見聞伝 > 戸塚洋二の科学入門 > 科学入門シリーズ 4
科学入門シリーズ4
19世紀末 科学の困難 光の科学

第2回  2.725Kのるつぼから出る電波、黒体放射


 前回の記事では、るつぼを高温にした時、内部に発生する光を観察すると、次のような事実がわかりました。

@るつぼ内部の色はいろいろな振動数の光が混じり合ってできているが、一番強い光の振動数に注目すると、その振動数はるつぼ内部の絶対温度に比例する。
A光の振動数分布はるつぼの壁の材質に関係なく、常に同じ形をしている。
B光の振動数分布は、ある振動数で光の強さが最も大きくなり、振動数がその値から高い方や低い方にずれても光の強さは弱まっていく。

 @の事実は、ニュートンの力学やマクスウエルの電磁気学で説明できないことを話しました。

 その理由は、@から導かれる事実「るつぼ内部の光のエネルギーが光の振動数に比例する」という事実がニュートンやマクスウエルの理論では説明できなかったからです。

 今回はBも@と同じように、当時の理論では説明できなかったことを説明しましょう。

 るつぼに開いた小さな窓があると、そこから内部の光が外に出てきます。その光の観測には、小窓から出てくる光の強さを振動数ごとに測って、るつぼの内部の光のエネルギー密度を求めます。エネルギー密度の単位は、1立方mあたり・1振動数あたりのエネルギーです。振動数の単位は「1/秒」ですから、エネルギー密度の単位は、

     「エネルギー/立法m/(1/秒)」
     =「エネルギー・秒/mの3乗」

となります。(「/」は割り算、「・」は掛け算のことです。)

 ところで、Aの事実から、光に関係する量としては、るつぼの温度(T)、光の振動数(f)だけです。基本的定数として知られていたのは、光速(c)とニュートンの万有引力定数です。るつぼの加熱に重力は関係ありませんから、関係する基本定数は光速しかありません。(新しい定数hはまだ考えないことにします。)

 それでは、T、f、cから光の強度の単位を与えることができる式を考えてみましょう。
 kTはエネルギーです。fの単位は「1/秒」、cの単位は「m/秒」です。これらから「秒/mの3乗」を出すためには、(fの2乗)x(cの3乗)とすればよいことがわかります。
 だから、光のエネルギー密度は

     (fの2乗)/(cの3乗)・kT

に比例するはずです。実際、イギリスのレーリー卿とジーンズ卿は、詳しい計算をして、1900〜1905年の間に、比例係数まで含めた式を導きました。この式はレーリー・ジーンズの式と呼ばれます。当時の理論で導かれるのがこの式なのです。

 この式は明らかに事実Bと矛盾します。光の強度は振動数の2乗に比例してどん度大きくなっていきます。この式は、決してある振動数で強度が最大になってその両側で減るような振舞いをしません。極端にいえば、るつぼの温度が低い時でも、振動数の高い光、つまり青白い光しか出ないはずです。これは観測と全く矛盾します。

 1911年にノーベル物理学賞を受賞したヴィルヘルム・ヴィーン(またはウィルヘルム・ウィーン)は、違う考え方をして、レーリー・ジーンズの法則とは別の式を導き出しました。考え方は、るつぼをピストンのついたシリンダーにして加熱し、ピストンを押し込んだ時にどうなるかを考えたものです。ピストンを押し込むと中の光は圧縮されて温度が上がります。同時にピストンの動きは、ピストンに当たって跳ね返る光の振動数をちょっと大きくする効果を与えます(これは、ドップラー効果によるものです)。このピストンを押し込む作業は、ピストンは動かさずにシリンダーを加熱して同じ温度上昇があった状態と同じだろうと予想するのです。温度を上げると、(ドップラー効果で)振動数が大きくなる、という波の特徴を入れるところがみそです。これから、ウィーンの変位則が出てきます。彼が導いたエネルギー密度の式は、

     (fの2乗)/(cの3乗)・hf・exp(―hf/(kT))

です。ここで式の最後に出てくるexp(―hf/(kT))は、数値e(2.71828・・・、「鮒一鉢二鉢」と覚える)を取ったとき、eの(―hf/(kT))乗を表します。

     exp(―hf/(kT))=eの(―hf/(kT))乗。

 この数値や変なべき乗は、こういうものだと思うだけで結構です。

 この式とレーリー・ジーンズの式との違いを見るため、絶対温度2.725K(マイナス270℃)を取って、両方の式を比べてみましょう。なぜこの温度を取ったかは後で説明します。このような低温ですと、るつぼの中の光の振動数はずっと小さくなって、もう光とは言えず、極超短波(マイクロウエーブ)の電波になります。

 エンジニアは振動数の単位としてヘルツ(Hz)使います。これは私が説明してきた「1/秒」と同じですが、振動数だよ、と強調するためにヘルツを使います。

 また、大きな振動数を表すには、1000倍、100万倍、10億倍、1兆倍のことを、キロ(k)、メガ(M)、ギガ(G)、テラ(T)をつけて表します。1000億ヘルツの振動数は、100ギガヘルツ(GHz)と表わします。この方がわかりやすい人もいるのです。

 絶対温度が2.725Kでは、るつぼの中のマイクロウエーブの振動数は100〜500GHzくらいに広がっています。グラフを示したいのですが、紙数がつきました。次回にしたいと思います。   (続く)
← 前の記事へ → 次の記事へ
→ 表紙へ戻る
Copyright (C) 2008 戸塚洋二, 東京大学 立花隆ゼミナール All Rights Reserved.  表示が崩れますか?