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ちょっとだけ
10 月 21st, 2010 by shugotamura

前回の更新から、まる2か月経ってました。ビビりました。

そろそろ雑誌企画をまとめていかなきゃなという危機感があります。

とりあえず、今日のゼミで本格的に各企画責任者へ執筆依頼を出すという方針を伝えました。

柳本君と小林さんはしばらくお忙しい様なので、土井君と僕を中心に、執筆依頼について検討中です。

来週までには次のアクションを起こしておきたいです。

今日は取り急ぎそれだけ書いておきます。

今、雑誌を考える 第2号 「文芸」雑誌の世界を訪ね歩く
8 月 22nd, 2010 by shugotamura

雑誌の世界に足を突っ込みだしたわけだが、具体的に何をどうすればいいのかさっぱり分からない。

 

ということで、実際に雑誌を制作している人たちに当たってみる事にした。

 

まず、本ゼミの上級生である近藤氏の人脈を頼りに、東大を拠点にかつて『東大批評』という文芸批評誌を制作していた発行人前田氏や、文学フリマと言う文芸系のネットワークで『新大学』という文芸批評誌を発行を行っている松平氏に会った。また、近藤氏の所属する政治系の雑誌『情況』や、文芸批評同人誌ながらジュンク堂新宿店に販路を拡大している業界第2位の『界遊』の編集会議などにも参加させていただいた。

これらの世界に足を踏み入れたばかりで、自分には全く見通しがつかないのだが、それでもこの世界は広そうで案外狭いものだ。

東大批評の前田氏から、東浩紀を中心とする現在の文芸批評業界の状況を教えていただいたのだが、そこで出てきた人名やキーワードは、新大学や界遊の紙面や会議上にも何度も顔を出す事となった。界遊の編集長は、新大学や東大批評の発行人とも非常に面識があるようだった。

もっとも、現在色々当たっている人々が文芸批評系のしかも同人の人々ばかりだから、それは当然といえば当然だ。実際、『情況』は僕の当たったほかの雑誌とは違い、政治系で商業誌だったので文芸系の人物やキーワードとはほぼ無縁であった。

 

ここで、ふと思い至る。

 

何故僕は、文芸雑誌の、それも同人系の雑誌人にばかり当たってるのだろうか?

そもそも雑誌というのはもっと色々なジャンルがあって、政治や経済や文化やスポーツや漫画などなど多岐に渡っているはずだ。だからこその「雑」誌なのだが。そして、実際の出版業界というものは岩波書店や講談社、小学館などといった大手を始めとする無数の出版社が存在するわけで、同人なんてむしろ少数派に過ぎない。

 

何故同人ばかりなのか、という答えは割と簡単に出てきた。大学生がいきなり商業誌の出版社に「雑誌について教えてくれ」などと出向いても、門前払いされるのがオチであるし、そもそも一介の大学生にそんな人脈はない。それよりも大学生で雑誌が好きな人間が集まっている同人雑誌の方が、同じ興味のある人間を受け入れてくれるし、大学生でも人脈も築ける。

では、文芸雑誌ばかりなのは何故かという自問にはどう自答すべきか。

これに関する考察は、「僕の目指す雑誌とはどうあるべきか」を考える上で、僕にとっては興味深いものとなった。

突然だが、現在日本で最も高い知名度を誇り、政治的・社会的・文化的影響力を誇る雑誌といえば、1923(大正12)年創刊の『文藝春秋』である。本ゼミにその名前を冠する立花隆も、この誌面で『角栄研究』を掲載して、時の田中角栄政権を転覆させたものである。この文芸春秋は、現在も芥川賞や直木賞など数多くの権威ある文学賞を主催し、そもそもその誌名が示すように、文芸を当初の(そして現在も)主軸に掲げている。

何故、文芸誌が文芸以外への影響力をここまで強めたか。それは、文芸(小説・詩歌・批評・思想評論etc.)とは文字で書かれた虚構であり、また宗教や科学や歴史や伝統や人間の内面まで人間社会のありとあらゆるジャンルをその対象として網羅しており、故に実社会に束縛されずに実社会の全てへ関わることを許されるからだ。

筆を片手に実社会の全ての分野に関わる。これは、教養人の理想である。そして、立花ゼミが目指していた事じゃないか。

僕がこのゼミで雑誌を作ろうと企む原動力のようなものに、ようやく自分で根拠らしいものをつけられた気がする。

何でも見てやろう、と開高健の名言を、嘯いてみた。

今、雑誌を考える 第1号 何故、雑誌なのか?
8 月 12th, 2010 by shugotamura

立花ゼミ生ブログ、久しぶりの更新となります。そろそろ企画も本格始動させていきたい時期なので、その経過報告として、連載記事「今、雑誌を考える」を始めようと思います。

 

 

 

「今、雑誌は流行らないよ」

 

僕が雑誌企画を立ち上げた当初、このような声が幾度か聞こえた。それは、雑誌をよく知り、雑誌を愛する人々の言葉だった。

今世紀に入ってから慢性的に叫ばれている出版業界の不振、中でも雑誌媒体は最早「雑誌不況」という言葉が定着しつつある。有名な例だけでも、1915年以来の歴史を誇った「主婦の友」が2008年に、日本きっての国際情報誌として知られた「外交フォーラム」が2010年に、それぞれ廃刊している。アメリカでは、「TIME」に並ぶ大手総合雑誌と言われていた「NEWSWEEK」誌が、所有者であるワシントンポスト社が売却を検討するほどの経営危機に陥っている。これらの大手雑誌の陰では、無数の中小雑誌が泡沫のように潰れている。今年有名になった映画「ソラニン」の原作漫画が連載されていた「週刊ヤングサンデー」は、2008年に廃刊が決定されている。

こんな状況を知れば知るほど、「雑誌はもう駄目だ」、と言いたくなる。

だが、因果な事に、僕はこの「雑誌」という奴が大好きなのだ。

何故、僕は雑誌が好きなのか?

 

 

僕が雑誌に触れる機会を得たのは、中学校の時の下校時であった。

いつ、なぜか、ははっきりとは分からないが、何気なく立ち寄ったコンビニで少年ジャンプやサンデーなどを立ち読みし始めたのが、きっかけだ。

それ以来、僕は毎日のようにコンビニで漫画雑誌を立ち読みするようになった。

コンビニに沢山並んでいる漫画雑誌の中から、知ってる漫画を探していると、それまで読みもしなかったような漫画も目に入ってきて、それらを何気なく読んでみるとまたそれが面白くて好きになってしまった。そして、その好きな漫画が載ってる雑誌の横に置いてある雑誌をふと手にとると、また面白い漫画を見つける。この繰り返しで、僕は随分色々な漫画を目にした。

そして、手を出すのは漫画雑誌だけに留まらなくなった。名前だけは聞いたことあるような、例えばNEWSWEEKやAERAなど、大人が読む総合雑誌だった。

それらも、最初は有名な事件の報道や分析を読み、横のページに掲載されているルポなんかを読んで新たな分野を知り、そこから興味関心が広がる、というスパイラルを繰り返した。その中で、僕はそれまでTVや新聞では知ることのなかった政治や経済の世界を見ることになった。

詰まる所、今僕が社会に対して問題意識を持ち、そこへ踏み出すようになったのは、雑誌のお陰なのだ。それまでTVや新聞でもニュースは見ていた。だが、決定的に雑誌の報道で僕の中のそれらの位置付けは変わったのだ。

僕の世界は、雑誌で大きく変えられてしまった。それを自覚しているからこそ、僕も雑誌を通じて、世界を代えて見たいとぼんやりながら思うようになった。

 

 

だが、僕のその甘い期待がそのまま通用するような時代ではなかったのだ。

本を読む力
6 月 10th, 2010 by shugotamura

本を読むのには体力が要る。

高校までは、そんな事考えもしなかった。僕はそこそこの質と量の本を読み漁ってきたと思う。中学の頃、一日一冊の小説を(中高生向けの軽いやつだが)読むなんてこともしてた時期があった。学校帰りの鈍行電車の中で、みなが試験勉強をする中で、独り宮澤賢治を読んだりなんかしてた。月刊雑誌フォーサイトや週刊AERA、NEWSWEEKも結構購読してた。

浪人生になってから、堅い本を読むのが面倒になった。それはこの一年は当然だろうと思っていた。受験勉強が生活の中心、いや生活そのものだったのだから。

だが、いざ大学に入って、モラトリアムをようやく享受できる立場になったというのに、前のような本を読もうという気力が湧かない。本棚には、今まで買ってきた本が手付かずのまま積まれている。

漫画しか読まなくなった、というわけでもない。むしろ、高校の頃の方がよほど漫画を読んでいた。週刊のジャンプ・サンデー・マガジン・チャンピオンは、少年とヤング、どちらも目を通していたし、ビッグコミック系列やモーニング系列もかなり目を通していた。お陰で高2の夏までは一日一時間はコンビニで立ち読みしていた。

この二ヶ月かけてようやく村上春樹の「国境の南 太陽の西」を読み終えた。昨年に一度途中で挫折して、再度読み返してのことだ。他に読了した本といえば、5冊もないだろう。

本を読む体力が、明らかに落ちている。

何故だろう、と考えると、前より明らかにPCの前に座っている時間が長いことに気付いた。PCと向き合ってネットサーフィンするだけで一日2~3時間は使っている。かといって、その分読書したのと同じだけの情報量を得られたかというと疑問だ。

これからしばらく、PC使用時間を抑えて、本を読む体力を鍛えなおそうと思う。

まずは今本棚に眠っている本から読んでいくつもりだ。それも、中身に関係なく、とりあえずの量をこなそうと思う。

紙のメディアの重みを再実感してきます。

興味のあることについて (3)政治
6 月 5th, 2010 by shugotamura

やー、昨年の政権交代以来、日本には政治の季節が到来しているようです。選挙による本格的な政権交代は、戦後直後以来、ほぼ60年以来とのことです。

よくメディアでは「憲政史上初の選挙による政権交代」とか言ってますけど、そんなことを言えば入試の日本史では確実にボコボコですね。駿台のF井紳一の採点なら0点です。

日本憲政史上で初めて選挙による政権交代が起きたのは、昭和3年(1928年)のことです。これは、25年に改定された衆院議員選挙法(俗に言う「普通選挙法」)に基づいた初の選挙です。これで、それまでの政権与党であった若槻礼次郎率いる憲政会から、田中義一率いる立憲政友会に政権が移りました。

明治維新以来半世紀余りを経て確立された二大政党制に基づく議院内閣制は、しかし、恐慌への対応能力欠如、ブルジョア政党と財閥の癒着、政局争いへの没頭などの要因から、国民からの支持を喪失しました。変わって国民の支持を集めたのが、清廉潔白で優秀かつ国民各階層からの出身者によって構成されている、軍部でした。そこから、5.15や2.26などテロルの系譜、そしてどこまでも続くぬかるみのような戦争へと繋がる訳です。

結局、今の政治と同じですね。国民の支持を失う原因は、政治家たち自身にあるのです。彼らがそれに気付いてくれるかどうかで、彼らがどれだけ歴史に学んでいるかどうかを教えてくれると思います。

このほど、特別国会で日本国第94代首相に菅直人が指名されましたが、彼にはあと3年は首相にいてもらうだけで良いです。どんなに支持率が下がっても、その椅子にいて、日本の首相の首と言うものがそんなに軽くは無いのだということを、知らしめてください。ぶっちゃけ、政策内容は問いませんから。自民党と比較しても、そこまでどっちが優れただの劣ってるだのというもんでもないですし。

ま、所詮は政治を知らんガキの戯言なんで、せめてもう少しくらい重みを増したいな、ということで、こんどの火曜日、コンさんが紹介してくれたフォーラム神保町という所に行ってみようと思います。何と、佐藤優や田原聡一郎などといった当代の識者たちが続々くるそうです。今でもまだ参加者募集中のようなので、是非皆さん、ネットで応募してみませんか?

興味のあることについて(2) 雑誌企画
6 月 3rd, 2010 by shugotamura

そういや、メーリスつくろうとしてたんだ、と思い出す。

自分は何気に、雑誌企画の提案者です。もしもこの企画が本格始動したら、編集長ですよ。肩書きとは恐ろしいですね。何か、それだけで偉く聞こえます。

雑誌ですが、やはり厳しいだろうな、という話を、ゼミ長たくまさんとか政治企画のこんさんとかに言われました。そりゃあ、ボンボン優良雑誌が倒れているこのご時勢ですから。

と言うことで、相当方針を練ってから出発しようと考えてます。勿論、実際に出版しないと分からない事も多いので、そこで修正していきたいですが、闇雲に走るのは無謀です。

さて、作ってみますかメーリス。どうやるんだろメーリス。

興味のあることについて (1)宇宙開発
6 月 1st, 2010 by shugotamura

他のゼミ生のブログを読んでると、世界の大文学だとかメッセージ性の強いミュージシャンだとか、やたら格好良い人や事物に興味がある人が多くて、羨ましい。

自分が興味を抱くのは、そういう分野ではなかったりする。これから、それらについてぼちぼち書いていこうと思う。

まず、宇宙開発。

いわゆるアポロ計画だとか宇宙ステーションだとかH2ロケットだとか、である。最近は恐慌による財政難の影響も有って世界的に下火だが、人類がかつての大航海時代のように故郷を離れて遠くへと向かうという事自体に、何らかの強靭な精神を感じる。

この分野に興味を抱いたのは、コンビニで立ち読みしてた時に偶然見つけた「Moonlight Mile」という漫画がきっかけだ。丁度、主人公が種子島からH2ロケットに乗って有人飛行を達成しようとするシーンで、宇宙を目指す主人公のストイックさ、そして無機質なロケットの力強さに、ほだされた。

以来、宇宙開発に関係する漫画を読み漁った。「Moonloght Mile」「プラネテス」「2001夜物語」「宇宙兄弟」etc.。どれも、広大な宇宙に向き合おうとする力強さと同時にその広大さの前で怯む弱さ、日進月歩の科学と不変の人間感情の葛藤と調和、というテーマに向き合っていた。

人間は、広大な漆黒の宇宙に、自分自身を見たがっている。それに気付いた時、僕の中で宇宙の存在は物凄く身近になり、そしてそこへ到達したいと強く願うようになった。

それが、東京大学と言うところを目指すきっかけになったのは事実だ。そもそも東京大学というのは日本の宇宙開発の発祥の地であり、中心地である。日本のロケットの父である糸川英夫教授は東大教授で、戦後に日本発のロケットを実現している。今でも、野口聡一さんや山崎直子さんなど多くの宇宙飛行士を輩出している。何気に、この前東大に未曾有のスキャンダルを引き起こしたセルカンも、宇宙開発の専門家だった。我らがお館様である立花さんも宇宙開発には興味津々だそうだ。

世界中には、宇宙へ船出するための「港」が無数に存在する。アメリカならケープカナベラルやヒューストン、ロシアならバイコヌールや星の町などがあり、日本なら種子島が有名だろう。だが、この東京大学と言うところも、確実にその「港」の一つだ。

ただ、ここまで語っている自分は、工学部の航空力学などを目指そうとする人間ではない。人への興味から、人文科学系への進学を希望する人間だ。特に、文芸だの言論だのと言う領域に興味がある人間だ。そんな自分は、どうやって宇宙開発に携わることが出来るだろうか。

それは、宇宙開発と社会を橋渡しする存在としてだ、と考えている。新聞や科学雑誌の記事で人々への理解を深めるも良い。ビジネスマンとして宇宙開発経済を興隆させるのも良い。あるいは政治家や官僚として立法や行政で宇宙開発を促進するのも良い。

それは、中間者、媒介者、メディアとしての役割だ。自分が直接作るわけじゃない。だが、技術力も十分に有する日本において宇宙開発がここまで見向きもされていない今、そういう存在こそが今求められているように思う。

だから、自分は文系を選んだ事を一度も後悔して無い。これが自分の道だと思っている。

まだ、どうこの道を進めばいいのかは分からない。それを、見極めていきたいと思う。

まずはともあれ
6 月 1st, 2010 by shugotamura

初めまして。

今年からサークル化した立花ゼミに参加することとなった、東大文三のタムタムです。

政治だの国際情勢だの宇宙開発だの雑誌出版だの歴史だの漫画だの、とりあえず変なものに色々興味を持っています。

このゼミを通じて、色々なものを見聞きし、自分なりの「見聞伝」を作り上げて生きたいと思っています。

受験生時代から「タムタムのグダグダ」というブログもやっており、そちらと併せてブログ活動をしていきます。駿台ネタとか日常生活ネタが多いんですが、そういうものに興味がある人は是非覗いてください。

タムタムのグダグダ

http://blog.livedoor.jp/tamshu_que_sais_je/

 

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