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	<title>KENBUNDEN  -東京大学 立花隆ゼミ-　見たい、聞きたい、伝えたい。東大生の好奇心！ &#187; プロジェクト</title>
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			<item>
		<title>科学研究の現場を研究する―福島真人先生インタビュー</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies/</link>
		<comments>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:35:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>科学研究の現場を見て、研究されている東京大学の福島真人教授にお話を伺った。文理を越えた幅広いトピックについてお話いただいた、2時間のインタビューを凝縮。<br />
更新：2010.12.4　印刷用pdfファイルを公開！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<blockquote>（2010.12.4公開！）<br />
印刷用PDFファイルはこちらからダウンロードできます。<a href="http://kenbunden.net/wpmu/files/2010/11/science_studies_print.pdf">印刷用</a><br />
※閲覧にはAdobe Readerが必要です。</blockquote>


<strong>・はじめに</strong><br />
<p>「科学研究の現場を見て、研究する」。本当にそのような研究があるのかと驚いた方もいるかもしれない。科学研究の面白さ、苦労、現場を伝えたいと考えていた私達は、そのような研究があると知り、科学研究の現場を見るという点で共通していると思った。</p>
<p>しかし、科学研究の現場を「伝える」のではなく、「研究する」とはどういうことなのだろうか？一体どのような研究で、どのようなことが分かるのだろうか？新しい視点が得られるかもしれない。
そこで、理化学研究所（以下、理研と略す）にある抗生物質の研究室で現場調査をされている、東京大学の福島真人教授にお話を伺った。</p>

<strong>・福島先生のご紹介</strong><br />
<p>1977年東大に入学、81年教養学部を卒業。その後東大大学院に進学、文化人類学を専攻し研究者の道へ入る。現在は教養学部・大学院総合文化研究科で文化人類学の教授を務める。<br /></p>
<p>研究テーマは時系列に沿って
<ul>
<li>インドネシア、ジャワの宗教と政治
</li><li>タイにおける仏教運動、政治との関係
</li><li>精神医療における組織、学習
</li><li>高度救命救急センター（高信頼性組織）における組織学習、組織活動
</li><li>科学現場（ラボ）のリサーチ・パス（研究目的に向けて進むプロセス）、組織活動
</li></ul>
と変化している。</p><br /><br />

<strong>・インタビューの趣旨</strong><br />
<p>文化人類学といえば、発展途上国などの村で実際に生活してその文化を分析する、といったイメージを持っている方もいるかもしれない。福島先生の研究対象も、初期のインドネシア、タイについてはそのイメージに近いが、その後、精神病院、救急病棟、更には科学現場と、より現代的、理系的な要素を帯びていった。その背景には何があったのだろうか？先生の研究者人生も私達は知りたくなった。そして、文系と理系の研究両方に関わられている先生にとっては、両者の方法論や求められるものが、どのように違って見えるのだろうか。二時間半に渡り、先生の研究人生をベースに、科学者集団、コミュニティの姿とその面白さ、科学ジャーナリズムとの違い、研究者を目指す人へのメッセージまで、幅広い話題について語って頂いた。</p>
<p>文系と理系の境界線を越えて、研究者とはどのような存在なのかを探る、インタビューである。</p>

<strong>・目次</strong><br />
<ul>
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_1/">1. 駒場～大学院：文化人類学への道のり</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_2/">2. インドネシア、ジャワでの研究</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_3/">3. タイでの研究</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_4/">4. 転機：ロンドンへの留学</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_5/">5. 日本に帰って：認知科学の変化と文化人類学</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_6/">6. 精神病院と救命センター</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_7/">7. 科学研究へ</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_8/">8. 現在の研究のポイント</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_9/">9．現場調査の内容</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_10/">10. 科学者集団の特徴</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_11/">11. 「研究」と「伝えること」の違い</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_12/">12. 科学現場を研究する意義</a><br />
<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_13/">13. 研究者を目指す学生へ</a><br />
</ul><br /><br />


<strong>・参考資料</strong><br />
<ul>
<a href="http://www.k4.dion.ne.jp/~ssu-ast/">福島真人研究室</a><br /><br />

<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%AF%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%A8%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E2%80%95%E3%82%B9%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E4%BD%93%E5%88%B6%E4%B8%8B%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%B0%91%E6%97%8F%E8%AA%8C%E7%9A%84%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB-%E7%A6%8F%E5%B3%B6-%E7%9C%9F%E4%BA%BA/dp/4894761513">「ジャワの宗教と社会－スハルト体制下インドネシアの民族誌的メモワール」</a><br />
福島真人著　ひつじ書房　2002年<br /><br />

<a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E5%AD%A6%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%82%B9%E2%80%95%E7%A7%91%E5%AD%A6%E6%8A%80%E8%A1%93%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%82%92%E3%81%BF%E3%82%8B%E8%A6%96%E5%BA%A7-%E6%9C%89%E6%96%90%E9%96%A3%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9E-%E5%B1%B1%E4%B8%8B-%E6%99%8B%E5%8F%B8/dp/4641122652">「現代人類学のプラクシス－科学技術時代をみる視座」</a><br />
山下晋司、福島真人編　有斐閣アルマ　2005年<br /><br />

<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%85%8B%E5%AD%A6-%E7%A6%8F%E5%B3%B6-%E7%9C%9F%E4%BA%BA/dp/4130111272">「学習の生態学－実験・リスク・高信頼性」　</a><br />
福島真人著　東京大学出版社　2010年<br /><br />

「科学・技術と社会?　―STS研究、課題と展望―」、「日本におけるラボラトリー＝スタディーズの展望」<br />
：「ラボラトリー＝スタディーズをひらくために　－日本における実験系研究室を対象とした社会科学研究の試みと課題」<br />
伊藤泰信編　JAIST Press　2009年　92～120ページ（第2部　第8, 9章）<br /><br />

「リサーチ・パス分析　―科学的実践のミクロ戦略について」<br />
：日本情報経営学会誌　2009年2号　26～35ページ<br />
</ul>

<blockquote>※各ページの注釈については個別にリンクを貼っております。人物、著作等については主にWikipedia, Amazon等の日本語サイトで説明のあるものに限ってリンクを貼っております。</blockquote>]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>1. 駒場～大学院：文化人類学への道のり</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_1/</link>
		<comments>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_1/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:32:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_1/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>駒場生から大学院生へ。最初は考えていなかった文化人類学への軌跡。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<em>―これから進路を選んでいく学生へのメッセージも兼ねて、大学に入った頃からお話しいただけますか。</em><br />
<p>大学に入ったのは32年前（1977年）の事になります。外交官になりたい、外交に関わりたいという思いが最初あって、僕が狙っていたのは国際関係論でした。国際関係論に行きたかったから文二（文科二類）に入った。現在でも同じことを考える人がいるけど、文三（文科三類）だときついから国際関係に入るなら文二がいい、という情報は我々の時代でもありました※。</p>

<p>ただ、当時自分で勉強していた時に心理学や宗教学とかに興味を持ってしまいました。これがよくある駒場生の「いろいろやりたい症候群」です。マクロの国際関係論とミクロの心理学みたいなのをどうやったらつながるのか、悩んでいたんですね。ちょうど僕が三年生になる直前に、今でいう相関社会科学科※ができたんです。「何でもやれるよ」という、よくある話に惹かれて相関に入りました。</p>
<blockquote>東京大学の進学制度については<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_appendix/">こちら</a>を参照。<br />
ここで出ている学科について:<br />
国際関係論：現在は<a href="http://www.kiss.c.u-tokyo.ac.jp/">教養学部　総合社会科学科</a>　国際関係論分科。<br />
いわゆる国際関係論を学ぶための分科。<br />
相関社会科学科：現在は<a href="http://www.kiss.c.u-tokyo.ac.jp/">教養学部　総合社会科学科</a>　相関社会科学分科。（相関はその略称）<br />
法学、経済学、社会学など、教養学部（駒場）にいた様々な社会科学分野の先生が集まって作られた分科。学生は社会科学全般を幅広く学ぶことができる。</blockquote>

<br />
<p>相関は何しろ学科ができたばかりだったので、学科主任に頼んだら、荻野恒一さんという方を呼んできてくれました。文化と精神病の関係を研究する比較精神医学という分野の先生です。授業を受けて実際に治療している現場を見せてもらうような、すごくラディカルな環境でした。</p>
<p>そういうことがあって、ますます国際関係論より心理学っぽいものを生かしたいという思いが強くなりましたが、相関社会科学科には大学院ができなかった。当時はまだ3，4年生向けの後期課程が初めてできただけでした。そこでどうしようかと考えたのが一番大きかったですね。</p>
<p>選択肢はいろいろあって、どういう方法で研究をするかで一番悩んだ。社会科学系と言っても統計的なデータ処理はあまりしたくなかったし、文献に埋没する歴史的な研究にもやや抵抗感があった。むしろ現場に行って具体的な社会的活動と接触して調査するのはいいんじゃないかなということで、ちょっと消極的な選択肢でしたが、文化人類学はあるなと思いました。方法に憧れたというか。外交とは外国に行くことだから、行く所が首都か農村かは変わるけど、人類学ならどこか海外で生活できますし。</p>
<p>それと、当時人類学の中に心理人類学という分野があって、文化と心理現象の関係を研究するという視点も割と面白いと思いました。だから、文化人類学に進めば何となく自分の分裂した欲求を両方満足できるかな、という考えはありましたね。</p>
<p>もう一つは、政治学とかの授業を受けると分かることですが、どうしても内容が西洋中心になるんです。当時はたまに日本の事例が出ると、西洋対日本という図式で日本は西洋の理論に対して特殊なのかを議論していました。それにすごく違和感があった。私が授業を受けた先生達はアジア、アフリカを一切知らなかったようだし、議論の中に一切出てこなかった。結局、西洋と日本以外の社会を見てみたいと思い、文化人類学の大学院へ行きました。大学に入ったときには文化人類学をそもそも知らなかったので、行くとは思ってなかったですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>2. インドネシア、ジャワでの研究</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_2/</link>
		<comments>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_2/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:31:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_2/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>ジャワの農民達を調査し、そこから考えたこととは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<em>―最初のインドネシアから現在の科学研究現場まで、私達からすると先生の研究対象は大きく変わっていったように思います。研究生活の中で、どのような経緯やお考えがあったのでしょうか？</em><br /><br />

<p>アジア、アフリカの農村を選んで、大体平均で二年くらい滞在して、そこの言語を学んで文化を研究するのが、文化人類学者のベーシックなパターンです。それで最初は、知り合いの先生がインドネシア専門だったので、ジャワ※のイスラムの研究をしたいと思って村に入りました。でも、人類学者によくあることで、やっているうちにテーマが段々と変わって、ジャワの固有の宗教的な運動に変わっていきました。インドネシアが独立する時にオランダ政府に対して農民たちが抵抗したのですが、普通の抵抗運動とは違って、奇妙な抵抗をするのでオランダ人が理解できず頭を抱えたという、不思議な運動の末裔（まつえい）達に農村で出会いました。最初の主導者であるスロンティコ・サミンという農民の名前をとって「サミン運動」という、歴史的には有名な運動です。※※</p><br />

<p>サミン運動の人達の思考とは、簡単に言うと、世の中には基本的に二種類のものしか存在しないというちょっと不思議な哲学です。一つは人間に関わるもの、もう一つは衣食、物に関わるもの。すごいのは、農民だけど言っていることが極めてラディカルで、一般のジャワ人の信じている神様とか精霊とかを一切信じない。自分にとっての権威は配偶者だけで、配偶者の言うことは聞くけど、他の人のことは一切聞かない。そういう運動だからオランダ人とか政府の役人とか現場では大騒ぎだった。</p>
<p>更にすごいのが、最終的には人間しか存在しないという考えです。何故かというと、物があるとかないとか言うのは結局言葉で、言葉が世界を作ると。だから、我々は黙っていると、世界を表現するものがないので、世界は存在しないと言うんですよ。つまり、人間しか存在しないと。「えーっ！こんなことを農民が言うのか」と思いました。見た目は伝統的な衣裳をまとっているから、なんか古風に見えるんですけど。この人達を調査するようになってから、人間にはすごく独特な思考を持っている人がいるな、と気がつきました。</p>
<p>言葉と世界と人間の知識というのはどういう関係になっていて、この疑問にジャワの人達は関係するのかな、と考えました。今でいうと言語哲学の入り口みたいなことをジャワで気づいて、ずっと頭がもやもやしていた感じでした。それから人間の思考というのは例えば言語とどういう関係にあるのか、といったような方向に興味がシフトしていきました。</p>

<blockquote>※インドネシアはかつてオランダの植民地だった。ジャワ島はインドネシアの首都ジャカルタがある島で、2004年に起こった地震と津波で話題になったスマトラ島の東にある。<br />
※※スロンティコ・サミン(Surontiko Samin, 1859頃-1914)<br />
1890年頃にサミン運動を起こし、1907年逮捕、スマトラ島へ送られた。<br />
（もっと知りたい方へ）サミン運動については、先生の<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%AF%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E3%81%A8%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E2%80%95%E3%82%B9%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E4%BD%93%E5%88%B6%E4%B8%8B%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%B0%91%E6%97%8F%E8%AA%8C%E7%9A%84%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB-%E7%A6%8F%E5%B3%B6-%E7%9C%9F%E4%BA%BA/dp/4894761513">「ジャワの宗教と社会」</a>を参照してください。</blockquote>]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>3. タイでの研究</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_3/</link>
		<comments>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_3/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:30:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_3/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>タイでの研究から見えてきた、住み込み調査の限界。調査方法と分かることの関係とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>一つのステップになったのは、インドネシアの後、タイの上座部仏教について研究をしたことです。ジャワの宗教と比べタイの仏教はすごくシステマティックで、ジャワで出てきた自分のテーマを先に進めるにはタイの方がいいなと思って行きました。</p>
<p>ただ、タイに変えるということの難しさは、言葉が変わっちゃうことです。さすがにきつかった。そして、タイではホテルに泊まりこんで、ホテルからアシスタントをつけて行くという形だったから、村で住んでいたジャワの時ほどには理解できなかった。</p>

<em>―集団の中に入っていく、住み込み調査のようなものでないと不十分なのでしょうか。</em><br />

<p>農村であればその人たちの活動が24時間そこで行われているから、一緒に生活していることで、朝から晩までほぼ常に調査へ参加してもらうことができます。でも、この後話すような近代的な組織になると、それぞれの参加者の参加の具合は一時的ですよね。例えば、病院だと自分が24時間いるわけじゃないし、患者さんが家に帰ったらその後のことは分からない。つまり、農村住み込み型調査がいつでもできるわけではなくて、対象によっては諦めないといけないのが現実です。</p>

<em>―精神病院や救命救急センターの調査は、24時間ではないものの、活動を間近に見ているという点では変わりないですよね？</em><br />

<p>現場のフィールド調査という意味ではその通りだけど、医療というのは特定の職種ですよね。僕が見ているのは職種の持っている特殊な活動の性質だけど、農村だともっといろいろ分かります。その人の個性だとか、個人的にどのような人とつながっているかとか。ただ、時々勘違いされるけど、農村でも近代的組織でも、現場で人間関係を調べているわけではないです。</p>
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>5. 日本に帰って：認知科学の変化と文化人類学</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_5/</link>
		<comments>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_5/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:29:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kenbunden.net/wpmu/?p=2065</guid>
		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_5/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>留学から戻ると文化人類学へと引き戻されることに。その理由には認知科学の変化があった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いわゆるコンピュータが出てきて、プログラミング言語で表したものが人間の思考のモデルだと多くの人が思った時期、すなわち60〜70年代が認知科学のピークでした。我々が環境にいて外から情報が入ってきて、情報そのものに意味は無いけど、情報を処理して我々が意味を与えるんだ、という考えです。つまり、外界（意味に関係しないものとしての環境）は切り離して、完全に頭の中の思考だけのモデルで表現しようという考えでした。</p>
<p>でも80年代中盤から、環境との関わりを考えないモデルなんてちょっと無理じゃないの？という批判の声が出てきました。ギブソン※のアフォーダンスの概念や生態学的心理学がその典型例です。先程の、今でいう古典派の考え方に対してギブソンは、環境が一つの構造を持っているから初めて人間は認識できるのだと考えた。だから環境そのものの構造を記述することから始めないとダメだ、みたいなね。考え方としては大逆転です。</p>

<blockquote>※<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%96%E3%82%BD%E3%83%B3">ジェームズ・ギブソン</a>(James Jerome Gibson, 1904-1979)<br />
アメリカの心理学者。</blockquote>

<br />
<p>イギリスでは古典派の認知科学をがっちりやっていたんです。でも92年に帰ってきた時の日本では、認知というのは環境の中にすっぽり埋めこまれていて、環境と生体のワンセットで考えないといけない、という考えが一部で流行っていました。認知科学から見たら、当時ではどちらかというと世界的にまだ傍流の考え方でした。</p>
<p>そして、文化人類学もその考え方に入っちゃったんだよね。人間の認識を、実験ではなくて現場の中で研究しようということで※。日本に帰ってきて認知科学の旗を振っている先生のところ行ったら、「認知科学はダメなんだ、これからは文化人類学で現場行って調査するのがいいんだよ」、と言われて。ちょっと「あれれ」という感じでしたね。</p>

<blockquote>※実験は特定の条件の影響を見るために、その他の条件をできるだけ同じにして行うことが理想である。そのため、実験室は環境を管理してその他の影響を排除しようとする。それに対し、現場での活動は環境の影響をとても受けやすく、認知を環境と生体のワンセットとして考えるには適している。</blockquote>

<p>例えば人がどうやって数学をするかというテーマで、実験室的に調べるとしたら、子供に特定の条件下で問題を解かせてみるという手法が考えられます。それを現場でやると、有名な研究に、ブラジルの行商人の子供が現地通貨とドルをレート換算するために編み出した不思議な技法を見た研究があります。そういった技を現場で研究しようという考えが一部で流行り始めていました。</p>
<p>あれっ、（文化人類学に）戻ってきちゃったと思いました。それには内心、多少忸怩（じくじ）たる思いがありました。現場の話は無限に多様なので、フィールドワークだけやって「はい、私の地域ではこうでした」と言っても、「で？」という話になっちゃう。まとめる理論がほとんどないというか、理論的なものが出ていなかった。現場の多様性と、それらをつなぐ理論的な枠組みをどう考えるかというのは、フィールドワークの手法に戻って以来ずっと考え続けているテーマです。</p>
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
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		<title>4. 転機：ロンドンへの留学</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_4/</link>
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		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:29:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_4/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>研究テーマが変化した背景である、ロンドンへの留学と認知科学との出会い。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>自分の研究歴を振り返って、東南アジアをやっていた時期とその次の時期（精神病院以降）で研究テーマが大きく変化しているように見えるのは、90年にイギリスのLSE(London School of Economics and Political Science)に留学したことが背景にあります。</p>
<p>LSEはロンドンにある社会科学が強い大学の一つで、社会学とか文化人類学とか経済学の著名な先生がいる所でした。それで社会人類学科に行ってみたけど、たまたま社会心理学科で認知科学セミナーというのが始まったんです。それは結構古典的な認知科学で、人間の認知プロセスをどうやってコンピュータのプログラム言語みたいな形に置き換えて理解するかという、初期の認知科学についてでした。すごく基礎的な古典文献を毎週読んでいく、今考えると驚くほど勉強になるセミナーでした。それこそブール代数、心理学のプロトタイプ理論、状況意味論とかファジー論理、あるいは心の哲学まで※、いい勉強をタダでさせてもらいました。そこで認知科学の基礎をかなり徹底的にやりましたね。イギリスでいた二年間で一番面白かったのはそのセミナーです。すごい大きな転機でしたね。しかも近くのUCL（University College of London）では、関連性理論という語用論で有名な、ダン・スペルベルとかがフランスから来て、自閉症研究で有名なバロン＝コーエンとかとセミナーで議論していました※※。ロンドンはとても刺激的な環境でした。</p>
<p>その時から人間の思考について、もっと正確に、厳密にやろうとしたら認知科学の方向しかないな、という意識もありました。イギリスにはそういう分野の大物が実際にいましたから、非常に知的でエキサイティングで、今思い出してもうきうきする。僕が今やっている研究への流れが本当の意味でスタートしたのはこの時だ、という感じがしますね。</p>

<blockquote>
※<br />
・ブール代数（ブール束ともいう）<br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AB">ジョージ・ブール</a>（George Bool, 1815-1864）が論理計算のために考案した概念。<br />
交換則、結合則、分配則が成り立ち、単位元（1に相当するもの）、零元、補元が存在する計算系を指す。<br /><br />

・心理学のプロトタイプ理論<br />
エレノア・ロッシュ（Eleanor Rosch, 1938-）によって提唱された、認知心理学の概念。人間が持つカテゴリーは、典型事例とそれらとの類似性によって特徴づけられるという考え。<br />
カテゴリーとは「鳥」、「果物」といったもの。人間がカテゴリー分けするときには、共通な性質（「羽がある」、「甘い」など）によるのではなく、典型となる事物（「鳥」なら「カラス」、「果物」なら「りんご」）があるという発見だった。この概念は言語学などにも応用されている。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%88%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97%E7%90%86%E8%AB%96">参考(Wikipedia)</a>, <a href="http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20060526/p1">参考</a> 
<br /><br />

・状況意味論<br />
意味論は特定の言語表現と特定の意味との関係を説明しようとする研究であり、状況意味論は、その関係を表現される時の状況と絡めて捉えたものである。<a href="http://www.kousakusha.com/ks/ks-t/ks-t-2-24.html">参考</a>
<br /><br />

・ファジー論理<br />
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%87%E3%83%BC">ロトフィ・ザデー</a>（Lotif Asker Zadeh, 1921-）が1960年代中盤に考え出した。「遠い」「中くらいの距離」「近い」といった人間のあいまいな度合い付け、推論を、コンピュータなどにも行えるように解釈した論理。<a href="ftp://ftp.oreilly.co.jp/9784873113395/gai_sample06.pdf">参考（pdfファイル）</a><br /><br />

・心の哲学<br />
哲学の一分野で、心の働き、意識などの非物質的に考えられるものと、身体を代表とする物理的な物との関係を研究する学問。<a href="http://http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%93%B2%E5%AD%A6" class="broken_link" >参考(Wikipedia)</a><br /><br />

※※<br />
・<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB">ダン・スペルベル</a>（Dan Sperber, 1942-）<br />
フランスの人類学者、言語学者、認知科学者。<br />
語用論とは、言語表現と、それを用いる使用者、文脈との関係を研究する学問。
<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9">ポール・グライス</a>（Paul Grice）が示した、言語表現が間接的に果たす機能を説明する「協調の原理」が今の語用論の基礎を作っている。協調の原理には関連性の公理＝関係の無いことを言ってはいけない、があり、関連性理論は協調の理論で曖昧だったこの関連性を理論の中心に据えたものである。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%9E%E7%94%A8%E8%AB%96">参考(Wikipedia)</a><br /><br />

・<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%B3%EF%BC%9D%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%83%B3">バロン＝コーエン</a>（Simon Baron-Cohen, 1959-）<br />
イギリスの発達心理学者。
</blockquote>]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
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		<title>6. 精神病院と救命センター</title>
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		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:28:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_6/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>精神病院と救命センターでの研究目的とは。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<em>―その後の精神病院での研究は、人間の考えと言葉といった、先生がジャワで持たれた興味と関係あるのでしょうか。</em><br />

<p>これはいくつかのレベルで複雑に関係しています。統合失調症(分裂病)というのは、言葉そのものが解体するような経験というか、何言っているか分からないような事を言ったりする状態になる。そういう人達が何を考えていると言えるのか。言葉と思考、あるいは言葉にならない思考とか、そういうものをどうやって研究できるのかな、と思っていました。これはそれこそ学部時代から刷り込まれたものだから、常に関心があったのは事実です。</p>
<p>もう一つは、私がそれまで扱ってきた具体的な対象は、アジアの農民や宗教者の独自の思考体系でした。それをより近代的な組織における、医者や看護師のような専門家について見てみたいという関心もありました。病院という特殊な空間、組織で作られる専門的思考や、スタッフの学習のプロセスを知りたいという点ですね。人々の認識の構造を、組織という枠組みの中で見たいという感じもありました。</p>
<br />
<p>精神病院の後に、もうちょっとテクノロジー的なレベルが高いというか、機械とかをガンガン使うような現場を調査したいという希望がありました。最初は原子力発電所。巨大組織で人がどう働いているかを見られたらいいなと思ったのですが、いやーこれはなかなか、機密性の問題とかで一筋縄ではいかなかったんです。結局、文献でそうした調査を体系的に読んだだけで終わってしまいましたが、面白くてこういうのをやりたいなと思っていました。それによって安全とかリスク関係について知恵がつきましたね。その時に、たまたま病院関係の人と別件で知り合って、救命救急の先生を紹介してもらって調査へ行くことになったんです。</p>
<p>行ってみて、救命センターは精神病院に比べてテクノロジーに依存する度合いが高いので、非常に面白かった。人とテクノロジーの複雑な関わりをリアルタイムで観ることができました※。それに、安全に対する感覚も色々なレベルがあるなと現場でもわかった。救命の医局で話を聞かせてもらった時には、医局の病気に対する判断、あいまいなデータに対してどうやって合意を作っていくのか、とかが面白かったですね。レントゲンで画像が曖昧な時に、スタッフがああでもないこうでもないとワイワイやっている所をずっとメモ取ったりしていました。</p>
<p>あと、救急医学は新しい分野なので、アイデンティティがちょっとはっきりしない点がある。万能膏薬みたいだけど、一方で専門性ということになると、みんな普段なんとなく複雑な思いがあって。新しいディシプリン（discipline：分野、領域）だけど、確立しているのかな、というのは内部ですごく議論していました。後に研究する科学現場につながるものを意外なところで見ました。</p>

<blockquote>※（より知りたい方へ）人とテクノロジーの関わりについては、先生の<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%85%8B%E5%AD%A6-%E7%A6%8F%E5%B3%B6-%E7%9C%9F%E4%BA%BA/dp/4130111272">「学習の生態学」</a>にて詳しく分析されています。</blockquote>
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>7. 科学研究へ</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_7/</link>
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		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:27:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_7/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>理化学研究所での研究はどのようにして始まったのか。組織と系譜。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>一年間サバティカル（研究などのための長期休暇）をもらって、救命センターの調査のネタを持ってフランスに行きました。科学社会学のセンターで二ヶ月留学していて、そこでフルに科学の社会学をやっている人と接触した。やっぱり彼らから見ると救命センターではまだ科学度が足りないと感じたようです。</p>
<p>それで、帰ってきてから、本格的に、もっと基礎的な科学現場の研究をしたいと思ったんです。僕の昔からの知り合いと話しているうちに現場で調査しようということになり、理研は特に大きくて歴史も長いし、その組織も含めて研究するのは面白いと感じました。</p>
<p>これがまた大変でした。理研には八十八年史※というのがあって、その裏に全研究室系譜図というのがあります。その一つ一つデータを取って、どの研究室とどの研究室がどういう関係になっているのかを見て、最初はデータベースを作ったんですよ。でも、どうしても意味の分からない、変な繋がりがいっぱい出てきて、それらの意味を正確に理解するのに半年かかりました。</p>

<blockquote>※理研は2005年に1917年の創設から88年＝米寿を迎えた。その時に「理研精神八十八年」として作った記録が八十八年史である。<a href="http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/riken88/book/index.html">こちら</a>より閲覧可能。</blockquote>

<br />
<p>それで、研究室がいっぱいあるからどこか一つに絞ろうという時に、できるだけ由緒正しい、歴史的な系譜が長いところにしようとしました。それは研究パートナーの関心で、組織論では、組織文化とか、特定の組織が歴史的に持っているメモリー（記憶、蓄積）がどういう機能を果たすか、という論点があって。その組織文化という概念が研究室に使えるのか、研究室が四代続いてきた中で保存されているものがあるのか、という関心からでした。系譜が長くて、直系でつながっているようなところで探したら、抗生物質とレーザーの研究室は特に長い研究伝統がありました。それで、抗生物質の研究室の先生が発表している所にパートナーが挨拶に行って、研究室を見せていただくことになった。だから、今の研究室を調査することになったのはかなり偶然ですね。</p><br />

<p>やってみて愕然としたのは、理研のシステムはスクラップアンドビルトなんですね。一つの研究室が終わったら潰すのが前提で、系譜が連続しないのが普通。連続している場合には言い訳がないと連続できないし、前の先生の弟子っぽい人が次になっても、研究テーマは必ず変えろと言われる。僕が行った研究室は東大の農学部の影響を受けた研究室だったので、たまたま系譜がつながっていました。それでも、今と前の世代で研究内容がかなり変化している。結論から言うと、具体的に保存されているものは、それほど多くないんですね。それは最初にインタビューに行った時に「あれ？」と思った。「最初の問題設定がダメだな」みたいなね。研究ってそんなものじゃないですか。これでいけるぞ、分析できるぞと思っていたら、「あれ？」ということも少なくない。</p><br />
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>8. 現在の研究のポイント</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_8/</link>
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		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:26:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_8/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>進んでいる欧米の研究と肩を並べるための、ポイントを教えていただいた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>欧米ではこういった科学現場でのフィールド調査が70年代後半から始まっています。そのため、今では科学の各分野での様々な研究活動の細部について、面白い議論がいくつもあります。だから、我々の研究を英語で書いてそのまま出しても、日本の研究室という条件は珍しいけど、それだけだとインパクトが弱い。もう少しその研究室から引き出せる独自の問題設定みたいなものを前面に出さないといけない。</p>

<br />
<em>―今の研究から、欧米にも通じる特徴としてどのようなものを出そうとしているのか、お考えはありますか？</em><br />

<p>まず、その研究室が持っている固有の特徴としては、何しろスタッフが70人いる。化学と生物学を共存させることが目的の研究室なんですね。それ自体が一つの社会的な実験だから、何が起こるか調べると面白い。科学者間のコラボレーションの問題はなかなかうまくいかないという話をよく聞きますが、いろいろ研究されています。そのリアルタイムの研究。</p>

<p>二点目は、この研究室はケミカルバイオロジー※という領域にあって、この領域はアメリカで提唱されたけれど、学会として正式にできたのは日本が世界で最初です。ケミカルバイオロジーにはいろんな人々が参加していますが、この研究室そのものは、日本で昔からあった「農芸化学」の伝統に深く根付いていました。彼らは面白いことに、ケミカルバイオロジーのご本家は農芸化学そのものだと考えているようでした。つまり、アメリカでケミカルバイオロジーが提唱されたときに、「何だそんなの、俺らのことじゃない」と感じたみたいです。この辺りの経緯は歴史的に追ってみると面白そうだと感じて、大分古いジャーナルなどを系統的に読んでみました。</p>
<p>確かに、日本での発展の仕方は特徴的なんです。農芸化学という言葉は実は英語に訳せないんですよ。もしこれを直訳して、agricultural chemistryと訳したら土壌学になるけど、日本の農芸化学は食品もやっている。ビタミンも、菌も、抗生物質も、化学合成もやっている。この不思議さが大分面白くなってきて。昔の本を読むと、本当に実用志向が強くて、役立つことなら何でもやるみたいなかなり広いスパンを取っていた。日本で独自に発展してきて、アメリカとかだったら土壌学とかに分かれちゃうところが、分かれないである時点まで来たんですね。</p>
<p>ところがこれだけ総合的な学問だから、農芸化学のアイデンティティとは何かという論争が内部ですごくあったんですね。生化学や分子生物学が流行ってくると、化学なのか生物学なのかという根本的な論争や、農学部の学科から「農」という字が外れて応用生物学科とかに変わった時に今後どういう風に行くかという大論争があった※※。これが不思議と救急医学のアイデンティティ論争に似ていて、僕が行く先々でアイデンティティが問題になっている（笑）。</p>
<p>日本は西洋社会から見て端にあって、その地理学的な特徴もあって、独自なことをある程度やってきた。その中で農芸化学は外圧というか、自分たちのやってきたことを再定義する必要に迫られた。そういう時にケミカルバイオロジーというものを一部で取り入れて、「自分たちの方がむしろ本家である」というのは、不思議なダイナミズムです。まさに科学的探求は文化的背景と複雑にリンクしているという、一つの面白い例ですね。最近アジアにおけるライフサイエンス、みたいな比較研究をしないか、というお誘いを海外から受けます。こうした文化的伝統と科学的実践の関係を各国で見てみたいという関心が背景にあるようです。</p>

<blockquote>※ケミカルバイオロジー chemical biology<br />
低分子化合物を利用して生体内の働きを研究しようとする、化学と生物学をつなぐ新分野。しかし、日本ではいろんな研究者が参加しているため定義が難しい。<br /><br />

※※実際に、農芸化学の場合も「農芸化学科」が現在あるのは、明治大学農学部だけである。ただし、学会は日本農芸化学会としてしっかり農芸化学の名が入っている。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E8%8A%B8%E5%8C%96%E5%AD%A6">参考(Wikipedia)</a>
</blockquote>

<br />
<p>もう一つ、現場を見ていて感じたのは、特にこのラボとその周辺では、やっぱりすごく国家政策の影響を受けるというか、研究がプロジェクト化するようになっていることかな。ケミカルバイオロジーはちょっと微妙な領域で、一見、薬を作ることになっているんです。今のライフサイエンスは、社会還元と言ったら何と言っても創薬という発想が強い。世間の期待も薬で、創薬への圧力がある。しかし、よくよく見ると中でも意見が割れていて、本当に創薬したいならもっと現実的な方法があるのでは、と言われています。そして、アメリカの提唱者も最初は（ケミカルバイオロジーは）基礎研究だと言っていたんですね。でも最近は創薬にシフトしている。他方で、世界どこでも新薬ができないという話はよく聞きます。</p>
<p>この辺りのずれは、単に現場の研究レベルを超えて、国家政策や産業との関係などとも絡んできます。私の見ているラボはそういう点でも影響力が強いので、いわばラボという小宇宙の中に、大きな社会の要素がいっぱい詰まっている。科学と社会を別物に考えるという発想が最初から間違っているということは、これでもよく分かります。</p>
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
	</item>
		<item>
		<title>9．現場調査の内容</title>
		<link>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_9/</link>
		<comments>http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_9/#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Nov 2010 07:24:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>西田 祐木</dc:creator>
				<category><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kenbunden.net/wpmu/?p=2082</guid>
		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2010/11/13/science_studies_9/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>現場で具体的にどのような調査をされているのか、そのポイントを伺った。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現場でやることにはいくつか方法があって、一番やりやすいのは毎週行われるラボ内の研究発表会を聞きに行って、内容について後で担当者とディスカッションをすることです。最初は研究室の発表を聞いたときに、「ペルシャ語に聞こえる」って冗談で言っていたんです。でも不思議なことで、やっているうちに体で慣れてくるんですよ。さすがに二年近く聞いていたら、だいたいの骨格はわかるようになります。</p>
<p>多い時で週に二回とか行ったかな。大体はセミナーの時で、後は個別のインタビューです。インタビューは、頭が痛くなったけど一応彼らの論文に目を通して行きました。30人くらいにインタビューしましたね。今回は、それぞれのメンバーの研究過程を、テーマの発展に則して聞き取りました。ただし、テーマはかなり緩く設定しておいて、その状況に応じてやや突っ込んで聞くこともありました。</p>
<p>そして、時間があれば現場でタンパク質とかを分析したりしているところを見せてもらう。分析装置の使用方法については、器具関係の会社でセミナーを開いていたりするので、そういうものを受けて、自分でも使い方を多少分かるようにはしました。それから、タンパクの結晶解析がどうのこうの、といった内容のセミナーも行きました。最近ではそういう会社から、新しい装置を買いませんかというDMが来たりします（笑）。</p>
<p>実験系のラボですから、器具の使い方をすごく注意して見ています。分析装置の使い方とか、難しさとかは大分話を聞いた。いろんな分析装置がありますから、現場での機械の使い方や知識を、どうやって伝承するかは面白いですね。</p>
<p>でも、現場調査だけでは限界もあるので、さっき言った農芸化学のように特定分野の歴史について大分遡って調べています。とは言っても、どこまで遡ればいいのかなと。それは結局研究者誰でも感じるというか、ある程度やろうとすると自分の力量の範囲を超えたところまで踏み込まざるを得ない場合がある。やっぱりその時は決断が要りますよね。科学に入るのでも随分ビクビクしていたけど、更に先に行くとなるとね。（遡りすぎたら）科学史に入ってしまうし。</p>
]]></content:encoded>
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		<series:name><![CDATA[「科学研究」を「研究」する]]></series:name>
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