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科学入門シリーズ3
植物の基本は「いい加減さ」
第2回 データベースはあるか
前回の記事、植物のいい加減さとして葉のいろいろな形について書きました。
いろいろな本を読んだり、グーグルで調べてみましたが、「いい加減さ」に関する記述を見つけることはできませんでした。
私が知りたいことは、
1.葉の形の多様性を引き起こす原因。たぶん、遺伝子的な要因。 2.葉のいろいろな形を引き起こす原因。たぶん、環境の作用に刺激されて遺伝子の発現と細胞死(アポトーシス)が開始される。 3.これらのメカニズムは植物で共通しているのかどうか。たぶん、進化の過程によってメカニズムにある程度の違いがあると思う。 4.植物によっていろいろなメカニズムがある時、その起源となる進化の過程が理解できるのだろうか。 5.植物の葉の多様性は、将来どのような進化を遂げるのだろうか。 6.地球温暖化の時代に、環境圧のかかる時間は極端に短くなるが、植物は短期間に適応ができるのだろうか。そのことを、葉の形の多様性から勉強できないだろうか。 7.その他、その他。
など、きりがありません。
しかし、私が最も気になったことは、葉の多様性についての、系統的(systematic)な観察データがどうやら存在しないらしい、ということです。学問の基礎は、自然にある事象をまず集め、そしてそれを整理することから始めなければなりません。リンネが植物の分類を始めてから300年たちますが、この作業がまだ始まってもいないというのは由々しきことです。
シラカシの葉を取り上げてみましょう。観察して取りたいデータを気が付くままに書いてみましょう。
1.ある地域において多くのシラカシの個体を選ぶ。 2.それを樹高や幹の太さ(木の年齢に相当)別に区分けする。 3.芽吹く前から地域の気温、降雨、風、等を定期的に記録する。 4.多くの葉を選び、その大きさを計測する。木はいい加減なので計測精度はおおざっぱ(約10~20%)でよい。 5.葉の環境、日向か日陰か、風通し、雨の当たり具合等々、多くの情報を記録する。 6.この作業を落葉まで続ける。 7.以上の作業を数年続ける。 8.以上の作業を複数の地域で行う。
このようなデータが集まれば、いろいろな環境パラメータとの相関を取って、葉の大きさに影響する環境圧力を同定し、圧力の大小と葉の大きさの変化との関係式を導き出すこともできるでしょう。
以上の操作をぜひハリギリやヤマグワでもやってみたいですね。
ピーター・トーマス「樹木学」(築地書館)19ページには、 「葉の形を支配する因子はあまりに多く、我々が目にする葉の形をいちいち気にするのは難しいということである」 とあって、はなから私の疑問にさじを投げています。さじを投げる理由となったデータベースのことは触れていませんので、あまり科学的な表現ではありません。
岩槻邦夫・加藤雅啓編「多様性の植物学」(東京大学出版会)B、36ページから49ページまでに、葉の多様性についての記述があります。私の知りたいことを上に1から7まで書きましたが、この本では、そのうち1の記述が大部分です。49ページに、
「しかし、古典形態学や比較形態学を専門とする研究者はきわめて少なく、Evo/Devo研究の今後を考えると、著しくアンバランスな状況にある。」 また、 「葉の形の多様性については、巨視的な記載こそ詳細になされているものの、たとえば解剖学的な観察などはほとんどなされていない。そのため、現在モデル植物から得られている知見を適用できる野生生物があるかどうか、その候補選びをしたくても、その手掛かりがないか、きわめて乏しいのが現状である。」 と言及しています。 私は「巨視的な記載こそ詳細になされている」にもちょっと疑問があります。つまり、現在の記載は言ってみれば「静的」なもので、上に述べたように、多くの環境パラメータと同時に記載された、いわゆる「動的で系統的データベース」がないのだと思います。
学問にはいろいろなやり方があり、分野ごとにその方法も全く異なります。私が専門としてきた、素粒子・原子核・宇宙の分野では、コンピュータの発展とともに、トロール漁船のようにとれるデータは根こそぎ取ってしまい、そのデータを総合的に分析する手法に大きく舵を切ってきました。またそのことによって、その分野が大きく発展しました。
生物学や地震学などは、ペットとなる対象物を舐め尽すようにする研究、「タコつぼ研究(失礼!)」、が依然として続いているようです。だから、非常に多くのものを網羅する「データベース」という考え自体が存在しないのです。
しかし、上に書いた様な観察は中学生や高校生でもできる作業です。我々のいう「系統的なデータベース」の構築を行ってほしいものです。
お前がやれという声が聞こえそうですが、残念ながら体調が許しません。遺憾なことです。 (続き)
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