ポストモダン焼き
―南北線の長いトンネルを抜けると猫ビルであった。眼の下が黒くなった。お手洗い所に息が止まった―
の出だしで始まる有名な小説「猫ビル」・・・嘘です。
この駒場祭の期間中、様々な体験をしたが最も新鮮だったのはやはり猫ビルでのテツヤである。
猫ビルの蔵書の量、その構造、仕事場の状況、先輩達の仕事風景、そして立花先生のマジックアワー・・・すべてが衝撃(一部、笑撃)だった。
あのトイレの魅力をどう伝えればいいのだろうか。
ビル中に雄々しくそびえ立つ本棚の、その一架も。 帰るはずのない床面にその居場所を求めざるを得なくなった無数の本たちの、その一冊も。 その扉の向こうへは、歩みを進めることを許されず。 不当と無秩序に満ち満ちた、階段と、仕事場は、歯牙にもかけずに。 自らは平静と調和と孤独を持って。 常に、知の高みへと登らんとする我々の前に。 一輪の、 意味の砂丘の中に咲く、無意味性のオアシスとなって。 その白い流線型は立ち塞がるのである。 さながらかのマルセル・デュシャンによる、「泉」のように。
まだ見たことのないゼミ生の皆さんも、ぜひあの部屋に一人で入って、途方に暮れてほしいと思います。
それからモダン焼きである。
とりあえず午前四時のモダン焼きはやめた方がいい、と言っておきたい。(周囲から「ポストモダン!」と呼ばれる羽目になりますよ)
いや、実際はモダン焼きは美味しく戴かせてもらった。
僕の中でモダン焼きという存在は、遥かに幼かった頃の記憶の一ページだ。
小学生、いや幼稚園生の頃だろう、よく家族で食べにいったのは。僕はモダン焼きの存在が気に食わなかった。「なんで一人だけカタカナなんだ!ただの焼きそばが入ったお好み焼きに過ぎないじゃないか。」お好み焼き屋のメニューを見つつ、生意気な幼稚園生はそう考えていたのである。兎に角気取ったものが大嫌いな小生であった。
調べてみてもモダン焼きの名前の由来はよくわからない。
作られたのは70年代初めらしい。もはやレトロ焼きと呼んでもいいぐらいだ。
そもそも何をもって「モダン」であるのか?焼きそばは戦時中作られ、戦後一般的に食べられていたらしいし、お好み焼きの歴史ははるかに古く、江戸時代以前にさかのぼるという。
しかしよく考えてみると70年代といえば、そう、インスタント麺が食卓に登場した年代である。71年に初のカップ麺「カップヌードル」、74年には初のカップ焼きそば「エビスカップ焼きそば」が生まれる。
もしかすると焼きそばは当時のモダン・エイジャー(またつまらぬ造語を作ってシマッタ・・・)の食べ物だったのかもしれない。
同じ原理でいえば現代のモダン焼きは、名にし負わば、ウィダーかカロリーメイトかSOYJOYあたりを混ぜたほうがその本懐を遂げるというものなのだろう。いずれにせよポストモダンに生きる我々に今更モダンなど野暮な言葉だ。(70年代も微妙な気がするが・・・)モダニズムの文脈のモダンなら「もだん」と書いてくれたほうがわかりやすい。
そんなこんなでポストモダンを正直よく理解していない僕から提案~
「聖書に焼きそばを挟んで焼く」、これってポストモダン焼き
だったり