アンチストーリーテラー

Add a comment

今日友達と話していてもそうだったが、

複雑系の「複雑」をシステム自体の構造の複雑さに求めている人は多いようだ。

もっとも、複雑家という言葉自体が90年代に作られた言葉であって

使う人それぞれで差があるのは事実だろうが

池上高志先生の「複雑系」はシステムに内在するものではない

むしろのその真逆といっていい

複雑さはシステム自体が閉じていないからこそ発生している、と考える。

そしてそのシステムが動いていく、環境とinteractすることによって時間発展的に運動は複雑さを増す。

池上先生曰く、「水にも記憶はある」

ただの水もある条件では時間発展的に次々とその運動の様態を変化させる。

 

今回、16号館の池上先生の研究室で取材を行ったが

まず読む人にこの誤解があっては困ると思う。

そう思っていては要するに先生のいう複雑系の、「これまでと何が違うのか」がまるで理解できない。

 

続く

This entry is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through RSS 2.0. You can leave a response, or trackback from your own site.

  1. No Comments
Post your comment