面白きことは良きことなり!

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  私は、大学で文学研究会というサークルに所属している。

 文学研究会では、『駒場文学』という同人誌を年に2回、5月に行われる五月祭と11月に行われる駒場祭で販売している。

 今回の駒場祭で売られた『駒場文学』第七十二号に、私は自分の書いた小説を初めて載せていただいた。 

 短くて拙い小説だったけれど、私の描きたかった感覚を感じ取ってくれた人が何人もいて、そのことは私にとって強い強い励みになった。  

 

 

 私が自分なりの小説を初めて書き上げたのは高校1年生のときで、母だけに読んでもらった。

 そのころ、私たちは自分の将来の展望を説明し、目標を定め、それに向かって努力することを求められていた。それまで私はろくに努力をしたこともなく、ずっと続けていることも思いつかなかった。思い返せば、なまぬるい毎日のなかで、いくつもの機会を逃し、だれかを傷つけ、秩序を乱していたということに気付いた。私は怖くて怖くて仕方なくなって、文章を書くことに逃げた。

 絵を描くことも好きな私が、絵ではなく言葉で表現することにしたのは、当時の私は、言葉のほうが、今の自分の気持ちを正直に、まっすぐに、そして綿密に表すことができると思ったからだった。言葉は、想像力の助けを借りて世界を脳裏に浮かび上がらせてくれる一方、その世界は絵とは違って、言葉を受けとめる人ひとりひとりが自分で描く。

 書いている間は、ほとんど夢も見なかった。一万字足らずの物語を、半年かけて、ようやく完成させた。

 それを書き終わったとき、私はそれまで感じたことのない、すがすがしい気持ちでいっぱいになった。からだの中が浄化されたみたいだった。

 それから父とふたりで東京に旅行に行った。東大のキャンパスを、初めて訪れた。

 なんだか、前に進める気がした。

文章の中に、私の逃げてゆける世界があった。そこでは罪とか責任とか正論とか、忘れたいことはすべて忘れて、ありのままの姿で受け入れてもらえる。

 

 

  私にとって、そんな世界を提供してくださる作家が、森見登美彦さんだった。

 高校2年生のころ、『夜は短し歩けよ乙女』を手にとったことをきっかけに、私は森見さんの世界に引きこまれていった。 

 『夜は短し歩けよ乙女』を読んだとき、「書かれてしまった!」と思った。 私の好きな、自由で、ある意味無責任で、鮮やかな世界。たとえば、ひなびた民家の閉められた窓の向こうに、私がいつも想像するような世界。

 テスト期間中も、一日の勉強を終えて、夜の短い時間に、『乙女』や『有頂天家族』を読んで、ひとりでにたにたしていた。その時間を楽しみに、勉強にも集中できた。東大に合格できたのも、森見作品のおかげ、かも。

 森見作品は、受験生の淀んだ日常生活の、抜け道を教えてくれた。

 それから入学試験を経て、無事大学生になった自分が、東京のとある町のカフェで森見さんと隣り合ってお話しているなんて、受験生の私には知るよしもなかった。

 

 

 私は、森見さんがどんな思いで「森見ワールド」を描き続けていらっしゃるのか、それを知りたかった。

 

 

  担当編集者である渡辺さんから、取材依頼のお返事のメールをいただいたとき、私は思わず、やったー!と声をあげてしまった。

 画面に並ぶ、いくつかの日付。いずれかの日に、取材させていただけるとのこと。

 

 それから取材までの毎日は、これから森見登美彦さんにお会いするんだ、ということを実感できず、そわそわした毎日を送った。

 取材当日は、初デートに行くような緊張っぷりだった。駒場東大前の階段と、5号館の階段と、図書館の階段でつまずいた。

 

 カフェの低いテーブルをかこんで、森見さん、渡辺さん、私たちゼミ生5人でソファにすわってお話させていただいた。

 はじめは緊張してしまって、かたくるしく取材用のメモを読んでしまったが、「森見先生は」と切り出す私に、「森見さん、でいいですよ」と森見さんが笑いかけてくださったあたりから、じょじょに私は、その場所の、かけがえのない空気を楽しめるようになっていった。

 そして森見さんは、たくさんの貴重な、楽しいお話を聞かせてくださった。

 

  森見さんは風邪気味でいらっしゃった。

  カフェを出て、「うつしてたらごめんなさいね」とおっしゃる森見さんに、私は思わず、「いえむしろ光栄です!」と即答してしまった。

 (私たちはその風邪を、「森見風邪」と呼んでいる。数日後にゼミ生の坪井くんは風邪をひき、数週間後に廣瀬さんはなぜかおたふく風邪になった。)

 

 取材は、楽しかった。

 

  2時間に及ぶインタビューは、森見さんの文学に対する姿勢や、ご自身の過去から現在、将来のことに及ぶ、とても内容の濃いものとなった。それは、インタビュー記事を読んでいただければ、お分かりいただけると思う。

 

  自分が楽しいと思うものを、自分も他人も楽しめるように、書く。

  何度もおっしゃったそんな言葉を聞いて、森見さんの作品を読んで私が思っていたことすべてに納得がいった。(私が大好きなバンド、東京事変の「透明人間」という曲の歌詞が、ふと思い浮かんだ。http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND36319/index.html

 

 

   最後に、私たちの取材を快く受け入れてくださった森見登美彦さん、渡辺真実子さんに、あらためて心から感謝いたします。本当にありがとうございました。

 

  (この記事の題名は、森見登美彦著『有頂天家族』幻冬舎2007 より拝借させていただきました。)

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