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科学入門シリーズ2
アインシュタインの「E=mc2」
第1回 放射線と太陽のエネルギー源(1)
前回の記事「科学入門シリーズ1:アインシュタインの「神はさいころを振らない」で、イギリスのアーネスト・ラザフォードが原子核崩壊を研究して、3つの重要な発見をしたことを紹介しました。アインシュタインは、その3番目の発見を理解するのに大変苦悩し、結局死ぬまでその発見の意味を信じようとしませんでした。 今回は、アインシュタインも信じたラザフォードの第2番目の発見を紹介しましょう。
ラジウム226の原子核崩壊で出てくるアルファ線の実験結果です。その発見をもう一度書いてみると、
・ラジウム226の原子核崩壊から出てくる放射線は非常に高いエネルギーを持っていることがわかりました。普通の化学反応、たとえばエチルアルコールを燃やすと、反応エネルギーは1モルあたり1368キロジュールです。1モルの化学反応は膨大な数の分子が反応しているので、これを1分子あたりの反応エネルギーに直すと、答えは14電子ボルトという値になります。 (電子ボルトはエネルギーの単位にそういうものがあるということだけ覚えてください。分子や原子あたりのエネルギーを図るのに便利です。) ところが、ラジウム226原子核からは、487万電子ボルトの運動エネルギーをもったアルファ線が飛び出してきます。アルファ線は1個のヘリウム原子核ですから、化学反応の1分子のエネルギーと比べなければなりません。そうすると、アルファ線のエネルギーはエチルアルコール1分子の化学反応に比べて34万8千倍にもなります!
つまり、原子核崩壊から出てくるエネルギーは化学反応とは全く違った新しい原理で発生しているはずです。
話はここでちょっと横道にそれます。
19世紀後半に誰も気がついていたけれどあえて無視していた問題がありました。「太陽はどのようなメカニズムでエネルギーを発生しているのだろう。太陽はいつまで光っているのだろうか。」という疑問です。
当時、熱を出す現象といえば化学反応しか分かっていませんでした。もし、太陽が全部石炭でできていて、その燃焼(化学反応)で熱を発生していると考えてみたらどうだろうか。簡単な計算をしてみたいと思います。
いくつかの情報を並べてみましょう。
・太陽の質量:1.989x1030キログラム(kg)
・太陽の毎秒熱発生量:3.85x1026ワット(W=ジュール毎秒、J/sec) ・石炭の1グラムあたりの燃焼熱:20〜30キロジュール/グラム(kJ/g)
これだけで十分です。
太陽が全部石炭でできているとすると、それがすべて燃えつきるまでに発生する総熱量は、グラムやキログラムの単位に注意して、
[太陽の質量]x[石炭の1グラムあたり燃焼熱]=4.0〜6.0x1037ジュール となります。 太陽が燃え尽きるまでの時間を計算するには、この値を上に挙げた「太陽の毎秒熱発生量」で割れば出てきます。すなわち、
4.0〜6.0x1037÷3.85x1026秒=3300〜4900年 となります。
つまり、化学反応で太陽が熱を発生しているとすると、太陽は、3000〜5000年、多くても10000年以内に燃え尽きてしまうことになります。
ところが、地質学や化石の研究から、地球の年齢は何億年というスケールで考えなければならない、ということが分かってきました。太陽の寿命がたかだか1万年なのに地球はできてから何億年も経っている、というのは全く理解不能で矛盾しています。
イギリスの有名な物理学者のレーリー卿は、上の計算を元に、キリスト教の聖書がいうように、神は1万年程度で宇宙を作り給うた、と発言しました。
「レーリー卿はあまりにも高名な物理学者なので、地質学者や化石学者はこの理論に反論できず、このために生物の進化学はだいぶ遅れた」と、進化生物学者のスティーブン・J・グールドは彼の著書の中でレーリー卿の悪口を言っています。
しかし、レーリー卿の悪口を言うのは筋違いです。地質学者や化石学者がその研究に確信を持っていたのなら、職を賭してでもレーリー卿に反論すべきだったのです。物理学者は、納得すれば自分の考えを変えるのに躊躇はしません。レーリー卿も、もし彼らの説明に納得したなら、新しいエネルギー源の研究に入り、科学の進歩はむしろ早まったかもしれないのです。
要するに、太陽のエネルギー発生を理解するには、新しい原理が必要だったのです。
そこに、ラザフォードの発見が出てきたのです。もし新しいエネルギー発生が化学エネルギーの約35万倍なら、太陽の寿命はたちまち10億年以上に延びます。
放射線のエネルギー発生と太陽のエネルギー発生は同じメカニズムではないかと、予想することができます。
ここで、1905年にアインシュタインが提唱した「特殊相対性理論」が登場してくるのです。その理論から帰結される驚くべき結論が「E=mc2」だったのです。
この式がどのように導き出されたかは、別の科学入門の大きなテーマですから、ここではアインシュタインのこの公式が自然界で成り立っていることだけを覚えておきましょう。
ちょっと話が長くなりすぎました。今日はここで止めて続きはまた次回書くことにします。 (続く)
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