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藤森俊彦先生
 自然科学研究機構・基礎生物学研究所 教授 
取材日 : 2010年2月26日
@基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)

藤森教授の研究室では、哺乳類の発生の謎に迫ろうとしています。
ヒトも含めて、有性生殖を行う生き物は、皆たった一つの受精卵から発生という摩訶不思議な過程を経てその生き物の"形"と"機能"を獲得します。その不思議に、その全過程を丸ごと記録することで迫ろうというのが藤森教授の戦略です。

研究室にお邪魔して先ず見せて頂いたのが、マウスの胚の発生の3D映像です。目が慣れてくると、空間上に分布した粒粒がぽこぽこと割れて数を増やしていく様子が良く分かります。この映像の何処に謎があるのでしょうか?

藤森研究室でターゲットにしているのは、哺乳類の発生、特にマウスの発生です。
哺乳類の発生では、実はどのように細胞の"運命"が決まっていくのか良く分かっていません。
つまり、どのように受精卵から前後左右の軸が決まるのか、どのようにお互い連携しながら分化していくのか、が良く分かっていません。
カエル等では、受精卵それ自体に明らかな物質的偏りが存在し、それを引き摺って方向性が決まったり、或いは受精時にその受精した場所が方向を決定しているらしいことが知られています。
その一方で、哺乳類などでは、胚に調節性があることが良く知られています。つまり、発生初期の胚から一部の細胞を取り除いたり、あるいは胚に外から持って来た細胞を加えたりしても、正常に発生を終えて個体が完成します。
ということは、発生の初期には細胞は"替えが効く"状態なのです。これは、受精した瞬間から全ての細胞の運命が決まっているとしたらありえない話です。
何らかの方法で細胞たちは"運命"を決めていっているはずなのですが、いつどのようにそれが行われるのかはよく分かっていません。
その謎へ、その全過程を3Dで記録することで迫ろうとしているのです。


藤森先生たちの研究室では、現在胚を顕微鏡で観察出来る場所で着床寸前まで育てることに成功しています。その全過程を顕微鏡で撮影することが可能になったのです。
これまでの研究では、2Dで、しかもスナップショットを並べて間を想像して議論が行われていたのですが、この方法では3D映像を用いて、全ての細胞の辿る道筋を連続して追いかけることが出来るようになったのです。
更に、連続的に撮影しているため、時間を逆向きにして各細胞の系譜を辿ることも出来ます。
順方向の映像からでは観察しがたい、「この細胞は何処から来たのか?」を逆回しにすることで明瞭に見て取ることが出来、また細胞のグループをラベリングする場合でも、どの集団をラベリングするかは自由に振り替えられます。
これによって、細胞たちがどのようにその未来を決めて行くのか、いつどのように"進路"が決まるかを明らかにしようとしているのです。


我々が最初に見せていただいた映像はヒストン(DNAの糸を巻くボビンの様な蛋白)をGFPで標識したものでしたが、藤森先生たちは他にも特定の遺伝子の発現や、細胞内小器官を追跡することにも成功しています。
この観察法は一朝一夕に完成したわけではなく、「発生過程を全部記録してしまおう」というアイディアから、顕微鏡下で胚を育てる手法を確立するまでに半年、更に単に可視光で観察しただけでは細胞の境界がすぐに分からなくなってしまうため、染色法を工夫するものの上手く行かず、最終的にヒストンにGFPを発現させたマウスの胚で映像が撮れるまでに2年ぐらいはかかったそうです。
GFPを用いて生体細胞を観察するのも簡単なことではなく、GFPが発光する時には活性酸素が放出されているらしく、発光に伴って胚が傷ついてしまいます。そのため、撮影時にはGFPの励起を最小限に留め、カメラの感度を限界まであげ、細胞分裂を追える程まで撮影間隔を短くしているそうです。かなり細かいチューニングを積み重ねることでこの感度を達成しているとのこと。
今後の展開としては、哺乳類発生の「暗黒時代」である着床期や、細胞間のコミュニケーションを明らかにしていきたいと仰っていました。


最後にお話を伺った中で印象的だったことを一つ。
ゼミ生の「体軸の形成などは教科書だとまるで分かっているかのように書かれている内容ですよね?」との質問に対して藤森先生が、「研究者の立場からすれば、教科書に穴があることが大事。それもできれば大きい方がいい!」と仰っていたのが大変印象的でした。


(記事:窪田史朗・東京大学教養学部理科一類2年/写真:栄田康孝)
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