見聞伝 > 戸塚洋二の科学入門 > 科学入門シリーズ 4
科学入門シリーズ4
19世紀末 科学の困難 光の科学

第6回  プランクの式が意味すること


 るつぼ内部の光に関して、プランクは、振動数が極端に低い場合や高い場合に、それぞれレーリー・ジーンズの式とウィーンの式に戻るように、そして実際の観測に合うように工夫して式を求めました。

 今日は、前回強調したこと、「科学というのは、単に数式が観測に合う、というだけではだめです。物理学者がよく言うセリフですが、『この式の意味は何か』、『物理的にこの式を説明できるか』ということが問題になるのです。つまり、式は何か実際に起こっていることをイメージしていなければなりません」の部分を説明しましょう。

 また、このシリーズの最初に疑問として触れた、「kT」は1つの分子の運動を表すエネルギーでした。定数hと光の振動数fを掛けたhfは光のエネルギーですが、光は波ですから、空間に広がって進みます。分子のようにツブツブに分割できないはずです。では、分子に対応する光のエネルギーhfはどんな意味があるのでしょう」の答えも考えなければなりません。

 その前に、一つ説明しなければならないことがあります。19世紀末までに熱の科学は多くの科学者によって確立されました。物体を熱すると、物体を形作っている分子の運動エネルギーが大きくなってくる、絶対温度はその分子の運動エネルギーを表すものだ、ということがその基本です。E=kTという式で、エネルギーと絶対温度の比例関係を表しました。

 ここでもう少し説明が必要です。熱い物体内部の分子は、そのすべてがkTという運動エネルギーを持っているわけではありません。kTは分子の運動エネルギーの平均値です(実際はその1.5倍。このくらいの違いは無視しましょう)。実際の分子はいろいろな運動エネルギーをもって振動しています。つまり、分子の運動エネルギーは、平均値kTのまわりにある分布を持っています。ここではその分布を示しましょう。
 
 物体の絶対温度をT、分子の運動エネルギーをEとします。そうすると、分子の運動エネルギーの分布は、

     exp(−E/(kT))

に比例します。この式で表わされる分布を発明者の名前を取って「マクスウェル分布」といいます。

 それではプランクの式に戻りましょう。

     (fの2乗)/(cの3乗)・hf/(exp(hf/(kT))−1)

でした。これだけでは式の意味はよくわかりません。トリックを一つ使います。数学の公式、

を覚えているでしょうか。プランクの式にこの公式をあてはめます。
     a=exp(−hf/(kT))
と取ると、プランクの式は、

となります。数学に興味のある方は確かめてください。

 この式で(hf)は光のエネルギーに相当しますが、よく意味がわかりませんでした。この展開式の中で、上にあげたマクスウェル分布の式を参考にし、右辺各項の指数に注目しましょう。hfが光のある基本エネルギーを表すとします。第1項は基本エネルギーの分布を表し、第2項は2倍の基本エネルギーの分布、第3項は3倍の基本エネルギーの分布を表します。以下倍数がずっと続いていきます。

 ここで頭を切り替えなければなりません。光は波です。しかし、上の展開式を見る限り、黒体放射の光で振動数fを持つ光は、hfの基本エネルギーをもったデジタルな集合体でなければならないと、プランクは喝破したのです。

 つまり、ある振動数に着目すると、光は、基本エネルギーhfを1粒とし、るつぼの中に光の粒が1個ある状態、2個ある状態、3個ある状態・・・・をすべて考え、n個の光の粒が存在する状態の確率は、n倍の基本エネルギーに対応するマクスウェル分布で与えられる、というものです。

 つまり、分子と同じように、

      「光は粒子である」

と主張したのです。

 待てよ、その前にある係数、

     (hf)・(fの2乗)/(cの3乗)

はそのままでいいのか、という疑問がわくと思います。実はその通りです。私の考えでは、n個の光に相当する各項に対して、この式は、

     (nhf)・(fの2乗)/(cの3乗)/n

であるべきです。第1項はn個の光の全エネルギー、残りの項はるつぼの中の状態の数を表しています。状態の数は光の個数nに逆比例して減っているということです。(私はこれを証明していないがたぶん正しい。)うまいことに、分子と分母にnがあるので結局nに依らない係数になるのです。

 「量子、quantum」というのは、基本のエネルギーをもった粒子の状態、ということでつけられた名前です。光の粒子は「光量子」または「光子」と呼ばれます。

 分子と光子はすごく違うことに注意してください。温度を上げていくとき、るつぼや物体の中にある分子の数はもちろん変わりません。しかし、光の数、光子数は増えていきます。つまり、光子は作られたり吸収されたりして、その個数はるつぼや物体の熱状態ですぐ変わってしまうのです。

 定数hは「プランク定数」と呼ばれ、光速や万有引力定数と同じくらい基本的な量です。hの値は正確に測定されていて、

     h=6.626・(10の−34乗)ジュール・秒
      =4.136・(10の−15乗)電子ボルト・秒

です。

電子ボルトは、原子や分子1個のエネルギーを議論するときに便利な単位です(1.602・(10の−19乗)ジュール)。
← 前の記事へ → 次の記事へ
→ 表紙へ戻る
Copyright (C) 2008 戸塚洋二, 東京大学 立花隆ゼミナール All Rights Reserved.  表示が崩れますか?