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「操縦不能」 内田 幹樹 文庫版はこちら
前の記事でも少し触れたが、ANAの元機長が書いた【操縦不能】という小説がある。
異常が発生した原因は異なるが、今回のエールフランス機墜落事故の操縦席で起きたこととほぼ同様の異常が起こった時のコクピットの緊張感が、元パイロットならではのきめ細やかな描写で描かれる。
実は、速度計が詰まったことによる事故は過去にも(実際に)起きていて、この小説では、「ニッポンインターナショナル航空(ANAがモデル)」の訓練センターの職員たちがその事故を分析し、同様のことが起こったときの対応を研究している。
そんなとき、本当に同様のトラブルが機上で発生。懸命に地上から支援する訓練センター職員と機上のパイロットの格闘を、見事な緊張感と臨場感で語る。
もし、フランス機のパイロットたちがこの小説を読んでいたら・・・。本当に適切な対応が取れて、墜落を免れる可能性もあったかもしれない。そう思わせるほど、正確な描写だ。(元機長だから当然か・・・) 事故を予見したとまでは言えないかもしれないが、飛行機に興味がある人や、今回の墜落事故で起こったことを知りたい人には、一読の価値はある。
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安田講堂にて
東大に既に2年以上も在籍していたというのに、まだ安田講堂に入ったことがなかった。今日、やっと入ることができた。
今日、戸塚洋二先生の追悼シンポジウムに出席した。小柴先生と小林先生、ノーベル賞受賞者が2人も集い、今更だが、戸塚先生の強いリーダーシップが、いかに素粒子研究を発展させたか、その業績がありありと伝わってきた。
小柴先生:「戸塚君、君と過ごした半世紀はとても楽しかったよ」
あと1年ちょっと生きていれば、ノーベル賞が獲れたのに・・・と言われていたが、そんなことよりも、たぶん戸塚先生は、もっと研究して、もっともっとたくさんのことを解き明かしたいと、そしてたくさんの優秀な科学者を育てたいと、思っていたに違いない。
戸塚先生:「小柴先生はカミオカンデを作り、私はスーパーカミオカンデを作った。次は君たちの番だ。いつまでもスーパーカミオカンデに頼っているわけにはいかないのだから」
戸塚先生が研究所の仲間に残した言葉が中畑先生から紹介された。科学のすべての分野に通じる話だと思う。
戸塚先生:「測定器を作るには、装置の設計や、エレクトロニクス、コンピュータの資金集めと政治交渉その他諸々をやらねばならない。物理をやるのはほんのわずか。いろいろやるから楽しいんだよ。物理だけなんてやってられない」
自分が動くか動かないかで、日本の素粒子研究の明暗が分かれてしまう。そんな重責を最後まで果敢に担い続けた人物がいたことで、世界最高水準の素粒子研究の「畑」は守られてきたのだ。
どうしてだろうか。「お疲れ様でした」という言葉を、軽々しく戸塚先生にかけることはできない気がする。たぶん、先生には似合わない。「後は任せてください。しっかりやってみせますから」という言葉を、先生はきっと一番喜んでくださるだろう。
戸塚先生の生き方は、おそらく僕がこれからどんな畑に飛び込んでも、目指すべき理想として僕の中にとどまり続ける。
その生の最後の最後に、無知な一学生である私の無謀なお願いを聞き入れてくださり、お話を聞かせてくださる機会を与えてくださったこと、改めて心から感謝したい。