ確実で、地球上のエネルギー問題を一挙に解決してしまう可能性を秘めています。また、核融合の研究は他の学問分野への応用性が高いことも多く、核融合科学での前進は、科学全体の進歩にも貢献します。「考えることが仕事なんです」と語る伊藤先生。先生の講演は理論物理における「画期的発見」を追体験できる貴重な場となることでしょう。