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『影のない女 Die Frau ohne Schatten』@新国立劇場

 

予定が合う限り、月に一度はオペラを観に行くようにしています。今月はリヒャルト・シュトラウスの大作であるオペラ

『影のない女』の初日公演を鑑賞してきました。このプログラムが日本で演奏されるのは何と18年ぶり!それもそのはず、

オーケストラの編成だけを見てもチューバ四本+バスチューバという指定が書かれているなど、オペラとは思えない

(ある意味ではR・シュトラウスらしい)巨大さを誇っており、技術的にも規模的にも演奏の難しい演目だからです。

実演に接するのはもちろん初めてでしたから、いつも以上にワクワクしながら、立花ゼミの後輩二人と一緒に席に着きました。

 

出だしから「いかにもR・シュトラウス!」と言いたくなるような管楽器の使い方がなされていて、音楽だけを聞いていても飽きません。

このオペラにはライト・モティーフが散りばめられており、しかもかなり分かりやすいものが多いのでライト・モティーフを追っかけながら

シュトラウスの豊麗な音響を楽しみました。二幕終わりのぐんぐん盛り上がるTuttiではホール全体が一つの楽器のように大音響で

震え、圧倒されました。しかし最も驚かされるのは、大編成のこの曲において、各楽器のソロがたくさん用意されていること!

チェロの不安を煽る旋律、ハープの神聖な響き、そして三幕の皇后が一人で歌う部分のヴァイオリンのソロなど、ただ音響で唖然と

させるだけではなく、繊細に繊細に作られているのが分かります。

 

http://www.sponichi.co.jp/entertainment/classic_concierge/top.html というページにおいて、

「音楽面ではシュトラウスの作品群の中で最大編成のオーケストラを使用していることが第一の特徴。

大編成ながら大きく鳴らすトゥッティ(全奏)はほんの数回 あるのみで、数多くの楽器が組み合わせを変えながら室内楽的ともいえる

精妙な響きを多彩に変容させていくところにシュトラウスの円熟ぶりが見て取れる。

第2の特徴としては調性の巧みな使い分けだ。「エレクトラ」で調性の壁を破る寸前の当時としては、最先端をいく和声法を駆使して

音楽を書き上げたシュトラ ウス。「影のない女」では古典派以来のオーソドックスな和声と最先端の調性コントロール術を混在させ、

登場人物のキャラクターや場面の雰囲気を見事に描き 分けている。例をひとつ挙げるなら染物師夫妻だ。

心根の優しいバラクに付けられた音楽は調性がハッキリした口ずさむことが可能なメロディーが多い。

これに 対して苛立つバラクの妻は臨時記号を多用し調性があいまいで複雑難解な旋律に乗せて歌われる場面がほとんどだ。」

 

と書かれていましたが、まさにその通りで、音楽による場や人物の描き分けが、「オーケストラ全体」と「楽器一つ一つ」を見事に

使い分けてなされていると感じました。歌手ではやはり、バラクの妻を演じたステファニー・フリーデがいいですね。

Schwängest du auch dein Schwert über mir, in seinem Blitzen sterbend noch sähe ich dich!

「剣を私に振り下ろすとしても、 その刃のきらめきの中で、 死にながらももう一度だけあなたに会いたい!」という絶唱には

感動しましたし、このオペラで最も有名な部分、Ich will …nicht!の震える声にもゾクッとさせられました。

 

演出はどちらかというとシンプルなもの。ただ、「影」の扱いについては相当に注意が払われており、三幕終わりの部分の影をうまく使った

演出には「やるなあ!」と唸ってしまいました。人そのものが抱きしめ合うのを見るよりも影が一つになってゆくのを見る方が感動する、

というのは不思議な現象でした。それだけこのオペラにおいて「影」が重要な役割を果たしているのでしょう。

 

ですが、「影」とは一体何なのでしょうか。この「影」の捉え方、「影」が意味するものをどう考えるかでこのオペラはその奥行きを

ぐっと変えるのではないかと思います。本作のストーリーはモーツァルト『魔笛』を踏まえたものであることはよく知られており、確かに

ファンタジックな世界の中に「人間礼賛」に通じる水脈が流れています。たとえば神々の世界の側のヒトであった皇后の

「人間の求めるものを あなたは余りに知らなさすぎた。 ・・・(人間は)いかなる代償を 払っても 重き罪から 蘇り、 不死鳥のように

永久の死から、永久の生へとどんどん高みを指して登って行く。」という歌詞にそれが顕著に現れており、人間の人間性・生と死の問題が

歌われています。そして終幕では舞台裏から「まだ生まれていないものたち」の歌や「子供」の合唱が挿入されます。

そういえばそもそも、このオペラのスタートは「『影』がないと子供を生むことができない」というものでした。

 

以上を考えると、このオペラにおいて「影」というものは、子供を生める能力であり、言ってしまえば「次代の生命」=「子供」なのでは

ないかという考えに至ります。そのように考えてストーリーを振り返ってみると、かなり現代的な問題を孕んでいることが分かります。

「影がない」=「子供が産めない、子供がいない」ことで罰を受けるという展開は女性の権利などの問題を想起させますし、

「影を渡すか渡さないか」という逡巡はストレートに中絶問題に繋がるでしょう。「生まれざる子供たち」が歌う

「ぼくらの生が楽しいものになるように! 試練をけなげに耐えたから」という歌、そして「生まれざる子供たち」という存在自体を考えてみても

このオペラは多分に生命倫理的な問題を含んでいるのではないかという思いに至りました。うーむ、『影のない女』おそるべし!

 

ぼんやりとそんなことを考えつつ、音楽の余韻に浸りながら帰路へ。

最後になりますが、オペラを観に行くと語学の意義を実感することが出来るので、学生の方(特に一年生)には本当におすすめしたいと

思います。初等レベルで十分、単語と文法が少しわかるだけで楽しみ方が全く変わってきます。今回のオペラでもIch will nicht!が

分かるだけで感動の幅は大きく違うはず。純粋な芸術的感動を得る事が出来るだけでなく、語学のモチベーションを高めるのにも絶好の

機会となるでしょう。僕もフランス語をしっかり勉強して、次回六月のカルメンでは出来るだけ字幕に頼らず鑑賞したいと思う次第です。

 

 

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