中河原駅を出ると、電車は大きくカーブして多摩川を渡る。渡った先にあるのが聖蹟桜ヶ丘駅である。雰囲気は映画で見たから知っていたけど、本当にこじんまりした駅だ。京王本線の全ての車両が停まるというもの、相対式のホームで待避線はないため、三鷹台駅とおなじような趣きである。まぁ、長さからしたら比べ物にならないが。階段を降りた時点でそこは「耳をすませば」の世界だった。この小さめの改札雫ちゃんも通ったな・・・と思いつつタッチする(ここは切符でなければならなかったのだろうか?)。
あー駄目だ。いつもとは違うちょっぴり趣のある文章にしようかと思ったんだけど、無理だ。いつものテンションにする。というわけで聖蹟桜ヶ丘に行ってきた。何も何も、全てはまごうことなく耳すまのためである。スタジオジブリ作の、かの名作アニメ映画「耳をすませば」。「雫!好きだ!」(こんなん?)等など、皆様各々良悪含め様々な思い、思い出を持っているだろうよ。因みに僕はカントリーロードを歌うシーンと、雫が西老人に原石を見せてもらうシーンが好きだな。いや、こんなことはどうでもいい。聖蹟桜ヶ丘は、「耳をすませば」の舞台のモデルとなった場所なのである。これは一ファンとして行かないわけにはいくまい、と思い着想を練り続け、やっと大願成就して聖地を訪問した。馬鹿みたいに晴れた日に行こうとずっと考えていたため、まさに昨日は絶好の耳すま日和だった。まぁ、そのせいでゼミの定例会をすっぽかしたが・・・・
そして何より、前提にしておかねばならないのは、この聖蹟桜ヶ丘訪問が一人ぼっちだということである。大変痛々しい。これは別に僕がマゾヒストであるとかそういうのではなく、高尚な精神性あってのことなのだ。今回の聖蹟桜ヶ丘訪問は、うえだ自身を見つめ直すためのものなのである(まぁ、純粋な好奇心もあるが・・・)。耳すまは、うえだ的にまとめる(耳すまはまとめることが出来るほど薄っぺらくはないのだが・・・)と、要するに雫ちゃんが夢へ向かう+リア充になる話なのだ。非リアであったころの雫ちゃんに自らを投影し、追体験するには、極めて瞑想的な訪問をせねばならない。こうして、一人遠足を決意した。もう一つの理由は、騒音防止である。何やら、かつて心ない耳すまファンが、閑静な桜ケ丘で騒いだり、ゴミをポイ捨てしたりして、近隣住民に迷惑をかけたらしい。そのせいで、耳すまファンに対する住民の認識が悪くなり、聖地を静かに訪ねる耳すまファンが肩身の狭い思いをするのは、奈何せん不条理である。認識を良くするのは、悪くすることより数倍も難しいが、千里の道も一歩から、頑張るしかなかろう。
聖蹟桜ヶ丘駅西口を出ると、それはまさに耳すまで雫ちゃんが空を見上げたように、大きく空が広がる。なんとも気持ちのいいところだった。聖蹟桜ヶ丘駅周辺には京王百貨店などの大規模小売店舗が充実しており、都心に出る人と、買い物に来た人とで大変にぎやかだ。僕は雫ちゃんが猫のムーン(あのデブ猫である)を追いかけたように、さくら通りからいろは坂を登り、地球屋のあったロータリーに行った。丁度聖蹟桜ヶ丘駅に着いたのは昼ごろだったため、お腹がすいたので京王百貨店内のパスタ屋に入る。880円のカルボナーラを食べる。880円という値段に釣り合ったお味に納得する。まぁ、所詮こんなもんだ。店員さんがやる気があるのはいいが、どうも力みすぎている。若いウェイターさんは、とても気持ちよく接客してくれたのだが、間が悪い・・・うえだが口にパスタを突っ込んだ瞬間に、「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」と聞かれてももごもごしてしまって答えようがない。情けなくも、はい、と首を振って答える。非常に恥ずかしい。とりあえず全く耳すまに関係ないことばかりしている気がするが、このように見知らぬ土地を歩くのはある種の新鮮さがあって、好きだ。でもこのカルボナーラはきっともう食べない。
パスタを食べながら内心動揺していた。思っていたより聖蹟桜ヶ丘に人がたくさんいるのである。この一人耳すまという創造的な試みが痛々しい部類に入るものであることは重々承知している。しかし、奈何せんこのように人が多くては、パシャパシャ写真を撮ることはできないし、ぐるぐる同じ所を回ることも、ベンチでゆっくりすることも出来ない。困ったなぁ、と思いつつさくら通りを抜け、霞が関橋にさしかかると、案外人はいなかった。なんだ、人が多いのは中心部だけか。安心。みなさ~ん!十分一人耳すま出来ますよ!とりあえず叫んでみる。
霞が関橋を渡ると、桜ケ丘をバックにしていろは坂が始まる。原作で描かれた風景とそっくりである。感慨。

ぐんぐん坂を登る。ここは雫の通学路だった所だ。原作とは違って、歩道は左側なのだ。

坂を越えると図書館がある・・・はずが、ない。原作ではそこに立花先生・・・じゃなくて雫のお父さんが働く図書館がある設定だが、実際はなく、こじんまりとした公園である(写真撮り忘れた・・・)。そこからは聖蹟桜ヶ丘の市街部が一望できるのだ。

そして、さくら公園に隣接する急斜面の上に、クライマックスで朝日を見る秘密の場所(通称耳丘)があるのだが、現在は立ち入り禁止となっている。残念だが、まぁ登る気にもならない。「行こう!恐れずに」とは言われても・・・出来ないものは出来ないのだ。
さくら公園を過ぎると、ヘアピンカーブがある。歩行者はカーブの手前の階段を上るのだ。ここの階段は原作のように家と家の間を縫っているわけではないが、周りを車が行き交うのを眺めながら上って行くのは快感である。この階段なんてまさに雫ちゃんが駆け下りていそうではないか!

三回目の一番長い階段を上り終えると、すぐ横に金比羅様がある。ここは杉村が雫に告白したポイントである。僕は恋愛物は自分に都合よく解釈する(則ち読んでいて悲しくなる所は精神的に読み飛ばす感じ)人間のため、特に興奮するわけではなく、あぁこんなんあったなぁと思いながら賽銭を投げといた。しかし、この金比羅さんは原作に出てきたものと非常にそっくりである。周りの木立はあまり似ていないが、縦長の建物といい、小ささといい非常に似ている。眺めていると、ジブリの再現力、よりも脚色力に感じいってしまう。

金比羅さんの辺りから桜ケ丘は高級住宅地らしくなる。立派な門構えの家や個性的な家が多い(プライバシー保護の観点から家々の写真の撮影は控えたため、紹介は出来ない)。カーブを曲がると、あとはロータリーまで一本道だ。
いいところである。どの家も高くて二階建てのため、日当たりは良好だし、眺望も最高だ。


南側には更なる住宅地と緩やかな丘陵地が広がっていて非常に美しい。高級住宅地になるのもうなずける。そして、何より静かだ。僕のコンバースの足音さえ聞こえるのだから。車の往来もたまにバスが通る程度だし、高齢化が進んでいるせいか子どもの騒ぐ声もそれほどしない。しかも日がよくあたるため、ぽかぽかしていて気持ちがいい。雲が動くのと同じスピードで歩いているような気がした。晴れた日に来れて本当によかった。個性的な家が多いせいか、角を曲がるたびに違う景色が広がって回っていても飽きない。まるで迷路のようで、とてもわくわくする。こうなってくるとわざと横道に入って見たりしてどきどきしたくなる。実際に、僕は同じ所をぐるぐると回っていた。シンメトリックな白塗りの家、重厚なレンガ造り風の家など、不揃いな住宅がここでは景色をなしているようで不思議だった。歩いていると、高校の裏の長谷という住宅地を思い出した。長谷は古くからの住宅地で、桜ケ丘と同じように高級住宅地である。道は桜ケ丘よりもっと細くってごちゃごちゃに入り組んでおり(なんせ昔のままだから)、友人と長谷経由で大通りに出ようとして行き当たりばったりに行ったら、随分時間を食ったのを覚えている。僕は長谷を歩くのが好きだった。桜ケ丘と同じように、いや桜ケ丘よりもっと複雑な街並みに敢えて迷い込んで、日常にあるはずの非日常を楽しんでいた。まぁ、ようは視点の転換なのだけど。でも、桜ケ丘の町並みの方が好きだな。丘だから、何より眺めが良い。山育ちの気質がそのまま出てしまって、上京したって昔と大して変わらないことに気付いた。嬉しいのやら悲しいのやら。桜ケ丘の町並みは段段状になっていて、その段と段をつなげるように、時折階段が現れる。階段が現れるたびに視界が開けるため、その度に嘆息する。遥か先にあるあの街はなんという街なのか、そう考えるだけでもわくわくする。階段のみならず、斜面を上るための急カーブが多いのも特徴で、一見すると苦しそうだが、流線形の構造物(ロータリーもまた然り)が多いと、賽の目に慣れてしまった僕にはとても新鮮に感じる。
原作では地球屋があったロータリー。

ここが桜ケ丘のバスの中継地点となっているようで、小さな広場となっている。ロータリーの横には集会場、駐在所、小さな商店があるのだが、どれも非常にレトロである。何より駐在所の存在には驚いた。うちの田舎ぐらいにしかないだろうと思っていたのに。しかも、駐在所は微妙におシャレなのだ。気品のあるデザインとでもいおうか。周りの家々からは全く浮いていない。違いといえばせいぜい国旗を掲げているぐらいだ。この商店のうちの一つに、「ノア」という洋菓子店がある。

見ての通りとてもノスタルジックなたたずまいで、如何にも町の洋菓子屋さんである。メニューも素朴だ。イチゴのサラバン、ショートケーキ、りんごのゼリー。僕はゼミへのお土産を兼ねて耳すまクッキー(700円)を買った。このクッキー、ボリュームの割に高い気がする。てゆうか、耳すま関連のものがムーン(?)的猫のクッキー以外ないというオチ・・・ぼろもうけじゃないか。店主が慣れた口調でどこから来たのかと聞かれた。三鷹ですよ、すぐそばです(まぁ、そばではないが)。すごくいい所ですね。静かで。
僕がそういうと、店主は後ろから「耳すま思い出ノート」と書かれたノートを引っ張ってきて、これ書きます?と聞いてきた。僕はかなりの乱筆者のため、遠慮すると、ではこっち、と言わんばかりに色紙を出した。桜ケ丘に耳すま関連のモニュメントを立てるために、署名的なメッセージを集めているらしい。それなら是非、と受けて店の前にあるテーブルで書いた。しかし、書きながら思った。モニュメントが出来てくれたら嬉しい。しかし、それによってたくさんの人が桜ケ丘に来て、この平穏を侵されるのはなんか嫌だ。桜ケ丘のよい所は、観光地化されず、人々の生活がそこにある所だと思う。だからこそ僕たちは桜ケ丘を歩くことで雫たちの息を感じて気持ちを彼らに桜ケ丘を通じて投じることが出来る。
ロータリーを去ってゆっくり歩きながら僕は考えた。これはあくまでも僕個人の見解だが、耳すまは僕にとって過去の自分と今の自分の対話である。これは大分今となってはの話なのだが・・・僕はどういう偶然か、小学校の時に訳も分からず耳すまを見て感動して以来、肝心の中高生時代に全く耳すまを見なかった。それこそ7月の金曜ロードショーで久しぶりに見たのである。その時に、自分のまだ見えぬ未来を模索する雫と、それに向けて走る雫と聖司の姿を見て、胸が熱くなった。見ていたときは純粋に感動していたのだが、終わって反芻するうちに、今の僕はあの二人の延長線上にいるんだと気がついた。僕は中学高校の時に世間知らずな憧れを胸に抱いて、そのために今まで頑張ってきた(今は・・・頑張ってるのかな・・?ハハハハ{乾いた笑い})。そういう意味では、中高生の僕は2人と一緒だ(非リア充であることを除けば・・・・)。そして、丁度今まだ夢が成就するわけでもないが、夢の実現の可否が決まるギリギリのラインが迫っているのだ。二人とは違う意味でぼんやりとした不安を抱きながら日々生活している。僕には西老人が見せてくれるような、原石は本当にあるのか、それとも輝きは消えたのか。
しかし、物事はそういうことではないのだ。西老人が見せた原石の輝きは才能を単純に指し示すのではない。原石を如何に磨くかということを伝えたのだ。2人の原石を磨くエネルギーは半端なもんではない。聖司に至っては親と大喧嘩しつつバイオリンを作ろうとするし、雫は夢中で物語を書き続ける。聖司君は恐ろしいと僕は思う。雫の読みそうな本全部読むって、それストーカー紛いなのでは・・・?ひろせさんもいっていたが、イタリアでバイオリン職人、このフレーズが全ての疑惑を美しく昇華してしまう・・・てゆうかイケメンは結局許されるのでしょう?最近の自分は、忙しいという言葉にかまけて、いろんなことに消極的になっている気がする。講義、節約、そんなことばっか盾にして、もっと大切なエネルギーを有効活用できていないのではないか。そう感じた。だから、今回の一人耳すまを実行したのだ。あぁぁ、深夜テンション。これを徹夜して書き上げたせいでなんかいろいろ恥ずかしいことを書いているが、まぁいいや。
迷い、恐れ、みんな取っ払ってしまいたい。自分の好きなこと、知りたいことはなんなのか自分で問い直してみる。結局、自分のやりたいことをやるしかないのだ。それしか、夢の途中にある僕たちに出来ることはない。立花先生は「まぁ、やりたいことをすればいんじゃない」と仰ったらしいが、それはこういうことなのかもしれない。
では僕のやりたいことは何か?漠然と言えば「文字」である。ならばいっちょやりましょう!立花ゼミで文字を追求しようでないか。
「行こう恐れずに、午後の気流が乱れるとき星にも手が届こう!」

このフレーズを口ずさみつつ、やるっきゃないわな、そう思った。三鷹の隅で、東大監獄で、僕は胸の中でリアルに一人耳すましているのである。