Archive for 6 月, 2010

黒色透明

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「なぜ宇宙は青ではないのか?」子供のころ抱いた疑問だ。青空の原理はTVでやっていたが、夜空の暗黒の理由は誰も説明してくれなかった。

この問いは間違っている。と言うのは簡単である。光が無いのに色の話をすることに意味はない。

だが空の青と、闇の黒という「色」は特別だ。彼らに触れることはできない。彼らは寡黙である。彼らにはなった声は彼らを突き抜けて他の誰かに跳ね返され、虚ろにこだまするしかない。

抽象的な「色」という感覚は、なかなか自然の中で顔を出さない。平面的な、二次元的な色は三次元の世界にはそもそも有り得ない。青と黒というのが例外としてあるのではないか。彼らだけは、色をフィジカルな具体的な体験とは必ずしも結び付けることができず、むしろ我々の存在自体や心象世界に直接結び付き、それらの地として図を浮かび上がらせる。

そんな黒のみに彩られた体験は、新しい黒の体験である。よりフィジカルな黒の体験だ。

 

「光が無ければ何も見えない」頭では分かっているものの、事実そうした体験に我々は乏しい。都会の闇夜の闇は暗がり程度の闇でしかないし、日常生活のどんな闇の中でも何かしら視覚に入ってくるものがある。もちろん視界に微妙な光のひだがあることは我々を安心させるから、完全な暗闇が日常から排除されていても文句は言えないだろう。

DIDでの体験はその一点で十分に新鮮なものだった。「光が無いので何も見えない」のである。全く残酷なほどどこもかしこも真っ黒。かつてない状況に、鮮やかな恐怖と好奇心が体中の血管を巡り始めるのを覚える。

突然、僕は全世界と切り離された感じがした。世界と自分という二つしか知覚できるものはない。自分も見えないが、自分の表面を細部に至るまで想像することができる。自分がどこからどこまでなのか、はっきりとわかる。

この感覚は僕の予想を裏切るものだった。黒の絵の具を想像してほしい。水彩では黒ほど厄介なものはない、全ての色を溶かし飲み込んでしまうので調整のために大量の白を要するのである。全て溶かしこむ、取扱注意のマークのついた危険な・・・というイメージが黒にひいては闇にもあった。が、闇に包まれると、むしろ自分の存在は世界から析出してくる。

目が見えている時、我々には「答え」が与えられている。目で見れば、全てのものの配置はたちどころに理解ができるのである。視覚がなければ、他の器官に期待するしかないわけだが、触覚について言えば彼らが常に与えている感覚とは実は自分の表面の感覚ではないだろうか。自分の範囲だけが視覚のない時に得られる唯一確かな位置情報「答え」になる。

空間認識は声でも可能である。アテンドの方は完全に我々の位置を声から推測できるようすだった。とはいえ、少なくとも経験の浅い我々にとっては「答え」は不確定性の海に沈んでいると言わざるを得ない。声のするほうへ、恐る恐る手の甲を突き出し進んでいく。手の届く距離なって、やっと相手の存在に確信が持てる。

結局「答え」を与えてくれるのは触覚しかない。だが触覚はスケールを非常に制限された器官だ。空間全体をとらえるのは不可能である。

だが、「答え」が無いことにはむしろ自由を、すがすがしい解放感を覚えたのも事実である。両手を広げ、ぐるりと体を回転して、何にも触れなかった時の感覚は恐怖ではなく、期待である。中指より先の世界はどんな世界でもあり得る。だがその様子全てを知ることはできないし、知る必要もないのだ。視覚の押しつける世界の教義から解放される喜び。公園の先に見えているのが、コンクリートの砂漠である必要はない。見えないことが、「ありふれた風景」への失望感を破壊する。

肌で感じる黒の空間は日常よりもはるかに具体的な触感を伴っていた。足音、それだけでなくそれによる地面の振動、ブランコの音、それだけでなくそれによる空気の流れ、それらをこまやかに感じ取ることができる。他者の存在もよりフィジカルなのだ。

我々は普段から視覚のドグマに抑圧されている。視覚が提示するのはあるべき世界の完全であり、そこから得るイメージにとらわれてしまうのは無理からぬことである。しかしながら視覚という感覚はあまりに受動的な感覚であり、「目に映るものが真実なのでよろしく」というまさにドグマティックな一面を持っている。と思う。他の感覚を抑圧しかねない、という意味でだ。

暗闇の中で、聴覚と触覚に頼らざるを得なくなった時、我々は自分から動き、声を出すことを余儀なくされる。普段これらの感覚器官はゴール的な運動を行う。つまり知覚の手段としてではなく、接触、会話というコミュニケーションの一形態としての利用となり、運用自体に意味が内在するのである。そしてコミュニケーションとしての側面は暗闇の中でもおとしめられることがない一方、聴覚と触覚は同時に世界の知覚の能動的な手段としての存在意義を強烈に主張し始める。

自ら能動的に働き掛け、相手のフィードバックによって知覚が完成する聴覚と触覚は、視覚とは描く世界観が異なってくるようだ。視覚の受動的で一方通行の知覚というのは、すれ違いが必至である。視線があって初めて我々は共通のコミュニケーションの地平に立つことになる。互いの視線が宙を泳いでいる限り交流する可能性すらない。一方聴覚や触覚では、すでにコミュニケーション可能という共通の地平に立っていることになる。知覚が成り立つためには、相手の働きかけを受け取り、それを返さねばならないという合意が前提となるからだ。

ということで暗闇の中で生まれた見ず知らずの人間への信頼感と依存・・・についての僕なりの考察が以上だ?そろそろ長くなったので最初の話に戻って終わりにしよう。

 

暗闇の黒はそもそも何なのか?それは何もないことを示しているのか、何かを隠していることを示しているのか・・・この二者択一は実は危険だ。目が見えて、「答え」を最終的に知ることができることを想定している。見えるという前提を失った時、黒は世界である。精神世界などとはもはや結びつかない、現実世界の支配者でありそれそのものだ、そう我々は受け入れるしかない。

「見えない」ことは逆説的に聞こえるが闇の本質ではない。知覚は相対的なものであり闇では「限界」が異なる形で設定されるにすぎないのである。世界を分節化することはその分困難だが、その困難のために、他者と常につながることが許される。

自己も他者も文字通り暗黒物質。このイメージははおそらく本当に闇を体験してみないと分からない。思えば天を仰いでも小鳥のさえずりがふりそそいでくるのは青空ではなかった。そもそも空なんてあったのか?

手に届かない「闇」と触れられる「闇」との落差・・・

我が亡国

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断わっておくが僕の音楽の知識は中学校の校内合唱コンクールレベルだ。

いや今やそれ以下だろう。「♪」の名称すらもはや脳の最下層に保管されていた。まぁベルカントゼミのおかげでその記憶も若返ったわけだが―

いずれにせよ友人の演奏会について書くのは、はばかるものである。素人ならなおさらだ。

 

音楽がわからんなりの僕の「聴き方」というのは、「観る」ことだ、と少なくとも自分ではそう思う。

別に共感覚とかいうわけじゃないだろうが、感動する音楽はこの目に映る。

そして見えない音楽は僕の理解を超えている。

中学校の合唱コンクール、幼馴染のクラスが歌ったのがベドルジヒ=スメタナ作曲の「モルダウ」だった

そのとき初めて聞いたモルダウは大河というより急流だったが、確かに川が流れているのを見た覚えがある

それ以来あの旋律は、いや故郷のできた今となっては、確固たる郷愁と、またそこに流れおおらかにうねる情念のモーメントに支えられ、いつでも、僕が過ぎた時間と人々のためにむせぶ岸辺を演出できる。

あの旋律が好きだ

そう言ったとき、我々は往々にしてその作曲家自身にシンパシーを感じているものだ。

 

だが、「我が祖国」について言えば僕が共感できるのは第三曲の序盤までだった

第一曲、浮かぶのはプラハの街並みか、石畳に駆ける騎兵隊、東欧の優美な自然。

どことなく郷愁を感じるのはなぜなのか?故郷にあるのは古びれたマンションとアスファルトにしかれた線路を軋みながら走行する路面電車に(もはや無為に)金色の刈田だ

しかしすっかり東欧にいる気分?

この時チューバがどんな音楽を奏でていたのか残念ながら僕に知る由はなかった。

第二曲は「モルダウ」で知られるそれである

いつもどうり・・と言ってしまうのはあれだが見たものはやはり同じ、大河だった。

問題なのは第三楽章以降なのだ。僕としてはこれまでの時点で演奏会について満足していたし、これほど感動できるものだとは実際思ってもみなかった。

第三曲以降も、雄大で果敢で情熱的でときに優美な演奏を聴いていた。それは特にこれまでと変わるものではないだろう。

第三曲の最後には圧倒されたし、第六曲の主題には高揚したが

これらの中にある熱気が、情熱を通り越し、うなすような病的な熱になっているように思えてならない

汗まみれに戦う兵士たちも、ヴァーツラフ広場で合唱する群衆も、僕の想像の埒外だ

自分でも困惑する。伝えているものは感じるのに、それらのイメージが生きて動き出すことがない。

スメタナの祖国への激情に見合うレセプターが僕の神経にはないのか?激情は僕の全身の細胞にスル―されている。

 

この交響詩は・・一次大戦後のアルフォンス=ミュシャのための物語にはなっても、冷戦後の我々のための物語にはなりえないのかもしれない。

スメタナの激情がどこからきているのか僕にはわからんが、同じ祖国のために僕には1mlの激情も湧かない。少なくとも今は。

だが今とは、見方によっては亡国の危機とも取れるはずではないのか?もちろんミュシャは国の独立という大事に際していたわけだが、我々とて大事に際していないとは言えないし、激情を煮立てるだけの不安要素はいくらでもあると思う。

兎角深刻に考えればいいというわけではないが、自分がどれほど自分の祖国に関心がないかを感じる。

同時に家族友人のいる故郷に対してもだ。

 

 

帰り道は60円贅沢してJRに乗った。JRは熊本にもある、さびれたホームはどこにでもある、どこでも見つかる故郷の風景もある。

線路もそう。どこにでもある。

黙ってがらがらの車内に、一人窓に寄りかかり外の線路を眺めている。線路にはた迷惑な愛着をなすりつけ、底で淀んでいる記憶に重ねる。電車の音に浮かぶ風景を

だめだ、ネオンサインが邪魔だ。

アンチストーリーテラー

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今日友達と話していてもそうだったが、

複雑系の「複雑」をシステム自体の構造の複雑さに求めている人は多いようだ。

もっとも、複雑家という言葉自体が90年代に作られた言葉であって

使う人それぞれで差があるのは事実だろうが

池上高志先生の「複雑系」はシステムに内在するものではない

むしろのその真逆といっていい

複雑さはシステム自体が閉じていないからこそ発生している、と考える。

そしてそのシステムが動いていく、環境とinteractすることによって時間発展的に運動は複雑さを増す。

池上先生曰く、「水にも記憶はある」

ただの水もある条件では時間発展的に次々とその運動の様態を変化させる。

 

今回、16号館の池上先生の研究室で取材を行ったが

まず読む人にこの誤解があっては困ると思う。

そう思っていては要するに先生のいう複雑系の、「これまでと何が違うのか」がまるで理解できない。

 

続く

せっかくなので

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池上先生風に書いてみる?

取材一番乗りになったわけだけど、なんていうか東大の先生だったわけじゃない?

だからさぁ、contactもとりやすかったし、そんなに威張ることでもないじゃん。

でもま、どうなるかわかんねぇけど取材としては全然いいものができたと思うわけ。

取材の前はさぁ、「動きが生命を作る」をぉ、また読み直して?

これ三時間ぐらいかかってさぁ、さらっと見直すつもりだったのに

取材フローも見直したかったし。

あーもう一時間しかないのー!4限ぜって―無理じゃんー

みたいなさ、凄い図書館でいつになく集中してて必死でやってたんだけど

まぁ前日やりゃあよかったよね。

人間怠惰なものですよねぇ。

予習もうちょっとやるべきだとは思いながら取材に臨んじゃったんですよね。

やっぱやめます

予習しすぎないおかげで結構専門に突っ込みすぎず、自分たちとのかかわりの中に話題を引き込めたかなと。

いっぽう聞きたいことも聞けたし、そういう意味でいい取材だったなと

取材の内容はみんなあとで見れるようにしますので。

この場では割愛します。

取り急ぎ報告だけ。

明日は八時半駒場との指令ですので。適当な文章ご容赦ください。