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 痛みと温度を感じるメカニズム メインページへ戻る
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● 富永真琴先生(生理学研究所) 講演


 永山先生のイントロダクションを受けて、細胞レベルの研究最前線の一番手として講演するのは富永真琴
先生です。
 テーマは「痛みと温度を感じるメカニズム」です。

 痛みって一体どういうものなのでしょう? 富永先生は会場に問いかけます。
 痛みとはとても複雑な感覚で、なにか怪我などをして外界からの生命の危機が迫っているときに、それを
知らせて身を守るための感覚なのです。

生理学研究所 富永真琴先生
 痛みには温度による痛みや、トンカチに殴られた痛みなどの機械的刺激、また化学物質による痛みなどに
分けられ、これらが脳に伝わって初めて痛みと感じられるわけです。

 では、その刺激を一番始めに感じるのはどこなのでしょう?答えは明らかですね。刺激を受容する皮膚で
すね。では皮膚で感じられた刺激はどのようにして脳に伝えられるのでしょうか?それをみていきましょう


 皮膚に入った刺激は、感覚神経終末という感覚を司る神経の一番はじっこの部分に到達します。そして、
そこで活動電位という電気信号に変換されるのです。その電気信号が神経を伝わって、脳に到達し、脳で「
痛い!!」という感覚が生じるわけです。

 活動電位が起こるときに、ある現象が起こります。
 神経の表面にはイオンチャネルという、イオンだけを通す物質があります。細かい原理は省略しますが、
このチャネルが開くことによって神経細胞は興奮し、活動電位が生じる仕組みがあるわけです。

 富永先生は「パッチクランプ法」といわれる方法を用いて、細胞の活動電位を測定する方法について解説
します。
  
 これは細胞のイオンチャンネルが開いているかどうかを確認する方法なのですが、この方法を用いておも
しろい発見がなされました。

 それは何かというとイオンチャネルの一種であるTRPチャネル、というものの挙動についてです。

 TRPチャネルはおもしろいことに、温度を感じて開くというのです。つまり細胞は温度を感じて活動電位を
起こすことを意味しています。
  

 言われただけでもピンと来ない人がいると思います。その人たちにさらにわかりやすくするために、温度
を変えると細胞が実際に活動電位を起こす動画を先生は公開します。するとどうでしょう、温度が上がると
細胞がだんだん紅くなって活動しているではないですか!
 また、温度がある温度より低いと活動するチャネルがあることも上のグラフからわかると思います。この
チャネルも温度が下がってくるとだんだん活動してくる、というおもしろい挙動をすることがわかったので
す。

 ここで、TRPチャネルの一種であるTRPV1というチャネルについてのお話が出てきます。このチャネルはお
もしろいことにトウガラシの辛み成分であるカプサイシンの受容体でもあるのです。上の図を見ると43℃以
上の温度を守備範囲とするTRPV1がカプサイシンをも受容する…これはどういうことなのでしょう?

 こういう風には言えるのではないでしょうか。
辛いも熱いも痛いも、同じ仕組みで受容される、と。

 舌においてどの部分がどの味覚を担っているかを調べると、辛味を感じる部分はこれと言って決まらない
のです。

 つまり、辛味というのは味覚ではなく、熱い、痛いという感覚に似たものである。トウガラシを食べたと
きに舌が痛いと感じ、同時に口が熱く感じる理由はここにあったのです。

 本当にTRPV1はカプサイシンを受容するのでしょうか?
 富永先生はおもしろい実験で証明しました。TRPV1を持たないマウスをつくってカプサイシンを与えてみた
のです。このマウスはノドがカラカラに乾いていても、カプサイシン入りの「激辛水」をグビグビ飲みます
。目にカプサイシン入りの水が入っても、何ともありません。一方正常なマウスは激辛水を一口飲んで飲む
のをやめますし、目には入ったならばそれこそ必死で目をかきむしります。
 この実験からTRPV1はカプサイシン受容をしているということが導かれたのです。

 ここでTRPV1に関する様々な考察が始まります。
 まず、TRPV1はあらかじめ温度の守備範囲が決まっているわけなのですが、それが変化してしまう、という
ことはあるのでしょうか?

 答えはYesです。怪我をして炎症を起こしてしまった部分では、炎症に関わる物質の作用を受けて守備範囲
が下がり、なんと体温でも活動してしまう、言い換えれば体温ですら熱い、と感じてしまうのです。
TRPV1以外にも働きが実験的にわかったTRPチャネルはほかにも多くあります。


 さてここでふと疑問が浮かんできます。

 「温度、痛みを感じるのはほ乳類だけなのでしょうか?」

 答えはNoです、ショウジョウバエというハエの一種で熱さを感じるということが確認されています。ハエ
にも温度を感じて活動する受容体があったのです。

 ここでもう一つの質問です。脳温という脳の温度を意味する言葉があるのですが、脳は直に温度を感じて
いるのでしょうか?
 答えはYesなのです。脳の視床下部という体温調節に大きな役割を果たす部分があるのですが、ここにTRP
チャネルが多く存在しており、1度から1.5度の温度変化を敏感に感じ取っているということがわかったので
す。これは脳自身が温度を感じて体温を調節している、と予測できます。
 また海馬と呼ばれる記憶や学習に重要な働きを発揮する部分でもTRPチャネルが多く存在していることが判
明しました。ひょっとすると、海馬は温度を感じて記憶や学習に何らかの働きをしているかもしれません。


 感覚神経は温度や痛みを感じています。これは当然のことなのですが、実は私たちの生命活動で大きな役
割をはたす、中枢神経も温度を感じながら生きている、といえるかもしれません。


記事執筆:東京大学立花隆ゼミ 酒井寛

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