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2010年度《見聞伝 駒場祭特設ページ》
2010.3.15 | by admin

4.取材◆永江朗先生(ライター)

永江朗先生×立花ゼミ文学企画
2009.08.20
@早稲田大学戸山キャンパス

参加ゼミ生:栄田康孝、窪田史朗、関翔平、山口達也、廣安ゆきみ

【目次】
1◆作っても売れない、売れないから作る
2◆価値観の多様化の契機
3◆ニューアカデミズムの対立軸
4◆岩波=ヴィトン?
5◆「フラット」な今から見た未来
6◆電子ブックの未来
7◆余裕のない日本出版界
8◆結局は、やっぱり金じゃない
9◆残るのこらない
10◆始めはほとんどドマイナー
11◆現代の作品もちゃんと残るんですか
12◆就職難の方が深刻です

 

1◆作っても売れない、売れないから作る
廣安
「出版点数が増加する中で、その状況を批判しながら永江先生ご自身も、たくさん本を書いていらっしゃるわけですが、そのモチベーションはどこにあるのでしょうか」
永江先生(以下、敬称略)
「モチベーションと言われると、困るなぁ。そもそも、点数が増えるってことは、書き手にとってはすごく書きやすい、発表しやすい状況になってきているってことでしょう。もっと下品な言葉でいえば、30年前だったら本にならなかったような内容、レベル、マーケットのものが今だと可能になってる。それは内容が劣ってる本がどんどん出てるっていうよりも、マーケットや他の要因で昔は出しにくかった本も出やすくなっている、ということですね。出版社の方もすごく書き手を求めているし。
例えば笙野頼子(※1)さんは、群像新人賞をとってから10年間、本が出ていなかったんだよね。今では、新人賞どころか候補作レベルでも単行本になったりしてるでしょう。そういうのに典型的なように、出版点数の増大によって、書き手にとってはデビューしやすくなった。
だけど、ベテランの作家にとってみたら、15年で出版点数が倍になったのに書籍の総売り上げは15年前と変わらない(※2)っていうわけだから、実質自分の本が半分くらいしか売れない。なんか競争相手はたくさん出てきて、俺の作品の質はそんなに変わってないのに、売れないなぁって、気持ちだろうね。編集者にしてみてもそれは同じで。昔と同じ手間をかけて本を作っているのに、半分しか売れない。だから、昔は月1冊本を作っていた人が今は2冊作んなきゃやっていけない。それが自転車操業ってやつですよね。
書籍のマーケットに関しては、そんなに大きく縮小も拡大もしていない。みなさんが生まれた頃と同じくらいの規模なわけですよ。そしてその頃は、みんな『本売れないよね』なんて実感はもっていなかったんですよね。だけど今は、出版界この世の終わり、みたいな感じになってるわけでしょう。その理由は、作っても売れない、売れないから作る、っていうこの状況にあるわけですけどね」

(※1)芥川賞・三島賞・野間文芸新人賞の三冠を達成した唯一の作家。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%99%E9%87%8E%E9%A0%BC%E5%AD%90(wikipedia)
(※2)1996年をピークに下り坂、現在1989年くらいと同じくらいである。

2◆価値観の多様化の契機
関「じゃあ30年前っていうのは本の多様性がそんなになかった、今は書き手側の多様性が増してるっていうことですかね? その原因はどこにあるんでしょう」
永江「二つあって、一つは日本の出版流通の条件が、自転車操業にならざるを得ないシステムであるっていうこと。つまり再販制と委託配本制ということですが。
再販制度っていうのは、独禁法の例外事項としてあるわけですから法的な問題ですが、もう一つの委託配本制度っていうのは、出版業界の慣行みたいなもので、まったく別個の制度なわけですけどこの二つが一緒になることで、出版社は果てしなく点数を増やし続けなければならなくなっている。そしてそのためにコンテンツもたくさん必要になるわけですよね。
まぁありふれた言い方ですけど、日本の社会が消費社会として成熟する中で、価値観がすごく多様化して細分化した契機となるのは、ベルリンの壁崩壊と旧共産圏の雲散霧消ですよね。これによって日本のアカデミズムの体系ががらっと一転した(※3)わけですよね。
ニューアカデミズムと呼ばれる流行現象が80年代の頭で起きていますが、そこまでずっと20世紀の知的生産活動がずっと続いていっていて、それがある程度いったところで冷戦終結、今までの価値観はがらがらーと崩れる。そしてそのとどめが95年のオウムと大震災だと思いますけどね」

(※3)典型的なのが本郷の古本屋の価値体系である。ベルリンの壁崩壊以前は、マルクス主義の文献くらいきっちり読んでおかないと学者としてやっていけないという風潮があったのに、崩壊以後、古本屋の値段体系ががらっと変わった。  

 

3◆ニューアカデミズムの対立軸
関「そのニューアカデミズム(※5)の流れっていうのは、最後の方は東浩紀に流れてった感じがありますけど、最初の方は、浅田彰さんとか割と左寄りの人ですよね。それはやっぱり元々のアカデミズムから出発しなきゃならないっていうのがあったからなんですかね」
永江「当時の私の同時代的な観点からすると、今でこそ浅田さんは左寄りな感じがするけど、左寄りの人からすると右っぽいっていうか。彼が出てきた頃は、それまでの左に対して反動的だと見られていたんですよね」
関「じゃあ浅田さんとかに対する対立軸っていうのは日本の場合そんなになかったということですか」
永江「んーまぁ、旧・新左翼でしょうね」
関「そこの地点で、ニューアカデミズムっていうものが、今の僕からみると、わりと左寄りな部分から出発して、冷戦という時代を経て、終焉を迎えて、それがなんとなく有耶無耶になったまま、アカデミズムというものが出現しなくなって今になって、そのときの対立軸っていうのがようやく、すごく大衆的な形で――小林よしのりとか――出てきちゃったのかなと、思うんですけど」

(※5)ごく簡単に言うと、「特定の学問の領域を超えた思考・研究」。

4◆岩波=ヴィトン?
永江「それを今日の話と無理矢理つなげるならば、ニューアカとかポストモダン思想というのは、『あらゆる価値は等価だ』っていう風にしたわけでしょ。それは価値の紊乱でもあるし、それまでの教養主義的な価値のヒエラルキーを否定することにもなったわけですよね。彼らが否定したかったのは、戦前の旧制高校からずっと引きづられている教養の体系ですよね。古典の名作も、今でいうケータイ小説もライトノベルも、全て等価であるってしたわけですよ。
田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(1980年)が出たときに彼がよく言ったのは、岩波新書を一冊読み終えたときの感動と、ヴィトンのバッグを初めて買った時の女の子の感動は等価なんだ、って。それは、従来の価値観でいうと、許せないことですよね。そして当時、埴谷雄高と吉本隆明の間で有名なコム・デ・ギャルソン論争というのが起きて(※6)。それに代表されるように、消費社会に嫌悪感があるかどうかっていうのも、大きなポイントですよね。
で、結局なんだかんだいって、ポストモダン的な、あらゆる価値は等価だっていう思想が、勝利しちゃったんだと思うんですよ。従来の教養の体系は意味がない、全部フラットなんだ、って。そして後は個人の嗜好だけが残るんだ、って、これが東浩紀が言う、『みんな動物化した』っていうやつですけど。
それで95年がなにが象徴的だったかっていうと、まず地震が起きたこと(※7)。次に地下鉄サリン事件(※8)、そして経済危機(※9)。だからみなさんは、生まれたときから『日本はダメだダメだ』って言われた時代なんですよ。だからみなさんの気分からしてみると、『あらゆるものは等価だって言われたってさ……』という感じでしょう?」

(※6) 当時吉本隆明(この娘がよしもとばなな)がコム・デ・ギャルソンの服を着てファッション誌に登場したところ、かつての盟友だった埴谷雄高(長編小説『死霊』が有名)が、「あんな服を着てCMに出て資本に使われるなんて」と言い出した。それに対して吉本が「これは優れたものだ」と反論して……という論争。
(※7) 日本人、日本の土木事業に与えた影響は計り知れない。
(※8)日本は治安良いって嘘じゃん!
(※9)=Japan as NO.1の崩壊

5◆「フラット」な今から見た未来
関「そうなんですよ。指標が失われてるっていうか。だから僕なんかは、過去の権威化された文化なんかに、すごく惹かれちゃってるっていう実感があるんです。だからこういう溢れ出す書物の中にも、みんななにか指標を求めているんじゃないかなと……例えば小林よしのりとか(笑)。
文学でいえば、書評っていうのがなにか指標になるのかなって思うんですが、今はそれ自体も消費されてる感があって。じゃあ今後出版業界はどうなっていくのか。指標を新たに作り出す方向にいくのか、このままフラット化された状態のままいくのか、未来が気になるんですけど」
永江「今指標としてあるのはランキングだよね。年間8万点、一日にすると300点近い本が出版されていて、実際何を買っていいかわからない、そんな中で指標となるのはやっぱり売れているものでしょう。チェーン店の書店なんかだと、本部が各店舗に、トップ40は絶対欠かさないようにって、そういう指令の仕方をするわけですよ。」
窪田「売れればまたランキングが伸びる」
永江「だから売れるものに集中する、売れないものは消えていってしまう、っていうのはありますね。でもたまに特異な状況がおきます(※10)。もちろんそれは、従来のランキング依存だと有り得ないことですけれど、でもそれを組織的にやっていこうって考えたのは、本屋大賞でしょう。
ただ本屋大賞には構造的な欠陥があって。書店員の人気投票で決めるってことは、書店員がそれを読んでなきゃいけない。読むためにはそれが全国の書店に配本されてなくちゃいけない。全国には1万6000店の書店があるけれど、今文芸書の初版部数って、下手すると3000いかないですからね。しかもジュンク堂みたいなところはどんな本でも新刊は2,30冊は積むわけ。となると、本屋大賞もある程度売れ線の人気の高いものしか選ばれない、というね」
廣安「確かに、座談会したときも、『書店員だからって(一般人より多彩に本を)読んでるのか?』って意見があがりました」
永江「でも、彼らもそういう構造的な問題があるって分かっていて始めたわけですよね。審査員が討議して選ぶ賞は他にいっぱいあるわけだから、同じことをやってもしょうがない。だからそこでランキング依存でもなく、新しい文学賞を、と。
ただ、やっぱり指標のない時代の不安感の裏返しみたいな現象(※11)は、ここ数年でいっぱい起きていますよね」

(※10)近年でいうと『世界の中心で、愛をさけぶ』。実際に売れるまでに半年くらいタイムラグがあった。全国の書店の店員が、なぜか示し合わせたかのように、『この本は普通だったらもう返品しないといけないんだけども、もうちょっと置いとこうかな』と、同時多発的にえこひいきしたのがヒットの原因か。
(※11)例えば、光文社の古典新訳文庫のヒット、池澤夏樹の個人編集による世界文学全集(河出書房新社)など。池澤は「カノン(聖典)」が失われた時代だから、そういうものをあえて個人で選んで、全集という形でパッケージするんだと言った。

 

6◆電子ブックの未来
廣安「でも、たまにそういうヒットが出ても、たいていは忘れ去られますよね」
永江「ただね、元々本って、マイナーなものなんじゃないの。だからね、日本の文学史とか近代出版史を見ると、東大早稲田慶応、プラスアルファで作られてる、マイナーな世界だよね。書き手も読み手もね」
窪田「狭い世界というか」
栄田「読み手も、僕の周りをみても、小学校時代とか、そんな本を携えて遊んでるひととか、あんまりいなかった。今はテレビもあるしネットもタダで見れるし、一冊何千円もする本を小学生も中学生もあんまり買わないだろう、というのが僕の実感で。
じゃあ最近電子ブックとかが増えてきていますけど、そういう書店のあり方っていうのは、今後展開されていくと思いますか」
永江「それは分かんないよね。まぁ電子化するって方向は間違いないと思うんですが、電子化すれば絶版・品切れがなくなるっていうのは必ずしもそうではないというのが分かってきていて。例えば、パソコンの一番はじめの記憶装置って、カセットテープなんだよね。その次がフロッピーで、でも今はもはやそれを読み取る機械がない。少なくともワープロやパソコンが出始めた当時、『これに入れとけば紙よりも持つ、永久に持つ』と思っていたものが、実は紙よりも命が短かった。あるいは、フォーマットもそうだよね、ワードのフォーマットがいつまでもつか。そういうように、電子メディアだからって永久にっていうことはなくて、やっぱり紙とインクは強い。
でも、電子メディアにはそれを補ってあまりある様々な利点はありますよね。例えば、アメリカで今開発されてるのが、A5サイズで表示される電子本で、学校のテキストに使えるんですよ。アメリカの大学では、教授が自分の著作を教科書にするのが禁じられているところが多いので、レポートなんかでいちいち課題図書を指定するんですね。だから今までは、成績が優秀なやつってのは足が速いやつだったわけだけど――いちばんに図書館に走って本が借りられるから――、電子本だったら、学生がそれを一斉にダウンロードすればいいわけでしょう。だから、日本では電子本の端末っていうのはなかなか受け容れられないけれど、アメリカでは市場的に成功している(※12)。ただ、結局それは出版社と著者のマインド次第、っていうか。日本の出版社って自分の目先のことしか考えないからね」
窪田「それは、自転車操業のせい……目先のことしか考える余裕がないってことじゃないんですか」

(※12)実際、アメリカは電子書籍が安い。大体1000円くらい。逆に紙のハードカバーが高い(日本の倍くらい)。「もしかしたら、『1Q84』がBook1・Book2(・Book 3?)で千円ですっていったら、もっとヒットしたかもしれない」(永江先生)

 

7◆余裕のない日本出版界
永江「うん、余裕っていうのは、ふさわしい言葉ですね。何に対しても、余裕ないよね。それは出版社だけじゃなくて、書店ももうちょっと余裕もって人を配置させるとか、余裕もって働かせることができれば、もっと魅力的な書店の作り方できるのに、って(※13)。
例えば紀伊国屋書店なんかでも、ベテランの人をずっと雇いつづけて品揃えさせてきたけれど、それがだんだん出来にくくなってきてる。出版社でいうと、今までは雑誌、とりわけコミックで大儲けしてたのに、今コミックも急降下ですから。小学館みたいなところは、キャラクタービジネスで何とか補うけれども、そうじゃないところは厳しくなって、いまは目先のことしか、考える余裕ないよね」

(※13)東京堂書店などは、余裕がある書店だとのこと。不動産資産を大量に持っているし、日本の近代出版史そのものがあの会社であるし。『金色夜叉』(尾崎紅葉)の金山のモデルは東京堂書店の創業者だったりする。ちなみに、この書店は我らが立花隆氏も行きつけ。3Fには立花隆セレクションによるコーナーがある。

8◆結局は、やっぱり金じゃない
関「じゃあ、そう余裕がない中で、学術的な、ある種のカラーを出していこうとしている出版社――例えば『ユリイカ』出してる青土社――って、何で踏ん張れてる(※14)んでしょう」
永江「それは、お金だけじゃないっていうことに尽きるんだと思うんですよ。大手に入った人は、30代半ばで1000万以上の年収を得ていますけども、人文書専門の小規模なところに入った人は、その3分の1ももらえないわけだよね。学校のときの成績は同じくらい(学術書をがりがり編集できるわけだから、寧ろ小規模な方に行った人のほうが上だったかもしれない)のに、金銭としての見返りは必ずしもそれに見合うものでなかったりするわけ。
でも彼らは編集者を続ける。それはお金だけじゃないよね、きっと。すごく給料高くて楽しい(マガジンハウスみたいな)出版社をやめて、もっと過酷な状況に飛び込んでいく編集者もいるんだよね」
廣安「じゃあ大手の編集者だと、『なんでこんなことやってるんだろう』って常に自問自答、悩みながらやってらっしゃる方もおられるんですかね」
永江「特に大手だと、自分で部署を選べないじゃないですか(※15)。文芸春秋なんかは人気が高いけど、あそこは人事異動、ごちゃごちゃなんですよ。前『CREA』で一緒に仕事した編集者が、『いやぁ私、先月まで秘書課でお茶くんでたんですよね』って言ってて。『文學界』作ってた人が、いきなり『諸君!』で右翼系の記事チェックしなくちゃいけないとか」
関「そういう風なのも大事なのかなって、思うんですけど。いきなり始めから文芸局でっていうよりは、あちこち飛ばされて……っていう方が、最終的には魅力的な編集者になるのかなって」
永江「まぁ適性は自分よりも上司のほうがよく分かるっていうのはあるからね」

(※14)ただ、『諸君!』『論座』『月刊現代』といったオピニオン雑誌もどんどん休刊に追い込まれている。「10年前だったら、どんなに赤字垂れ流しても出版社がやめない媒体だったと思うんですけど、それをやめざるを得ないくらいに、出版社の経営が追い詰められている」(永江先生)
(※15)「一時期、冗談で言われたのが、朝日新聞はマスコミでも人気の高い就職先だけど、新聞本体よりも出版の方が希望者多いって。新聞入ると、必ず地方局のサツ回りからさせられるけど、出版だと東京勤務でしょう。東京大学みたいなところの学生だと、付き合いの範囲も狭いわけじゃない。それが社会部とか配属されて、やくざのおじさんと喋るって、口のきき方も分からないでしょう。だったら出版局で、ちょっと給料安くても言葉の通じる人と仕事がしたいって思うよね(笑)」

9◆残るのこらない
廣安「えーっと、ちょっと話を文学の方向に持っていくと。小説の場合、作家の気持ちとしては、それなりに多くの人に届く、残るような話を書きたいんじゃないかなと思うんですが……軽い新書だとかちょっとしたお役立ち本なんかについては、書く方もそんなに『残る』ことを意識したりはしないんですかね」
永江「色々、ですよね。ただ、これは書くことに限らず全ての仕事はそうですけど、刹那的にお金に換算されればそれでいいやっていう人は少ないと思いますね。何らかの形でそれが世の中に残って影響を与えてほしい、って。だから、確かに書き手の中にはほとんど自分で書いてない、喋るだけって毎月のように量産している人も結構いるわけですけど、そういう人でも自分のメッセージが何らかの形で世の中に残れば、とは思っているでしょうね」
廣安「先生が本を書くときに、『これは何十年後の人も読むかなぁ』と思いながら書かれるんですか」
永江「それは…あれですけど、ただ国会図書館には入るじゃない? 日本の場合は法律で納本義務があるからさ。あれは永久に残るわけですよ。だから、お墓買うよりも本書いたほうがいいって思うけど(笑)。でも、それは逆に恐ろしいことですよね、国会図書館には自分の本が残っちゃうんだ、っていう(※16)」

(※16)昔、「週刊誌なんてどうせ一週間で消えるから、ちょっと間違ったこと書いたっていい、それが週刊誌の勢いってもんだ」と言う週刊誌の編集者がいたそうだが、残念ながら国会図書館行ったら全部残っている。勢いの歴史が。

10◆始めはほとんどドマイナー
廣安「前、ある作家の方を追いかけるドキュメンタリー番組があって、そこでその作家の方が新作を書きながら、『こんなに本がある中で自分の書いているものが世の中に意味をもつのか分からなくなり、書けなくなりました』というナレーションが入っていたんですけど、そこまで悩むことは珍しいんですかね」
永江「どうでしょうね。ただ、ここ百年くらいですよ、作家の本を社会のみんながすごく関心をもって読むようになったのは。歴史的名作ってほとんどが始めはドマイナーだったわけじゃないですか。だから、自分の書いたものが世の中に影響を与える、なんて考えること自体が……」
廣安「不遜ですか(笑)」
永江「そうだねぇ。だって古典名作になるまでに忘れ去られたものがたくさんあるわけですから。ほとんどはもう砂粒ですよ、出版物なんて。それで良いんだと思いますけどね」

11◆現代の作品もちゃんと残るんですか
廣安「今、百年前の著作で名作と銘打たれて残っているものは色々あると思うんですが、じゃあ現代の作品で百年後も残る――」
窪田「『読みなさい』という形でね」
廣安「ものって、少ないんじゃないかと思うんですけど」
永江「んー……どうでしょうね、確かに表現の分野がすごく広がってますから――ゲームの名作ってのも出てきてると思うし――小説っていうジャンルの占める割合が相対的に減るっていうことはありうると思いますけど、人間の知的生産能力がそんなに短期間で萎れはしないんじゃないかなと」
窪田「そこそこの人間がいたら、そこそこの生産はつづくんだ、と?」
永江「そう。だからその意味では私はさして心配していないし、逆に期待もしていない」
廣安「才能がせっかくあっても、それが生かされないっていうことも、ないですか? 編集者の人がそこそこの力でしか作家を育てないから、75%止まりで終っちゃうー、とか……」
永江「まぁ、ありうるよね。中上健次がいまデビューしたとして、もう一度中上健次になれるかって、それは分からない。だけどそれはあらゆる人は時代の制約を受けるわけだから、それは、仕方ないでしょう。逆もあるしね。例えば舞城王太郎はいまの時代だからこそだろうし」
栄田「僕らが心配していることは、それほど危機的状況ではない、と」
永江「まぁ十年単位ではそんなに変わらないと思いますね。ものごと百年単位じゃないと。ま、でもみなさんの就職問題としては相当深刻ですよね(笑)」

12◆就職難の方が深刻です。
廣安「もってらっしゃる学生さんたちは、みなさん出版界を希望して……?」
永江「そうですね、出版界とかメディア界志望が多いようです。みんな、東大早慶くらいだと、入学したときは自分は人生の勝利者だ、って思ってるんですよ。でも3年生くらいになると、『あれ?』って。それは職種にもよりますけども、必ずしも東大早慶ってことで下駄はかせてもらえるとは限らなくて、例えば河出書房新社で私の担当してくれてる人は東大の国文だったんですけども、受けた出版社は全部落ちたって言ってましたからね。それでやっと紀伊国屋に受かって、最初は書店部門。そしたらようやく紀伊国屋の出版部に異動になって、で去年河出書房に移って、って話ですからね。講談社の文芸文庫編集部長になった彼も東大ですが、新潮社は落ちたって言ってたね。大学のブランドで入れるほど出版社は甘くありません」

一同「長々とありがとうございました」

 

【編集後記】
どんな取材記事にも言えることですが、これでもかなり削ったほうです。
面白かった冗談だとか(笑)、具体例だとか(永江先生のお話は具体例が豊富で、これだけでも勉強になったので)、ことごとくデリートするこの歯がゆさは、文字起こしには必ずついてまわるもの。
普段読んでいる雑誌の記事なんかも、こういう苦渋の削除の累々の上に成り立っているんですね。

記事:廣安ゆきみ/写真提供:栄田康孝

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