無主の文章

2010 年 7 月 18 日

閉じられた世界、開かれた世界

カテゴリー: 未分類 — 越智 秀明 @ 02:33

なんだかんだ言っておいて、ゼミの活動報告に過ぎなくなっているこのブログ。時間がないのを言い訳にしていい時代は過ぎ去ったとわかっているけれど。

しかし時間がない。もう大学生活の八分の一が終わるかと思うと、虚無感以外なにも襲ってこない。

 

今日も活動報告になる。重度障害者施設、あけぼの学園の見学の報告である。

実際の見学はだいぶ前だったのだけれど、なんだかんだで考えがまとまらず、文章にできなかった。そうはいいつつ今日の記事も全くまとまってはいないのだけれど。

 

 

重度障害者施設。その響きは僕にとって、とても冷たく、重かった。

 

見学当日の朝、正直な話、とても気分が重かった。これから訪れる場所はどこなのだろう。何があるのだろう。いつの間にかそこを自分と関係の無い場所だと考えている自分に気付き、辟易する。政治的に正しくない(politically incorrect)から、ということではなくて、ただ僕という人間があまり道徳的に成熟していないからだ。

それでも待ち合わせ場所から施設に向かって歩き始め、他の参加者と話しているうちに気分は落ち着いてきた。施設前の公園。あまりに日常的なその風景に、急にひどく疎外感を覚え始めた。四葉のクローバーを探すうちに、四葉のクローバーがないことにいつの間にか安心感を覚えていた。四葉のクローバーを探すのではなく、四葉のクローバーがないことを確認していた。

幼稚園児が元気に走り回っていた。

時間が来て施設に入り、話を伺う。どのような施設なのか。どのような方がいるのか。周囲はどう見ているのか。まさに僕はその最も嫌うところの人間なのかもしれないと感じ始めていた。

 

見学を始めた。サッカーをやっている。もちろん自分ではほとんど動けないのだから、スタッフが抱きかかえてハンモックに乗せ、揺らしてボールを「蹴」らせた。衝撃だった。頭ではわかっていたけれど、「動けないとはこういうことだったのか」。

ダイアログインザダークでの体験が脳裏をかすめる。あそこでは「欠如」 を通して「満足」を理解した。ではここでは、何が「欠如」しているのだろう。

ふと下をみると、すぐ近くに横になっている人がいて、こっちを見ていた。彼は世界に働きかけていた。声はないし、動きもない。それでも視線があった。その視線によって、きっと声を出せ動ける僕たちよりも、強い力で世界を呼んでいた。

一時間ほどの中断(また別の話を伺うことができた)をはさみ、食事の様子を見ようと、再度見学を始めると、彼は僕を見つけた。僕を見ていた。勘違いかも知れないけれど、彼は僕に何かを訴えかけているようだった。

生憎食事はだいたい終わってしまっていたが、これ以上なく動物的な活動への対処を目の当たりにすることができた。彼らは閉じた世界にいるのではなくて、むしろ開かれた世界にいるのではないだろうか。そう、思えてきた。

横のもっと小さな子供たちにも会うことが出来た。先の幼稚園児が思い出された。しかし、僕にはどっちが日常で、どっちが非日常なのかを判断することはできなかった。そこには紛れもない「日常」があった。

最後にもう一度話を伺った。石原都知事の話を聞きながら、僕は正直にいって混乱していた。僕の今の気持ちは何なのだろう。石原さんの混乱がよくわかった。別に彼らの人権を疑ったわけではない。むしろ人権がなんなのかわからなくなっていて、彼らに人権がないのだとしたら、僕たちにどうして人権はあるのだろう、と考えていた。別に積極的に擁護するわけではないけれど、きっと石原さんは彼らの人権を疑ったわけではないと思った。

 

外にでると、少し雨が感じられた。彼らはこの雨をどのように感じるのだろうか。

 

重度障害者施設。その響きは、僕に世界の広がりを感じさせた。

 

2010 年 7 月 6 日

貧乏になること

カテゴリー: 未分類 — 越智 秀明 @ 01:29

報告というものは、書き手と読み手の情報の圧倒的格差を前提に、「それを埋めてやろう」という書き手の善意によって行われるものである、つまり書き手が主になってしまうと考えているものだから(この理解の是非については不問としたい。ともかくこういう不遜な態度をとっていると考えてもらえればよいのである。)、このブログの主旨にはどうしてもあわない。それもあって「ゼミの活動は書きません」と公言した。

しかし企画のインタビューが終わると、やはりそうはいっても報告したくなるのが人情である。そして、「こういう知見を得た」という報告は、「その知見はすでに知っている」という主体に対しては知識の確認に過ぎず、書き手は主にはならない。そういうわけで、今日の文章は宛先を、以下の文章の内容を「すでに知っている」主体に限定することにする。(以下の文章を読んだときに、「これは初耳だ」と思った方は、「自分は宛先として想定されていないのだな」と軽く考えて読み進めていただけば一向に構わない。)

 

ともかく今日は立花ゼミの活動で内田樹先生(神戸女学院大学教授)にインタビューに伺った。
結論から申し上げると、非常に教化的で楽しいインタビューであった。

折角関西まで行くのだからと朝は八時半に品川をでて、大阪はなんばで昼にお好み焼きを食す。心斎橋駅まで(想像で)道頓堀にグリコマークさながら飛び込みつつ歩いて向かい、中尾書店(心斎橋駅付近の古書肆)で和綴じの日本略史を買い、いい時間になったからと西宮へ(時間感覚は恐ろしく誤っているけれど、想像で何とかして欲しい)。

駅前のマクド(関西に倣う)で最後の打ち合わせをするも、結局アドリブだよね、なんていってタクシーで神戸女学院へ。タクシーに乗るときにアクシデントがあったけれど、ひどく私事なので割愛。

ともかく大学に着くと、あとに出発したはずの二人が先に着いていた。あたりは緑に囲まれたすごく雰囲気の良い大学で、歴史あるお嬢様学校というだけある(こういうステレオタイプがいけないのかもしれないけれど)。授業終了直後なのか、上から女子大生がかたまって降りてきた。どう考えても私たちは異物である。
図書館にある入試部長室に向かうと、奥に内田先生がいらっしゃるのが見える。おお、と緊張する間もなくリーダーがノック。インタビューが始まる。

以下がインタビューである。頼りない記憶に基づいた記録であるし、二時間半に迫るインタビュー(予定は一時間半であったのだから、先生には非常に申し訳ないことをしてしまった。すみません。)の全てを書くわけにはいかない(それは私のブログの仕事ではない。)から、印象に残った中でも数点に絞って書きたいと思う。

初めに先生の専門についての意識を伺う。答えは、興味の向く方向について分析をすることが楽しいとのこと。今は経済について考えているそうである。興味が分散することは、若い内は避けた方がいいとのことで、若者には若者なりの、おじさんにはおじさんなりの生き方があるのだと教わる。
それをもとに最後の方で先生ご自身の位置づけを伺うと、「教師である」と答えられた。思想家でも武道家でもない、教師。だからなんだという質問には一切答えを持ち合わせていないけれど、独特な触感のある回答であった。曰く退官を迎える今年はアイデンティティの危機ではあるが、来年からは本業である道場師範として新たな先生になるのだと仰った。
私たち現在の(曰く「先進国の」)学生に欠けているのはどうやら「欠乏状態」であるらしい。欠乏状態が欠乏しているというのは何とも不思議な文型ではあるけれど、決してわからなくはない。確かに欠乏したことがない。併せて欠乏している身体開発のメソッド(かくれんぼ)については、しかし徹底して判断を留保する内田節により、「中進国であった昔は必要であったけれど先進国の今はねえ」となる。
人生経験の大切さについては、ご本人の経験をもとに強く勧められる。しかし海外に行くことは否定的で(ひねくれて要約するに、若造が海外に行って何がわかる、とのこと)、むしろ社会人として人間集団を観察・経験することが大切である。研究者もサラリーマンくらいやらないと一人前にはなれないと。
私たち大学生は大学生活で何を得ればよいのかという話で、「おいしい料理を作るには、沢山の種類の材料と良い調理用具が必要である」という話を伺う。ふむふむ。詳しくは割愛。

 

このような話(どのような話かは汲み取ってほしい)を延々とした。長い話になったけれど、最後に取材班全員が先生と一緒に写真をとる。満足のゆく取材だった。

ご覧になっているかわかりませんけれど、内田先生、どうもありがとうございました。またお会いできる機会があれば、と楽しみにしております。

2010 年 6 月 13 日

見えるものと見えざるものの狭間で

カテゴリー: 未分類 — 越智 秀明 @ 01:51

私たちが生きているこの世界は、自明に存在している世界ではない。あなたの住む世界と私の住む世界は正確に一致していることは絶対にないし、ある絶対的な世界なるものをあなたが認識の下で構成しなおしたものをあなたの住む世界、それを私が認識の下で構成しなおしたものを私の住む世界とすることも、また妥当性を欠く。私たちは認識していないものを世界に組み込む術を体得しているからだ。

 

初めから抽象論で大変恐縮である。しかし文章を書くということが世界を分節化して語ることである以上、私の「世界」の捉え方を語ることが必要だ。

しかしこの文章こそが自己言及である。その批判は甘んじて受けなければならないが、少し待って欲しい。それをもとに世界を語ることはできないだろうか。


ここでいう世界とは、世界地図の世界でもなければ世界史の世界でもない(ここであげた両者の違いについてはここでは語らない)。私たちが生きる場としての「世界」である。

場―それはプラトンの時代から思索の対象であったが、主体的に何かを語ることはしない。またその定義も付随的なものであって、つまり他の存在を規定せずに定義されることもない。

だからといって恣意的に世界を規定することが許されたとすれば、それは世界を規定しないことと何の差異も生まない。一般的な規定がなされることが望ましい。

 

しかしこれが自己言及なのである。一般的な規定がなされることが望ましいと考えられるこの世界は、あくまで私の世界にすぎない。あなたの世界が私の世界のようなものではないかもしれず、きわめて特殊な存在であることを認めるのが、場としての世界であり、場の本質である多様性である。

するとあなたは私にとって明確な形で他者となる。

 

しかし(何度も逆接で結んで申し訳ない。それだけ場は逆説的なものなのである)あなたは私の世界においては他者としてだけでなく、別の仕方でも現れうる。それが見えざるものの見える形での登場である。

見えざるものが見える形でも現れるということは、それは本来的には見えざるものではない。つまり、あなたにとっての世界と私にとっての世界は交叉しているはずである。もちろんあなただけではない。あなたがたである。

 

ここにきて世界は語り始める。私は何者にも従属しない。何者もが私を介して現れているのであると。

 

もちろんこれは比喩である。しかし少なくとも私の世界はそう声をあげている。

私が何か絶対的な存在を認識し構築しなおしたものとしての世界は崩れ去り、ある絶対的な存在の上に私は存在している。

 

私はその絶対的なものを腑分けしたいのである。

 

 

(初めに「あなたの世界と私の世界は一致しない」と書いたが、それはあくまでも結論の認識を持つ以前の私とあなたについてである。今ここまで読み終えたあなたの世界は、私の世界と同じ世界である。切り取られ方は違うのだろうけれど)

 

(切り取り方についてのexcuseについては、後にまた書く必要があるかもしれない)

2010 年 6 月 5 日

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

カテゴリー: 未分類 — 越智 秀明 @ 22:47

昨日金曜、ゼミでこんな企画に行ってきた。

暗闇の中で一時間半を過ごす。ただそれだけの体験の中で感じたことを書こうと思う。何より発信することが、自分の中にその思想が存在することの証明になるのである。


そもそも暗闇とは何か。

光がない世界。色のない世界。何もない世界。

様々な回答が試みられるが、どれも否定形でしか答えていない。つまり暗闇とは何であるかという問いには、暗闇とは「現実」ではないとしか答え得ていない。

しかし暗闇は現実である。そして私たちはそれを知っている。

光のない世界。想像するには、今見えているものの全てを否定すればいい。目の前にいる人、もの、景色…。

想像に容易である、という主張に私は与しない。何故か。
暗闇の中でさえそれらが消えなかったという体験があるからである。

「現実」は現実と似て非なるものである。「現実」はあくまで私たち固有の世界でしかない。より正確に言うならば、私固有の世界でしか、あるいはですらない。

暗闇の中で私が体験したことの全ては、暗闇に否定形の説明を与えることに警鐘をならす。
暗闇は暗闇としてある。光がないのではなく、暗闇がある。色がないのではなく、暗闇という色がある。何もかもは暗闇に従属する仕方で存在する。
暗闇は何も覆い隠さない。暗闇は全てを包み込む。

私は暗闇の中でさえ、そこに視覚的に認知されているであろう世界を想起し、その世界に一喜一憂していた。
認知科学的にいえば、表象が想起されているのであるから十分に「見えている」と言える。それが正しいかどうかなど議論するに足らないことはご承知のことであろう。そもそも正しい表象が存在することは自明でないからである。

この文脈において「現実」は究極的に縮小し内部化されたのである。表象を生み出す力能を外部世界に要請せずに、「現実」を構成する。

あるいはその逆なのかもしれない。
思えば、私自身も暗闇に従属していたのである。暗闇と同化した私は、暗闇の認知を体験したのであって、私の知らない仕方の認知を行っていたのかもしれない。この意味で私は別の「現実」を持ったのである。


(要約すると、是非行ってみることをおすすめする、ということである。少し高価に感じるかもしれないけれど、行ってみるとその類の後悔はない。)


(ちなみに、このように書き手(私)が顔を出すことは主であるという宣言ではないのか、という批判は受け付けない。私のいいたいのはそういうことではないのである。またの機会にさらに深めようと思う。)

無主の文章とは何か

カテゴリー: 未分類 — 越智 秀明 @ 01:26

ブログタイトルにしておいて何を、というお叱りは甘受するとして、私の考えるところの無主の文章について簡単に述べたいと思う。

これを書かないと、タイトルだけ大仰に冠しておいたこのブログにおいて、何も述べられないのである。

 

文章とは、コミュニケーションの手段の一つとして文字を媒体としてコンテンツを物体化し、伝達を図るものである。すると、当然のごと文章にはsenderとreceiverが存在する。デリダは誤配も事後的には正しくなるとして、想定されたreceiverの存在を構造的に否定したが、私はこれに同意しない。なにより私はreceiverの存在を仮定することなしに文章を書くことはできないのである。誤配された文章はその本質からしてすでに文章たりえない。

 

ここでいうsenderとreceiverはテクスト理論における学問的な用語では必ずしもない。senderとはすなわち私であり、receiverとはすなわちあなたである。

 

しかし私があなたのことを知っているかいないかに拘わらず、私はあなたの存在を仮定することなしにはこの文章を書きえない。あなたがこの文章を読むであろうこと、それはあなたという存在を個別ではなく集合体としてのreceiverとして理解することで私の想定に組み込まれている。

 

簡単に言えば、私はこれをあなたに強要する。 senderは私である必要はない。私は集合体としてのsenderとして機能すればよいのであり、あなたは私をそのように捉えることが可能、そしてそうするべきであるということを申し上げているのである。 そしてそれこそが、相互の対等なsender-receiver関係を基礎づけると思うのである。 その意味で「無主の文章」というタイトルを冠した。

 

私は主ではない。もちろんあなたは主ではない。これらの文章に、主は存在しないのである。

 

(本当は、私がなにものであるかを考えずに読んでね。というありきたりな警句を付すだけにしようかとも思ったのだけれど)

 

(さらに。ダイアログインザダークの記事は明日にでもあげます。これをあげないと始まらなくって)

2010 年 5 月 28 日

ブログ始めました

カテゴリー: 未分類 — 越智 秀明 @ 13:10

こんばんは。越智秀明@立花ゼミです。

 

今までブログに手を出さずに生きてきたわけだけれど、きっとどこぞのSNS よりも、どこぞのつぶやきよりも、ブログこそが自分の文体にあっているのだろうと思っていて、立花ゼミで割り当てられたことを好機に始めることにした。

とはいえはじめは試行錯誤の連続でしょう。新たに広げる世界は徹底的に開発・整備してから足を踏み入れるよりも、足を踏み入れて自分の足跡に沿った形に変形してゆくほうが性分にあっているので。

 

ここでやろうと思っているのは日記を書くことでも備忘録をつけることでもなく、自分の他愛もない考えをひたすら世界に投げること。

そしてその文章は「一東大生」にも「越智秀明」にも帰属してはならない。ブログタイトル(仮)はそういった意味合いでつけたのだけれど、なんとはなしにつまらないので妙案があれば変えるかもしれない。

 

なんのことやらよくわからないブログの説明に終始したわけだけれど、こういうことを書かないと始める気にならない性格に最近辟易している。個人的な話だけれど 。

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