加藤晃一(かとう・こういち)先生は、「糖タンパク質」について研究していらっしゃいます。学部時代は薬学部に所属。主に細胞を舞台として起こる薬理作用の勉強では、教科書を読んでも物質名と作用が列挙されるだけで、実質的には覚えるしかないような風潮があったそうです。タンパク質の一次元的な並び方は分かっていても、実際の現象との関連づけは全く不明だったのです。
生命現象に欠かせないタンパク質は何万個から何十万個もアミノ酸が鎖のように結合したものですが、その鎖の一部分同士が引き合ったり反発したりすることで、その鎖に特有の立体構造をかたちづくっています。
実際の生命体内では、たんぱく質はセルロースやデンプンの構成単位である糖とも結合しており、この糖鎖(糖でできた鎖)がこれまでDNAのコードやその情報をもとに合成されるたんぱく質だけでは分からなかった様々な現象への理解が進むと考えられています(※たんぱく質に限らず、生体内の脂質も糖鎖と結合を作っています)。
HやC、Nなどの原子核の振動と磁気の振動が共鳴する現象を応用したNMR(核磁気共鳴)を使います。分子の中の位置関係によって、同じ種類の原子でも振動の仕方に違いが現れるのですが、このことを逆に利用して、観測された振動のデータ(いくつものピークが連なったグラフが得られます)の違いから各々の原子が分子内のどこにあるのかを突き止めることができます。ここで重要なのは、原理的に1つのピークが1つの原子の振動に対応していることです。
非常に大きなタンパク質を測定するとなると、ごく近くにある原子同士が互いに影響し合ってグラフのピークが重なってしまい、はっきりと一つひとつの原子を区別することが難しいのですが、位置を区別したい原子をそれぞれ同位体(アイソトープ)に置き換えつつ測定するという大変に地道な作業を続けることで、その困難も解決することができました。
加藤先生は細胞に結合する抗体(免疫グロブリン、略号Ig)に付いている糖鎖の立体構造を“切断”していき、その都度上記のような測定作業を綿密に行うことで、抗体と細胞表面にあるレセプター(受容体)の位置関係を解明することに成功しました。この経験をもとに、さらに大掛かりな分子の研究にも着手しています。
「題材そのもの以上に研究を進めていくプロセスが楽しい」とのこと。そしてここまで研究を進めることができたのは、「いい環境に恵まれたから」。所属する研究室で指導してくださった教授などをはじめ、途中で多くの人の力添えを得てこそ今日の成果があるのだそうです。全てを独力で成し遂げられるわけではなく、人と人との多様な繋がりがプロジェクトの進展に大きく関わってきます。それは、途中で扱うテーマが変わっても同じことなのでしょう。
取材後、加藤先生が研究に使用している巨大なNMRの装置を見学させてくださいました。