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科学入門シリーズ4
19世紀末 科学の困難 光の科学
第4回 2.725Kの宇宙背景放射
前回、2.725Kという極低温の黒体放射の理論値と観測値の不一致を説明しました。また、あとで説明しますが、プランクの式というのが黒体放射のスペクトルをうまく説明することも話しました。
今日はその続きです。 1964年、アルノ・ペンジアスとロバート・ウィルソンは、宇宙全体が波長約1ミリメートルのマイクロウエーブ(極超短波)を発していることを発見しました。 1990年代、NASAが打ち上げた人工衛星COBE(コウビーと読む)は、この電波を詳しく観測して、そのスペクトル分布を精密に測りました。この研究の代表者はジョージ・スムートでした。余談ですが、ペンジアス、ウィルソン、スムートはともにノーベル物理学賞を受賞しています。この宇宙からくる電波を「宇宙背景放射」といいます。
http://aether.lbl.gov/www/projects/cobe/より引用
宇宙からくる電波のスペクトル分布は、今まで説明してきた黒体放射だったのです。ペンジアスとウィルソンはすでに宇宙電波は黒体放射だろうと予想して、黒体の絶対温度は約3Kだと言っています。
COBEは圧倒的な精度でスペクトルを測り、宇宙の温度は2.725Kと求めました。その観測値のデータを下の図に示します。(縦軸はちょっと意味が違いますから数値は無視してください。また縦軸と横軸は対数目盛りになっています。いろいろな観測データを集計して示しています。点線が理論式、プランクの式です。)
http://aether.lbl.gov/www/projects/cobe/CMB_intensity.gifから引用
データをポツポツの点で、黒体放射の理論曲線(上に出てきたプランクの式)を青の線で表わしているのですが、データ点と理論カーブがものすごい精度で一致していることがわかります。このデータは、黒体放射のスペクトルで最高の精度を持った観測データなのです。宇宙の観測データが地上の観測より精度がよいなど大変面白いと思います。この時分から宇宙観測が精密研究になったと言われているのも、納得できます。
NASAはCOBEの後継機としてWMAP(ダブリュマップと読む)を打ち上げさらに詳しい宇宙背景放射の研究を行いました。2001年、WMAPグループは最初の研究結果を発表しました。その中には腰を抜かすほどの発見がありましたが、そのお話はまたの機会にしたいと思います。
http://map.gsfc.nasa.gov/m_ig.htmlより引用
ビッグバン後30万年あたりの宇宙は温度が数1000度以上ある高温の世界です。このような高温では、水素原子は原子としていることはできず、電子と陽子に分解してしまいます。宇宙のガスはこのような電子と陽子が高速で反応し合うプラズマ状態にありました。この状態は、ちょうどるつぼの中とそっくりで、実際、このときの宇宙は数1000度に熱せられたるつぼの内部状態そのものです。るつぼの中と同じように、宇宙は光で満たされています。光の振動数分布は、宇宙の温度に対応するるつぼ内と同じ分布をしているはずです。また、光が充満しているため、もしあなたが当時の宇宙にいたとしても、宇宙は光り輝いていて、遠くは何も見えません。
宇宙は急速に膨張していて、それにつれて宇宙の温度も低下します。WMAPの最新の研究結果によると、ビッグバン後37万9000年の時、宇宙の温度は約3000度に下がり、その時点で陽子と電子はくっついて水素原子になりました。今まで周りにあった光は水素原子と反応できませんので、るつぼの状態はここで終わりになり、この光は宇宙を自由に走り始めます。この時点から、遠くの星で生まれた光は直進できるようになるので、観測者(もしいるとすれば)に光が直接届くようになり、星も見えるようになります。宇宙物理学者は、この時点を「宇宙の晴れ上がり」と言っています。直進を始めた光はそのまま宇宙に取り残され、宇宙の膨張とともに「赤方偏移」によって光の色は赤外からマイクロウエーブまで下がり、現在に至りました。
赤方偏移をちょっと説明しておきましょう。大昔、宇宙のどこかで光が生まれたとします。それが時を経て地球に届き望遠鏡で観測されます。宇宙の膨張は光の振動数を小さくします。そこで、生まれたときの光の振動数(f0)を現在観測された光の振動数(f)で割った値を考えます。天文学者はその割った値から1を引いた数を「赤方偏移ファクター、z」といいます。
z=(f0/f)−1
すぐ近くで生まれた光では宇宙膨張が無視できるので、z=0となります。昔にさかのぼればさかのぼるほど、zの値は大きくなります。地球で観測できる最も遠方の銀河はzが6〜7のところにあります。ビッグバン後38万年の時点では、zは1089となります。
一般相対性理論で計算すると、(z+1)は宇宙の大きさに反比例していることがわかります。つまり、宇宙が晴れ上がったときの宇宙の大きさは、現在の宇宙と比べると、1090分の1の大きさしかなかったのです。
以上のことを考えると、WMAPの観測結果は、宇宙開闢後38万年の世界は確実に存在していたことを証明しているのです。
ちょっと横道にそれました。話をまとめましょう。
宇宙の晴れ上がり時点で、光は黒体放射のスペクトルを持っていました。宇宙が膨張して光の振動数が小さくなって、とうとう1089分の1のマイクロウエーブになってしまっても、黒体放射のスペクトル分布は保たれました。このスペクトルが上に紹介した観測データです。すごい精度の黒体放射スペクトルです。
つまり、プランクの式がすばらしい精度で観測結果を説明していることがわかりました。この式には深い意味があるに違いありません。 (続く)
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