学問とは

ブログなんざ気が向かない限り絶対更新しないと思っておりましたが、ちょっと面白いことになったので書きます。

 

先日の池上先生への取材について行ったのですが、その時に先生がおっしゃっていた言葉の一つに認識論的革命というものがありました。

これはある知識や論理に触れたときに自分の中で世界を認識する方法が劇的に変わることを指したもので、池上先生はこれが楽しくて学問を続けているとおっしゃっていました。

私も言葉こそ違いましたが、似たようなことを考えていたのでこれを聞いたときになるほどと思ったものです。

 

ですが、今日行った福島研のシンポジウムはかなり趣向を異にしたものでした。

主題が学問の当事者性と言うだけあって、当事者と非当事者が別れざるを得ない学問、たとえばジェンダーや障害学についての話でした。

このパネルディスカッションを聞く限りでは、パネリストの方々が学問に求めていたのは自己解放、つまり自分や自分の属する集団の表現方法として学問を学んでいるということでした。

 

これら二つは完全に対立するわけではないでしょうが、かなり対応した関係になっているような気がします。

前者は学問の有用性などというものは気にせずに好きなことにのめりこめますが、生産性のなさを指摘されたり、社会貢献度の低さに関してはそしりをまぬかれません。

それに対して後者は学問で社会貢献ができますが、結論に自分の思想が入りやすく、また、発信者としての側面を必ず持たなくてはいけなくなり無駄なしがらみが多くなります。

 

どちらの学問的姿勢も一長一短で、十分検討に値するものだと思います。ちょうどいいタイミングで二つの異なる意見を聞けた自分はかなりラッキーでした。

みなさん自身はどちらの学問姿勢に近いでしょう。胸に手を当てて考えてみるのもいいかもしれません。

東大の底辺で進振りを思う

※これはただの愚痴なので暗い気分になりたくない方は読まないでください。

ご存じのとおり、東大には進振りと言う制度がある。

この制度のせいで東大生は他の大学の人よりも、学部というものに正面から向き合う必要がある。

だが学部というものに向き合い続ければ、自然と学部の存在意義とかそいういうものも考え始めるわけで、学部制度というもの自体に批判的になってしまう学生も一定数いるわけだ。

その一定数の中に、自分はまんまと入ってしまった。

 

なぜこういう考えになったのか順を追って説明したい。

まず、自分は学部とか学びたい分野というものがとんでもなく右往左往している。

中学時代に軽く哲学に触れてから、心理学、精神分析学、生態学、社会学、メディア、ジェンダー、教育学、(この辺で理転)、遺伝学、脳科学、ゲーム理論、そして最近はシミュレーション辺りまで行って、先日より学んでいる複雑系を腰を据えて勉強しようと考えている。

自分の中の大きな潮流を抽出しただけでこのざまである。もちろんこれら全部を学べる学部などというものは存在しない。

このような節操のない姿を見て、お前は結局何が勉強したいのかよくわからんと言われてきた。

だが自分に問いかけてみる。本当に自分の興味分野はあっち行ったりこっち行ったりし続けているのだろうか。

答えは否だと思う。

確かにいろいろなものに手を出してはいるけれども、自分の学びたいことは全て、「人の心と人間関係」だけだ。

少なくとも上に挙げた学問群はそれを学ぶためのツールとして学んだ分野である。

 

勉強したい分野が(自分流では)定まっているはずの自分が、なぜ学部をぴしゃりと決められないのだろうか。

これを考え始めてから少しおかしくなった。

学部選びというものは、勉強したい”対象”を決めるのではなく、自分が習得したい学問的”視点”を選ぶ場ではないかと考えてしまったからだ。

それならば、学びたい対象は決まっているけれどそれを学ぶための視点は少しでも多い方がいいという自分の発想からは正面対立する。

学部選びも難航するに決まっているのだ。

 

しかし東大の中にはいくつか分野横断的と呼ばれる学部・学科もある。たとえば後期教養学部などはこれに当たるだろう。これらの学部はだめなのだろうか。

たしかに自分の興味分野に限りなく近いものはある。だが、限りなく近いだけであくまで視点の固定であることには変わらない。

たとえば認知行動科学分科にいったとして(点数的に絶対無理だが)、認知科学に基づいた研究をコンピュータシミュレートしてみて教育に応用する、といった研究ができるのかどうか。

自分からしてみたら興味の対象は変わっていなくて手段をちょっと広げただけなのに、一つの学部・学科では手がつけられない事態になってしまう。

この破綻はやはり視点固定という学部の発想に問題があるからではないのだろうか。

 

結局何が言いたいかと言うと、いっそ学部なんてなくして自分の取りたいように授業をとれたらいいのにということです。

そうすれば行きたい学部に行けないなんてことにもならないで済むのに。(これが一番の本音かも)

今更ながら

ブログを始めたいと思います。
1年以上放置した上になぜいまさら始めるのか自分でも理解に苦しみますが、twitterに書けないくらい長い文章を書ける場所が欲しくなったというのが理由です。

主に一分科学の原稿を投下することになると思われます。