Archive for 1 月, 2010

Green/Orange

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こないだの話だ。自分の有史がいつからかというのがどうも僕にははっきりしない。

東西ドイツ統一とともに生まれたがもちろん記憶にない

阪神大震災、地下鉄サリン事件、小渕敬三、全く覚えていない

長野オリンピック・・・エリツィン・・・森喜朗の輪郭線が描けない

同時多発テロ、日韓ワールドカップ、らいおんはーと、このあたりからだんだんはっきりしてくる。この時すでに10代に突入している。何とも遅い自我の目覚めだ(笑)

 

考えてみると、これまでの人生の中で、過去を振り返るということをあまりしたことがなかったようだ。

過去の自分は常に乗り越えられるべき存在だった。別に向上心の問題ではない。単純に過去の自分は嫌いだった。そこには臆病で傲慢で愚かな自分しかいない―そう思わずにいられなかった。

それはもしかすると幼稚園のころからそうだ。「今」という時間が怖かった。過去はとても調和のとれた、安定したものに感じられたが、今にもそういった日常性が失われてしまうのではないかという不安感を夜、布団に入るといつも抱いていた。「明日には突然幼稚園のみんなが敵になっているかもしれない・・・いやそんなはずはない!」という感じに。いや、冗談ではなくホントの話である。

「今」という時間に対する不安定感が常に、「昨日はうまくいった。しかしそれは自分の力ではない。偶然にもそうなったというだけなのかもしれない。」という圧迫感を僕に与えていた。世界は自分の理解を超え、うまくできすぎているという感覚すらあった。自分は結局何もしていない、何も変えていない、何も創り出していない、幼稚園生にして一種の徒労感を引きずっていた。そういう自分が一番傲慢であるとは気付かずに・・・

「何もしていない」自分は常に否定すべきものだった。

 

そう、不思議と他人に関する思い出は残っている。だが自分の思い出は記憶の隅に追いやられてどんどん意識の裂け目に落ちていった。だから自伝なんてとても書けない。回想自体もままならない。ルソーという男はよっぽど変態だったのだろう。

ところでプルースト効果というものがある。匂いで記憶が呼び覚まされるというやつだ。

僕が最もなじみのある果物がある。メロンである。勘違いしないでいただきたい。僕は入院がちで差し入れのメロンばかり食べていたわけでも、メロン以下の果物は出ない贅沢な食卓を囲んでいたわけでもない。祖父母がメロン農家だったのだ。

実家からメロンが届いた

パッケージの段ボールがいつもと違っている。が、中身はもちろんいつものあの―薄いグリーンの、白い網目のまとわりついている、あのかわいらしい―

なかなか食べる気になれない。きっと中にはいつものオレンジ色が詰まっている。切って見ればきっと美しい、オレンジと、グリーンのハイライトが現れるだろう。今まで一度も美しいと思ったことのなかったその色が。だがきっと美しい。真っ白い貧弱な部屋の張り紙に映えるだろう。

メロンの香りをかぐ。美しい故郷の風景。しかし思い出は退屈だ。ビニールハウスの中で突っ立ている。湖の前で突っ立ている。またしても夕食後出てきたメロンにさすがにうんざりしている・・・もっと素直なガキだったら無邪気な美しい思い出ですんだのかもしれない。

美しいのはメロンのほうだ

過去の思い出ではない

だが次第に―甘美なメロンの香りの中に、思い出の中の鬱屈とした何かは霧散していく。その網目の紡ぎだす旋律の中に、僕の声は飲み込まれていく。そのみずみずしい二色の輝きの中に、僕の顔はかき消されていく。

 

消えていく・・・あのグリーンとオレンジに、不似合いな記憶、全て―

むせ・・

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むせるほど過剰で過激なロマン主義による、一大誇大妄想的音響詩を鳴らす“世界最強の3ピースバンド”、それがMUSEである。

中学の時初めて聴いた時、つい「むせ」と、発音してしまったが、正しくは「みゅーず」だ。いや、いっそのこと「むせ」でもいいと思うが。

1月12日は彼らの武道館公演であった。正直はじめは行く気はなかった-というのも、彼らの去年の作品”Resistance”が、個人的には年間ベスト20にも入らないであろうという作品だったからだ。前作”Blackholes and Revelations”は大好きだが、近作は前作の変態路線が無秩序に拡大し始めて、キリコの「愛の賛歌」を狩野一信がワーグナーにあわせてブレイクダンスを踊りながら模写した、みたいな、あまりに過剰で逆に崩壊寸前という作品になった、ように感じるからだ。

しかしながらMUSEはライブバンドとして絶大な支持を集める。これを見逃す手はない。とおもいて某Yo_Iさんとともに武道館へ、行った。

会場はほぼ満席。やはり人気だ。グッズ売り場には百メートルは優に超える列ができていた。

一曲目はやはり”Uprising”一気に会場はMUSEの1984年的SFワールドへ。それから怒涛の”Map of the Progrematic”"Super Massive Blackhole”"New Born”"”Hysteria”というファン垂涎のヒットパレード。こうなるともうフロアに両足をつけて立っているものはない、と、思いきや一階中央席すわっとるし!何しに来とるんだ!?

その後一転してスロウなナンバーに、と思いきや直後に“Dead Star”でくぎを刺すあたりさすが。マシューの左手には一体指が何本あるのやら。そして問題の「クイーンっぽい」“United States of Eurasia”・・・さらに「君のひとみ恋してる」のカバーで日本のファンにサービス・・・ヒップホップ調の”Undisclosed Desire”・・・タイトルトラック”Resistance”・・・しかしこのあたりは正直個人的にボルテージが下がった。MUSE的にはライブ向きの曲では決してないように思われるからだ。

14曲目は待望の”Starlight”ここで会場も割れんばかりの手拍子で一気に盛り返す。三人も止めをさしてやると言わんばかりに”Time is running out”そして近作随一の破壊力”Unnatural Selection”。”no, (hey!)chance, (hey!)to fate, (hey!) …it’s a unnatural selection …I, WANT, THE TRUUUTH!!!  ” もう右手を突きあげずにはいられない。

ここでいったん三人はアウト。アンコールは”Exogenesis: Symphony, Part 1: Overture”から。やっぱりやるのね、これを、ライブでも。でも何故ガチャピンの着ぐるみなの?というMUSE式「交響曲」。続いて人気曲”Plug in Baby”みんな待ってましたと言わんばかりだ。でも最後の”Knights of Cydonia”こそが文句なしのベスト。まさにアンセム。

 

なぜ彼らはこんなに人気があるのか?なんせヨーロッパはすでに完全制覇、という感じだ。日本で人気が出ない理由もないのだが、彼らはとにかくトレンドもマナーも関係のないバンドだ。マシューのファルセットと超絶的なギターとそのSF趣味にセクシーなルックス、というだけでバンドの怪しいキャラクターは出来上がっている。その点苦労しているColdplayやThe Killersとは違う。しかもワンマンチームではなく残りの二人もバカテクだ。彼らはとにかく気の向くままに膨張できた。興味のあるものを自由に取り入れ、ソングライティングの能力もいかんなく発揮して、ある意味どのバンドよりも誠実なバンドだ。ライブの演出もそう、やりたい放題で打算はない。多分迷いもない。故に力強くてなんとも痛快。同時多発テロの2001年にみんなが沈んでいる中、”Origin of~”みたいなキラキラした作品は普通作れないだろうと思う。

確かに近作のMUSEもMUSE以外の何物でもない。近作で孤高のバンドとして地位を完全に固めたようだが、僕はやはりそれでは不満。”Knights of~”は前作の曲だろ!と突っ込まざるを得ないので。まぁ、彼らにはそんなの関係ないのか・・・