東大への意識
「東大」を意識したのは、いつ頃だろうか。 少なくとも、高校に入った頃は、何も考えていなかった。というか、「東大」は自分が行くところではなかった。まさに「雲の上」の存在だった。
高校に入って初めての模試で、私は、志望校をこう書いた。
1.京都大学 法学部
2.名古屋大学 法学部
3.首都大学東京 都市教養学部 法学系
なんかよくわからなかったけど、とりあえず、国公立大学にいければいいかな。そんな感じでした。
判定は京都・名古屋がEかD、首都大がCで、あぁ、こんなもんか、とりあえず頑張れば首都大には行けるかな、そんなことを考えていました。
この模試は5月末実施で--もう5年以上前になりますね--、学年128人中71位でした。
部活の先輩で、卒業後は現役で東北大学経済学部に行ったひとには、「意外と、ヒドいねぇ」みたいなことを言われたような気がしますが、でも、自分としては別に「いい大学」に行くつもりは全くなかったし、こんなんでいいんじゃなかなぁ、と思っていました。
うちの高校は予習を大量にやらせることで有名でした。いや、有名だったのか?でも、予習は大量にあった。その上、毎週の単語テスト、熟語テスト。高校受験のときより遥かに勉強した。あの頃が人生で一番勉強してたんじゃないかな(笑)ってぐらい勉強してました。
模試が終わって、まぁ現状維持でいいかなって思ってきて、そのうちいかに「予習しないで授業を受けるか」という方法を身につけるようになりました。そのために英語の先生を変えたり(うちの高校は英・数・国に関しては自分で教員を選べた)もした。この先生には2浪の最後の最後までお世話になることになるんですけど。数学も予習はしないで、復習のみ。テスト前に怒涛のように宿題を終わらせる。そんな感じだった。
校内テストのほうは、今となってはもうよく覚えてないけど、たぶん真ん中より少し上ぐらいの成績だったんじゃないかなぁ。高校では「学年の半分が国公立大学にいける」と言われていたので、まぁ、こんな感じか、と。ただ世界史だけは全然ダメでした。学年で下から7番とかwwwそのおかげで東大は日本史・地理受験になりました。
7月に2回目、11月に3回目の模試があって、71位→33位→16位と大幅に成績が上昇してきたんです。なんかよくわからないけど、模試の成績も校内テストの成績も上がってきた。
それが、勘違いを起こさせることになります。
あ、オレでも、東大行けんじゃね??、と。
16位で、同じぐらいの順位の友達が東大を目指していた、っていうのが一番大きいと思います。なんだ、こんな成績で東大目指せるのか。じゃあ自分も…ということで、東大を意識し始めたと思います。
ちなみに、その、私を東大にいざなってくれた友達は現在消息不明です(笑)高校の卒業式も一人だけ来ませんでした。プライドがものすごく高かったから、あんなに東大に行きたいって言ってて、でも受けることすらできなかった現状に嫌気が差したのかなぁ。まぁ、、、そういう人はどうしようもないね。
次の年の5月末の模試では、志望校の欄に「東京大学 文科三類」と書いていました。文三だったのは、文系の中で一番偏差値が低かったからwww
その模試でD判定とっちゃうんですよね。Eではなくて、D。そのせいで、勘違いは一気に加速します。東大志望になりました。
まず出始めに「和田本」(『新・受験技法』和田秀樹/著)購入。うちの高校では東大受験のバイブル的存在でした。たしかセブンイレブンの通販サイトで買って、高校の近くのセブンまで取りに行ったな。そのとき、あの消息不明になった友達が同行してくれたのを今でも鮮明に覚えていますwww