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 今日から科学入門シリーズ第4弾を始めます。また理屈っぽい話になりますが、我慢してください。私の考えも入っているので、伝統的な説明とはちょっと違っています。この方が私には理解しやすかったのです。




科学入門シリーズ4
19世紀末 科学の困難 光の科学

第1回  光の科学と太陽のエネルギー源


 20世紀は物理学の世紀と呼ばれる大変な科学技術の進歩がありました。まさに怒涛のような勢いでした。その基礎となったのは、量子力学と(特殊)相対性理論です。このような常識を覆すような新しい法則は、数学のように人の頭脳の中で作られたものではありません。19世紀末、身近にある現象をよく観察してみると、今までの考えではどうしても説明できない現象が見つかったのです。科学者は、それらの観測事実をなんとか(数学的に)説明しようと大変な苦労を重ね、ついに新しい法則を発見しました。この身近にあって当時理解できなかった現象を説明したいと思います。

 理解できなかった現象の一つは、太陽のエネルギー源です。このお話はすでにシリーズ2・第1回で紹介しました。核融合反応がその謎を解くカギだったのですが、その基礎となったのはアインシュタインの(特殊)相対性理論でした。相対性理論も、いずれ後の入門編でわかりやすく説明します。

 今回はそれ以外の現象の一つを紹介しましょう。これは「光」に関する現象です。光はご存じのように1秒間に地球を7回り半、30万km走ります。この速度がカギです。普通の物体はずっと遅い速度でしか動くことができません。その遅い世界では、物体の動きはニュートンによって打ち立てられた法則によってうまく説明することができます。光は電磁波の一種ですが、その基本となる法則、マクスウエルの法則、は19世紀半ばに確立されました。その法則の中で、光速(cと書く)は電磁波を表すもっとも基本的な定数だということがわかりました。

 光の観測、特に光の波長や振動数の測定技術が急速に発達し、太陽光がどのような波長の光で成り立っているか、つまり、太陽光が、どのような色の光が混じったものなのかなど、いわゆる「スペクトル観測」が高い精度でできるようになりました。

 溶鉱炉や陶磁器を作る窯をのぞき窓から見ると、内部の温度とともに、中の光の色が赤から白色に変わっていくのが観察されます。また、石油や薪を燃やすダルマストーブの外側が、温度が上がるにつれて赤く光ってくることも同じ現象と考えられています。

 溶鉱炉は厄介ですから、耐火性の鉄や瀬戸物などでできた坩堝(るつぼ)を用意します。るつぼの口は小さく、中がやっと見えるくらいにします。中に何も入れないで、るつぼを加熱していきます。加熱している間、るつぼの口からなかを覗いてみることにしましょう。温度が低い時は中は暗くて何も見えません。温度が数100度になると、内部は赤く光り始めます。つまり赤熱します。さらに温度を上げていくと、内部の色は赤から黄色へ、さらに白く光り輝きます。白熱状態ですね。 

 地上ではこれ以上温度を上げることはできません。宇宙のお星さまは何らかの方法で星全体が熱せられていて、その状態はちょうどるつぼの内部の状態になっていると考えられます。ダルマストーブの外側が光るのと同じ原理です。そこでいろいろな星を観察してみると、白熱からさらに青く、そしてついには紫外で光り輝いている星を発見することができます。

 つまり、るつぼを加熱すると、その内部は光で満たされ、温度とともに色が赤から黄色、白へ、さらに青から紫外線にまで変わっていきます。るつぼの窓から見える光のスペクトル分布、すなわち振動数分布を測ってみます。その結果次のことがわかりました。

@るつぼ内部の色はいろいろな振動数の光が混じり合ってできているが、一番強い光の振動数に注目すると、その振動数はるつぼ内部の絶対温度に比例する。「ウイーンの変位則」
A光の振動数分布はるつぼの壁の材質に関係なく、常に同じ形をしている。
B光の振動数分布は、ある振動数で光の強さが最も大きくなり、振動数がその値から高い方や低い方にずれても光の強さは弱まっていく。

 以上が観測で分かったことの一部です。振動数分布を参考のために下に示します。

物理学辞典・三訂版(培風館)、2192ページより引用

 当時の科学では@もBも説明することができない、ということがわかったのです。

 絶対温度(摂氏温度+273℃、単位はK)というのは分子の熱運動に関係しています。温度は分子1個、正確に言うと分子の状態(自由度という)1つあたりのエネルギーだということは分かっていました。だから、温度はエネルギーに変換できて、絶対温度をT、分子のエネルギーをEとすると、比例定数をkとして簡単に、
          E=kT
と書くことができます。

 光の振動数をfとしてみましょう。観測事実@は、ある定数hを持ってきて、
            hf/kT=一定の数値
だ、というふうに表せます。(「/」は割り算を表します。)一定の数値というのは、それは単なる数であって、速度などのように単位を持った観測量ではない、ということを表します。(この説明はもっともらしいですね。正確に言うともう少し詳しい議論が必要です。そのヒントはウィーンのノーベル賞講演にあります。ちょっと難しいですが。)

 実はこの式が当時の理論で説明できなかったのです。今から考えれば理由は簡単です。電磁波、一般に波のエネルギーは、振動数に依らずにその振幅の2乗に比例する、というのが当時の理論が主張するところです。実際、音波やバイオリンなどの弦の振動ではそのようになっています。マクスウエルの電磁波理論も例外ではありません。

 ところが、上の式の意味するところはこうです。kTはエネルギーを表すのですから、式をちょっと変形して、
             hf=(一定の数値)・(kT)
ですから、hfが光のエネルギーを表すはずです。(「・」は掛け算を表します。)fは振動数で振幅ではありません。これは矛盾です。

 私たちが物事を表す時、質量、長さ、時間の3つがわかれば十分です。当時、基本的な定数で、この3つの単位で表せるものは、ニュートンの万有引力と光速だけでした。上のkも基本定数だろうという声が聞こえるかもしれません。確かにそうですが、kは質量、距離、時間で表わすことはできず、人間が勝手に決めた「度」というような単位が入ってくるのでだめです。

 振動数は、1秒あたり波が何回振動するかを表していますから、その単位は
「1/時間」
となります。回数は単に数ですので単位とは言いません。エネルギーの単位は
「質量・(距離の2乗)/(時間の2乗)」
です。だから、上の定数hは
        「エネルギー・時間」
すなわち
        「質量・(距離の2乗)/(時間)」
の単位を持ち、光速や万有引力定数と同じ基本的な定数と考えることができます。

 ニュートンの力学やマクスウエルの電磁理論がそれぞれ万有引力定数や光速を基本としてできているように、この新しい単位を持った定数の導入は、この定数を基本に持つ、まったく新しい理論を必要としているのです。

 kTは1つの分子の運動を表すエネルギーでした。hfは光のエネルギーですが、光は波ですから、空間に広がって進みます。分子のようにツブツブに分割できないはずです。では、分子に対応する光のエネルギーhfはどんな意味があるのでしょう。これも解決しなければならない疑問です。    (続く)
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