なんだか、DIDが行われる会場は綺麗な場所だった。なんだかレトロなものと、懐かしいものと、落ち着いたものが混ざり合った会場に我々は到着した。
時間があるから、それまで暗闇について思うことを書きだしてごらん、と木許さんにいわれてそのとおりにした。
(以下、暗闇についてのブレスト)
孤独・寂しい・助けて・子宮・太陽・怖い・幽霊・誰もいない場所
って書いた。
多分、子宮とか、太陽っていうのはART-SCHOOLの影響。BLACK SUNSHINEという曲があるのです。なんとなく、暗闇をすべる、ブラックサンシャインを思い出して、太陽って書いていた。
子宮も。愛されない自分が、愛されたいと願い続けるときに、子宮に還りたい、あの暗い場所、ある種の哀しい原点に還りたい、という本能から出てきたような感じ。
自分のブレストが終わった後は、周りの子とお話した。
(以下、そのときのノート)
田舎・都会・疎外感・酔いそう・広くて暗い?・狭くて暗い?・錯乱・恐怖はない・停電した時・喪失感・寝ちゃうかもしれない、と心配
宮崎君は、暗闇に鈴虫のイメージを持っている、と言っていた。面白い。なんだか情緒あふれる解答。
たまちゃんは、暗闇は田舎のイメージといっていて、おっちーもそれに同意していた。私は、どちらかというと、ネオンに照らされた都会に同時に存在する負のイメージとして、暗闇は都会に内包されるように感じていた。
おっちーが、暗闇って子宮に似ているっていうよね。 っていったので、私も子宮だと思った、という話をしたら、「子宮っていうイメージは狭くて暗いって感じだよね。広くて暗かったらどうなんだろう?」といわれた。はっとした。たしかに、自分のとらえる暗闇というのは、自分を圧迫する、苦しい居場所であって、狭い空間だったから。広い暗闇。新しい概念のような気がした。
たまちゃんも、私も割と暗闇に対して不安感をもっていたけれど、おっちーは 暗闇に恐怖感を感じないらしい。
ここらへんでタイムアウト。どきどき、わくわく、ちょっぴりの緊張で。中に入る。ちなみにアテンド(案内をしてくださる視覚障害者の人)は「ひやまっち」。純度100%の暗闇の中へ。純度100%とは、どんなに目が慣れても、何も見えない、本当に真っ暗な状態のこと。
…………………………
………
…
ああ、光。
光に酔いながら、出口から出た。
(以下、感想の断片。ノートの走りがきそのまま)
ひやまっちとDID。声だけしかない。皆若くなる。桧山っちがイケメン。
暗闇に足を踏み出すのはやっぱり怖い。どこまでも続く断崖絶壁気分。でも、多分だれか居ると思って声を出す。
何も見えない。存在感だけが頼り。温かい気持ち。
何も見えないところでのワイン。「これは 赤?白?白かな?」 白だった。
ロングスカート歩きにくい。
夢中になってかき鳴らすギター。僕は子どもになる。
どこが 始まり?どこが終わり?
ふわふわな手触りははなちゃんだった。活発で明るいけいちゃん。5人の乙女とひやまっち。
怖いけど、触るしかない、土や、水。どこからながれてくるの? 水。
木に抱きついた。私の足元は何になる?
常に全力で生きるしかない。
座る、安心感。ワインの味。おいしい、ふわふわ。
この暗闇の安らぎから離れたくなかった。
木許さんに、外に出てみることを勧められたので、外へ。
やはり、中にいた時に少し明りにならしてから外に出るため、そんなに視覚的な衝撃は感じなかったけれど、一瞬世界をものすごく鮮やかに感じた気がした。そして、今見ているこの光景は、現実なんだろうか、夢なんだろうか、と錯綜する感覚があって不思議だった。
中で、嗅覚や聴覚や触角を使っていたゆえか、外の、生温かい空気やら、排気ガスのにおいやらにやたらと敏感になっていた。ああ、ここに生きているんだ、俺は。と確認した。
外に出た、たまちゃんが、「見えると、モノに触らないね」と言った。たまちゃんは、出た後にも「外に出ると、皆の心理的距離が離れてしまうのが嫌だ」と言っていた。素朴で、素直で、素敵な感性だと思う。
たまちゃんの、話を、聞いて、その通りだ、と思って、外に出たまま目を閉じた。そこから、会場まで目をつむったままいった。やっぱり怖い。何があるのかわからないって怖い。
その後、皆でイタリア料理のお店に入り、ワインと食事を味わいながら、感想を話し合った。
(以下、その時のノート)
声がイケメン。香りに敏感。感を開ける瞬間のプシュ。
目が見えるのが不思議。
外見っていう概念。
人との距離が縮まった。距離感がない。声と体の距離
人を認識する部分
自分が外部という認識がないどこまで自分かわからない
世界が切り分けられない
全然怖くなかった。暗闇を歩く認識がない。情景が見える。
あっちで飲んだワインのほう濃厚に感じる(たぶん、今飲んでいるワインのほうがいいワインなのに!)
印象的だったのは? 水とブランコ。ブランコは、降りたときに、酔った。きっと平衡感覚がなくなっているからだ。
水、液体が新鮮だった。手が水と一体化する。ヘレンケラーがwaterといったような感じがした。
暗闇の中での目を瞑るのとあけることの違い。やっぱり違う。あけているほうが安心した。
見えないとわかっているのに、話すとき、表情を使ってしまう。(電話で、すみませんといいながら本当にお辞儀をしている人に似ている)
最初から、記憶がなかったら、どんなふうに情景をかんじるんだろう?
最初に入ったとき、見えないけれど、周りを見回したり、天井を見たりして、光への期待があった。けれど、慣れたら、しなくなった。
あの暗闇の中では、目を閉じているのか開いているのかわからない。
動きとか感じられる気がした。色も。やっぱみてた。
回っている中で、頭の中にマップができた?(途中で、諦めた?)→皆でマップをかいてみたら面白いかも?!
温度、人の体温。足元だけ涼しくなった時、水のそばは涼しいなど、感覚が鋭敏になる。むしろ、水の音だけでも涼しいとおもった。→今日の体験、共感覚の企画にも使えるんじゃない?
バーで飲んだ時、口元にちゃんとグラスを持っていけた ?持って行けなかった?→一人持って行けなかった。他の皆はもっていけた。
でも、乾杯は失敗した人が多かった。勢いよく、乾杯しすぎて、ワインをこぼしてしまった人も。
暗闇には色がないはずだけど、色を感じた。これは記憶を持っているからなのかな?正方形が様々な色が並んでいるように見えた。(ただし、ほとんどの人はいろをかんじていなかった)
外出た時どうだった?うるさかった。機械音と自然を感じた。色、光っていいなって思った。 外に出ると、触らなくなる。中にいた時には触っていた。そんな安心感があった。目が見えない人がこういう世界に生きるのはキツイ。
外出た時のにおいはどうだった?排気ガスのにおいがした。外ではあまり匂いを感じなかった。(どこまで人間は視覚に依拠しているのだろう」
DIDって デートにいいと思う!
実際問題、企業の新入生研修で使う場合もあるらしい。
DIDの感想で、暗闇が怖くて二度ともう嫌だ、という人はかなり少ない。暗闇の仲も悪くない。暗いなりの安心感がある。でも、それって、人がいるからじゃない?やはり、ああいう空間でこそ人の重みを感じる。
共感覚よりも福祉系の話をこのなかで考えた。僕たちは、今日助け合うことを前提にして、中に入ったわけだが、普段の現実世界は違う。かなり厳しいんじゃないか。
プラスチック に触った時、萎えた。こんな感覚も現実だったらないのかもしれない。
触っている人と、その人の声がかなり離れていることがあった。人の認識はどういう部分に意識が行くのだろう?
などなど、さまざまな意見が出ました。ただ、自分のノートにかいてあることを映しただけですが、ねむすぎるのでねます。
素晴らしいイベントでしたので、気になる方は是非いってみてください。
