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2009.3.28 | by admin

工藤佳久先生: 「可視化」をめぐる半生

工藤佳久(くどう・よしひさ)先生のプレビューで最もショッキングだった業績を一言で表現するならば、「イメージング」つまりは可視化の技術でした。

これがどれだけすごいのかを分かっていただくために、この技術がなかったころの話からはじめましょう。たとえば、神経の活動を調べたいとします。神経の活動はカルシウムやカリウム、ナトリウムといったイオンが移動することだとかなり前からわかっています。そのため、神経細胞の外側と内側に電極を用意して、刺激を与えたときにどれだけの電流が流れるのかを調べることで、神経細胞の活動を調べることができます。ただ、こうして調べた結果は、細胞の内側の世界と外側の世界がどう違うのかを言っているだけであって、実際に細胞のどの部分でどれだけの反応が起きているのかを知ることはできません。

一方で、可視化の技術を使えば、細胞のどの部分がどれだけ活動しているのかを知ることができます。どこにどれだけのイオンがあるのか分かるためです。さて、このイメージングを数十分の一秒という短い時間で連続的に行い、それをつなげてみるとどうなるでしょう。パラパラ漫画の高速版、アニメーションになりますね。このようにして、刺激に反応している部分、興奮している部位がどのように移ろっていくかまでも「見える」ことでわかってくるのです。実際に工藤先生が研究された順番ではこちらが先になりますが、神経同士がつながったネットワークの中をどのように興奮が伝わっていくのかということも、同じメソッドによってわかります。

可視化の手法で得られた画像なりアニメーション(ビデオ映像)なりを見て、わたしたち単純にすごい!と感じます。しかし、この手法はより優れた点があるのです。

まず、この手法では電極を細胞に突き刺さずに済みます。細胞にとっては電極を突き刺されるだけでも刺激になってしまいますが、工藤先生の手法では顕微鏡から撮影するだけです。もちろん細胞は痛みません(強すぎる光を当てると痛みますが)。こうして、より客観的現象を観察できるようになります。

次に、一回の実験で多くの対象を観察できることがあげられます。先生の手法では、観察される光の強弱とイオンの量が比例するようになっています。実験をビデオテープに録画しておいて、このビデオを再生しながら光の強弱を観測していけば、同時に観測できる点の数は観測装置の限界から少なくても、ビデオの再生は何度も繰り返せるのですべての点を観測できます。それも、各点にどれだけのイオンがいるのかもしっかりわかります。どれだけの規模を対象にしたのかは、実験において重要な情報です。実験自体が繰り返せなければ、観測を繰り返せるようにすればいい。まさに発想の転換が道を開いたといえるでしょう。

今日では観測機器やコンピュータの性能向上により、このようなメソッドが使いやすくなったそうです。

この先進的な手法によって、かつては無視されていたグリア細胞が、ニューロン神経ネットワークで大きな役割を果たしていることがわかりました。神経の機能を理解するのに非常に重要な発見でした。

これよりも前に工藤先生は記憶のメカニズムに関する神経の働きについて調べ、、論文をNatureに投稿されたそうです。しかし、投稿された先生の論文は、「信頼できない」と、論文の信頼性を担保しているレフェリー(査読者)に落とされてしまいます。この論文は結局ほかの学術誌に掲載されたそうです。頭の中が旧態依然としたレフェリーによって画期的な発見が切り捨てられてしまった、そう見えるかもしれません。ですが、工藤先生はより厳密な判断をするように促されてかえってよかったかもしれないとおっしゃっていました。

また、可視化の技術それ事態の危うさについても教えていただきました。上で書いたように、私たちは「まぁすごい」と画像を絶対視してしまうかもしれません。画像にある赤や黄色の色づけは、実際のどんな数字と対応しているのかを忘れさせるかもしれません。ほんのわずかの差しかないようなデータも、色付けをすることで、あたかも大きな変化が起こっている反応のように見せることができます。

生命科学は確かにHOTな分野ではありますが、それゆえに捏造や欺瞞がはびこり、「本当のところはどうなのか」を問い続ける科学者までもが泥をかぶらないように願っています。

プレビューのあとで東京薬科大学の研究室を見せていただきました。観測機器が高度に、精密になるにつれて、設備を整えるにもかなりのお金が必要になっているようです。

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