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科学入門シリーズ2
アインシュタインの「E=mc2

第3回  放射線と太陽のエネルギー源(3)


 前回の続きです。特殊相対性理論の帰結E=mc2が原子核崩壊のエネルギー源で、この式は素粒子を使った実験で疑問の余地なく証明されていることを紹介しました。

 今日は、謎に包まれていた太陽エネルギー源を紹介します。

 1905年にアインシュタインが特殊相対性理論を出してから、核反応のエネルギーを議論するにはどうしてもE=mc2を含むアインシュタインの理論が欠かせないことがわかってきました。

 その後、原子核崩壊だけでなく、原子核に別の原子核をぶつけてその反応を研究する「原子核物理学」が急速に発展しました。そのために加速器をはじめとする大型の機械が発明されています。

 1939年、アメリカのコーネル大学に所属する当時33歳のハンス・ベーテ博士が1編の論文を発表しました。タイトルは、「星のエネルギー発生について、“Energy Production in Stars”」でした。この論文は太陽を含む恒星のエネルギーが核反応によって作られることを初めて明らかにしたものです。

 あるトピック、たとえば星のエネルギー源などでベーテ博士が研究を始めると、研究の徹底ぶりはものすごく、研究のやり残しはほとんど残っていません。普通の研究者が研究を発表した後には、やり残した研究課題が、はげ山の中に残る多くの林のように残っているものですが、ベーテ博士の通った後には雑草くらいしか残っていません。後続の研究者は、その後の実験などの進歩を使って、彼の理論に基づいた計算をするくらいしかないのです。

 ベーテ博士は、この星のエネルギー源やその他の原子核に関する膨大な研究業績により、1967年、ノーベル物理学賞を受賞しました。

 しかし、後続の研究者の精密化にも多くの困難がありました。その中でも、特に人生の半分を捧げて太陽のエネルギー源の研究をしたプリンストン高等研究所のジョーン・バコール博士の業績を忘れるわけにはいきません(ジョーン・バコール博士の思い出は番外の「ハッブル宇宙望遠鏡の本当の研究目的」を見てください)。

 前置きが長くなりました。ベーテ博士の結論、それに続くバコール博士の結論を書くと、

 「太陽の中心で起きる核(融合)反応、『4個の水素1が合体して1個のヘリウム4になる反応』が太陽エネルギーの元である」

というものです。つまり、

水素1 + 水素1 + 水素1 + 水素1 → ヘリウム4 + 2x陽電子 + 2xニュートリノ

となります(水素の後に1が付いていますがこれは質量数が1のことを表します)。ヘリウム4の後に、同時に作られる陽電子やニュートリノが示されていますが、あまり深く考えずに無視してください。

 それでは、左辺にある4個の水素1と右辺にあるヘリウム4の質量の差を取って、mc2を計算してみましょう。
 データをちょっと書いておくと(単位は百万電子ボルト)、
 m(水素1)c2=938.27203
 m(ヘリウム4)c2=3727.56。

 これから、
 4xm(水素1)c2 − m(ヘリウム4)c2 = 25.53。
 
 陽電子のちょっとした寄与1.022を加えて、ニュートリノが持ち出すエネルギーを差し引くと、結局、ベーテ・バコールの核反応一回で作られるエネルギーは2600万電子ボルトです。ラザフォードが研究したラジウム226のアルファ崩壊よりだいぶ大きな値になります。

 問題は、このエネルギー源で太陽の寿命が十分に説明できるかどうかです。ここで必要な太陽のデータをもう一度書いてみますと、
 太陽の質量:1.989x1030キログラム、
 太陽の熱発生量:3.85x1026ジュール/秒
 水素1(原子)の質量:1.66x10-27キログラム
です。
 
 これから、太陽の中にある水素1の個数は、太陽の質量を水素1の質量で割ればよくて、1.2x1057個になります。このうちの4個が1回の核反応で使われますから、太陽の水素1を全部使いつくすには3x1056回の反応が可能ということです。

 太陽の寿命が尽きるまでに発生する全エネルギーは、全反応回数に1回あたりのエネルギー発生量をかければいいのですから、(100万電子ボルト=1.6x10-13ジュール)
 26x1.6x10のー13乗x3x10の56乗=1.2x1045ジュール
です。この値を上に示した太陽の熱発生量で割れば、結局、太陽が燃え尽きるまでの時間は、1000億年となります!

 実際は、核反応は1500万度くらいの高温が必要なので、太陽の中心付近でしか起きません。そのため、反応に有効な太陽質量は全体の10分の1くらいです。結局、太陽の寿命は約100億年と出ます。

 現在の太陽の年齢は46億年ですから、あと50億年くらい太陽は光を出し続けます。

 かなり荒っぽい計算ですので、皆さん本当かな、と思うでしょう。

 太陽のエネルギー源の本当の検証は、最近になってようやく完了しました。太陽からくるニュートリノの精密観測が、日本・アメリカ連合チームとカナダ・アメリカ・イギリス連合チームによって行われ、2001年その観測結果から、バコール博士の精密計算が数%の精度で観測結果と一致していることがわかりました。

 太陽の研究におよそ40年をかけてきたバコール博士は日本、カナダの観測結果を見て大喜びをしていました。

 2002年、小柴昌俊博士とアメリカのレイモンド・デイビス・ジュニア博士は太陽や超新星からやってくるニュートリノの先駆的な観測によってノーベル物理学賞を受賞しました。私たちは、てっきりバコール博士も共同受賞するものと思っていましたが、はずれました。彼にメールを打って慰めました。彼はちょっとつらい思いをしたと思います。

 その代わりといってはなんですが、2003年、ジョーン・バコール博士は、デイビス博士とともに、アメリカ大統領からフェルミ賞(Ferm Award)を授与(手渡)されました。私は彼らの受賞を心から喜んだものです。

ベーテ博士やデイビス博士のエピソードを書く紙数がなくなりました。

また次回にでも。
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