Archive for the '回想' Category

アキバ、フクヤマ、ハツモウデ。

Add a comment
神田明神

神田明神

あけましておめでとうございます。

今年は、生まれて初めて長崎県以外で年を越しました。一人なので、屠蘇もお雑煮もなし。ってか、元旦何食べたっけか・・・? もう忘れてしまいました。たぶん松屋かなにかだと思います。

 

今年の正月は、秋葉原に通いづめだったのですが――別にめいど喫茶じゃないです――結局買ったものは、格好つけにしか使わないであろう80%OFFの腕時計と、激安のオーブントースター、去年ずっと買おうと思っては買い損ねていたHDMIケーブルだけでした。

インターネットというのはすごいです。初売りで、これ以上ないほどデカデカと赤札が貼られて、買われるのを今か今かと待っている製品でも、ネットでもっと安いの見たことある、って・・・思っちゃうんですよね。

「やす~い! これ買おうよ!」と、彼氏にすがっている女性に、「あの・・・それ、ネットなら半額近くでありますけど・・・」と声をかけてお店の営業妨害をするわけにもいかず、むしろ精密工学科の自分としては、あまり安いものばかり買うと日本の工業が終わりになるので・・・国内メーカーの電化製品の性能を認めて選んで下さる方のありがたみを目の前でひしひしと感じつつ、やっぱり学生のうちは身の回りにある電化製品の90%くらいは日本製じゃないものをそろえてしまいます。

 

・・・まあ、そういうことはどうでもいいとして・・・秋葉原に行ったついでに神田明神に、今年も残すところあとわずかとなった立花ゼミの成功を祈願して・・・は来ませんでした。高校生以降は、初詣には行ってないんです。上の写真は、なんだかにぎやかで楽しそうだったので前を通りかかったときに撮ったものです。連れ立っていく人もいないし、一人寂しくあの人ごみの中に飛び込んでインフルエンザウイルスを拝受するのだけはごめんです。

 

あ、今年の正月は福山雅治の話題多かったですね。龍馬伝、ですか? 長崎が舞台なんですか・・・。それで、長崎出身の福山雅治なんですかね?

いや、でも、福山雅治さんは、すごい人だと思います。20万円握りしめて、単身東京に乗り込んでくるんですから。今のようにネットもない時代に。ここまでのし上がって成功するのは、並々ならぬ苦労があったことでしょう。

そういうわけで、大河ドラマはこれまで見たことがないんですが、今回の龍馬伝は、楽しみにしていました。そして、よっしゃ日曜夜9時!と思ってテレビつけたら・・・あれ? あれれ? もう終わりやん! ・・・8時からでした(笑) 初回を見逃してしまいました。NHKオンデマンドか何かで見なきゃな。いや、こういうときも、ネットは便利ですね。

 

ってことで、ちょっとグダグダな年初めとなりましたが、今年もどうぞ、よろしくお願いします!

本を読まないで育った僕

1 Comment

僕は、「本」を読まない人間だ。

 

教科書

図鑑

百科事典

ページの半分以上を図表が占める類の本(漫画を除く)

・・・これらは読んだ。(教科書は、否応なしに、だけど。)

 

でも、小学校のころから、とにかく文章が主体の本は読まなかった。マジで、1年に1冊も読まない、というくらい読まなかった。・・・というより、読めなかったのだ。

本を読まない割には、成績は悪くなかったので、時々母親から、「(頭のいい)●●くんなんて、すごい本を読むのが好きなんだってよ~」ってよく言われた。暗に「本を読め」って言ってるんだよね。

でも、たとえば宿題の読書感想文なんかのために、無理して読んでみても、読み終わってみると、中身をほとんど覚えていない。だから、僕は読書感想文の書き方の指導なんか受けても、ほとんど上達しなかった。「・・・だって、感想を書けるほど中身覚えてないしよ」って言葉は、熱心に指導してくれる先生の前では、口に出すことはできなかったが。

 

でも、今、立花ゼミにいるくらいだから、この世界に関して、同年代と比べてこの上なく無知であるとは、正直自分でも思っていない。(まあ、ゼミ内には、僕よりもっとすごい人がたくさんいるけど。)

じゃあ、本を読まずに、どうやって「ある程度知的好奇心旺盛」に育ったのか? ・・・つまりそれは、映像の力だ。

 

テレビを見るのが好きだった。それも、アニメや子供向け番組を見るのは全体の20~30%で、幼稚園のころからニュース番組と紀行番組はよく見ていた。(ってか、母親と父親がそれしか見ないから・・・) 毎週欠かさず見ていたのが、NHKの「いきもの地球紀行」。大好きな杉本さんのオープニング音楽から始まり、あっという間の40分だったのを覚えている。今でも強く印象に残っているのは、アマゾン川の話と、カナダのバフィン島付近のイッカク・シロイルカの話、ピレネー山脈のハゲワシの話、そしてガラパゴス諸島の話。ビデオに録画して、何度も何度も見た。

一方、ニュースは、政治とか経済とかぜんぜん分からなかったけど、「そーりだいじんの細川さん」とか、「ニュースステーションの久米宏さん」とか、「えぬえいちけーの森田美由紀さん」とか、そんな人の名前ばかり無駄に覚えていた。テレビというのは、映像があるので、聞いている音声が意味不明でも、ボーっと見ていることができる。右から左に聞き流していても、特に苦にはならない。

ニュースの最後に必ずある天気予報ってのは、意外と理系的な考え方を身につけるのに役立ったらしい。予想最高気温では、正負の数。降水確率では、確率・百分率。そのほか、日本地図や世界地図。天気図の見方。低気圧と高気圧の役割。前線や台風の動き。「m/s 」や「hpa」の意味。日本や世界各地の地名。たった5分の情報でも、毎日見続ければ、いつのまにか身についた。

 

僕の周りに、テレビを見るのは1日1時間まで! とかいう家庭があったけど、うちはそんなのはなかった。幼稚園の頃から、夜10時から始まるニュースステーションを見るのが習慣だった。父親が好きだったから。「世界の車窓から」が流れるくらいまで起きていてやっと、母親から「そろそろ寝れば?」の声がかかった。

 

で、こんなのを見ていたらさ、本なんて、つまらなくてつまらなくて。読んでられるか! ってのが、小学校の頃、中学校の頃、の僕の正直な気持ちだったわけ。この気持ちは、読書がいかに楽しくて、大切か、ということを、やや認識してきた高校生、そして大学生の身分になっても、さほど大きな影響を受けていない。だから、今でも僕は、立花ゼミの中では、あまり(いや、たぶん一番)本を読まない人間だと思う。読んだとしても、まず目次を見て、おもしろそうな章だけを拾い読みする、って感じの読み方のことが多い。

 

NHKで「映像の世紀」という番組を担当された、チーフプロデューサーの河本さんのお話を、去年の冬に聞いた。それまでは、「本を読めない」ってことに対して、自分でも若干コンプレックスがあったのだけど、そのとき、映像の持つ力を河本さんが力説されるのを聞いて、僕のこの”映像フェチ”はあながちひねくれた性質ではなかったらしい、ということが分かり、やっとやや安心することができた。(え? 違うって? 確かに、本を読むことが習慣の方から見れば、信じられないでしょうけども・・・僕は、本を読めなくても、それほど困ってないんですよ・・・)

 

で、何が言いたいかっていうと、勉強しない子供、あるいは本を読まない子供にお困りのお母様方、お父様方。

とにかく、子供にとって意味不明な番組でもいいから、ニュースとか、ドキュメンタリーとかを、子供さんと一緒に見てあげましょう。

知的好奇心は、何も学校の授業や、読書だけで身につけなくても、時々、子供に、その中の話題について、ちょっと話を振ってみたりするだけでいいんです。

テレビさえあれば、出費は、NHKの受信料だけでいいんです(笑)

塾の月謝とか、参考書とかを買いあさるのに比べたら、安いもんですよ。

 

臆病な動物、エイダ。

4 Comments

僕は、小さいころ、幽霊やら宇宙人やらにすごい怖がる子供だった。

だけど、怪しいことは必ず原因を突き止めないと安心できない性格が幸いしたのか、だんだんとそういうものを気にしなくてよいことを察知するようになり、たぶん小学校低学年を終わったくらいには、あまり気にしないようになったと思う。その後しばらく、たけしのTVタックルで超常現象否定の急先鋒だった早稲田の大槻教授の隠れファンだったのを覚えている。(当時は、物理学者はUFOの反証の研究をして生活しているのだと思っていた・笑)

 

だが、超常現象に否定的な考えが身についた今でも、身の回りのちょっとした生活音にはかなり敏感だと、自分で思う。

これは、怪奇現象に怯えているのではなくて、現実に起こりうる危ない事件や事故も、ちょっとしたことから始まり、気付けば回避できることが多い、と思っているからだと思う。なんとなく音に注意を払ってしまうというのが僕の性のようだ。後ろに目はないが、音ならば見えない異常も察知できる。(まあ、無意識のうちに注意を払っているんで、「理由」なんてものは、究極的には無いのだが・・・)

 

そのおかげかどうかは知らないが、小学校5年生のとき、車に轢かれそうになったのを、助かった。

信号が青になって、交差点が静かになったので、横断歩道を渡り始めたとき、突然右側に地面を擦るような音が聞こえた。気になってふと横を見ると、スリップした車が僕に向かって突っ込んでくるところだった。僕は走り逃げた。ほんまに、間一髪だった。

 

さらに、僕は自宅への来客と電話の着信を事前に予測する能力があった(笑)

その仕組みはこうだ。

 

自宅は1フロアに2世帯ずつが入居するノッポなマンションだったのだが、エレベータの動く音がかすかに聞こえるのである。母親も父親もほとんどわからない音だ。

そして、長く住んでいれば、エレベータが1階から我が家のある階まで上ってくるのにかかる時間も、感覚的にわかる。つまり、エレベータが動く音が聞こえている時間を数えることで、どこの階への訪問かある程度わかるのだ。お隣さんへの来客のこともあるので、外すことはあったが、だいたい玄関のチャイムが鳴る前に来客を予測できた。事前に電話もしていないのに、僕がドアを開けて待ち構えていると、びっくりされた。さらに、この能力は意外と実用的で、試験期間中にゲームやらパソコンやらを安心してしていられた。親が帰ってくる音も例外なく聞こえるのでね(笑)

電話の着信は、自宅に設置してあったIPフォンのモデムが、呼び出し音が鳴り始める1~2秒前に、カチッと小さな音を奏でるのが聞こえるため、予測できたのだった。

 

まあ、注意して聞いていれば、誰でもわかる音だろうとは思うが、普段生活している中で気づいてしまうのは、無意識のうちに相当音に注意を払っているという証拠だろう。

近くで変な音をたてると、エイダは必ず振り向く。興味のある方はお気軽に。

平和都市・宇都宮に行ってきました

Add a comment
地下をゆく

地下をゆく

栃木県宇都宮市。新幹線も止まる大都市だ。

宇都宮と言えば餃子・・・くらいしか、九州出身の僕には、イメージがなかった。

まして、海沿いでもないのに戦争遺跡があるなんて、思ってもみなかった。

・・・中島飛行機の地下工場が、戦時中宇都宮に作られた。

そこは、山の中に突然現れる。ピラミッドの石室もびっくりの、真っ暗闇の巨大地下空間である。本当に古代文明の遺跡に来た感じがする。米軍も、まさかそんなところに工場があるとは思っていなかったらしく、工場周辺は爆撃時の標的にもならず、終戦まで無傷だったらしい。この遺跡が本当に壮大で、久々に、トンデモナイ物を見た気がした。

宇都宮の、他の戦争遺跡もいろいろと見て回ったが、戦争がいかに悲惨かは、言われるまでもなくよく知っている。なので、僕にとっては、そういうところを見て回るのは、半分観光みたいなもの。むしろ宇都宮の文化についてや「大谷石」について、新しい発見が多かった。

あえて「観光」と言ったのは、僕は長崎出身なので、平和教育を(言い方は悪いが)嫌というほど受けているからだ。戦争の話は聞き慣れていて、どんなことを聞いても、ほとんどは、あまり大きな衝撃はなくて、したり顔に、「戦争ほど無益なことはない」「戦争に『勝者』など存在しない」という考えを再確認するばかりだ・・・。

戦争の悲惨さを認識していながら行動を起こさない自分と比べ、ボランティアでガイドを務めてくださった現地の方の熱意は本当に素晴らしいと思う。せめてこの記事を書くことで、戦争をしないことの大切さ、ありがたみを、皆さんに分かっていただければ、と思って、今日は書いた。

理想論から外れるが、世の中は争いに満ちている。人々の視点がどんどんグローバル化する現在、「平和」は、我々が互いに多少の妥協を繰り返しながら均衡を保たなければ、そう長くは続かないだろう。(長いスパンで考えれば、平和であることがいかに有益であるかに人々が気づいて、自動的に「平和」な状態に収束していくかもしれないが・・・しかし、近未来にすぐに平和な地球になるとは、なかなか想像し難く、世の中の気風は、時代に応じてアップダウンすることだろう。・・・「ダウン」状態のときに、戦争をおっぱじめないように保たなければならない。だからこそ、こういう草の根的活動は重要だし、もっと気軽に人々の目に触れるようにしていくべきだと思う)

ただ、さっき僕は「行動を起こさないでいる」と書いたが、(単なる自分の感覚で、軽々と)デモみたいなことはしたくないのだ。それをやると、僕の心は、無意識のうちにどちらかの「味方に付く」ことになってしまう気がする。どんなに考えが違う人間が目の前に現れても、「●●しろ!」とデモをした段階で、互いが分かりあえる可能性から遠ざかると、今の時点では思うのだ。

もっと優しく、人々の心をとらえる方法で、平和を訴えられれば良いのだけど・・・何かできないかな・・・。

電化製品と僕。

Add a comment
愛機。

愛機。

まだ幼児と言えるくらい小さいころ、伯父や伯母に実家の近くの電気量販店へ連れて行ってもらい、たわいもないいろんなものを伯父が買うついでに、レジカウンターに置いてあるペコちゃんキャンディーをもらって食べることが何度もあった。

そんな微笑ましい記憶が影響しているのかどうかは定かではないが、僕は小さいころから家電製品が大好きだった。

まだ幼稚園くらいの時は、電気屋に行くと、いつも冷蔵庫コーナーに走っていた。

当時の我が家の冷蔵庫は三洋の2ドア式の小さいものだったので、電気屋に置いてあったたくさんの扉を備えた冷蔵庫は物珍しくてたまらない。扉を開けては閉め、開けては閉めしては、時間を浪費していた。特に好きだったのは、新品の冷蔵庫独特の、ツンとするプラスチック臭を嗅ぐことと、中に並べてあるえせモノの食品の中に、たまに本物の缶詰やペットボトルがあるのを発見して、ニヤリとすることだった。

次に興味を示したのは、延長コードだった。

一つのコンセントが、ニョキっと手元まで伸び、さらにそれが2また3またに増殖するとは、なんとも不思議で、幼い僕の興味をそそった。そして、最大1200W までのコードと、1500Wまでのコードの線の作りの違いを発見した時は、言い知れぬ喜びに包まれた。祖父母と一緒にジャスコに行った僕は、どうしても黒の4口タップ3mのナショナルの延長コードが欲しいと言い張って、ついには親と祖父母を説得し買い付けることに成功した。喉から手が出るほど欲しい品物が手に入った満足感半分、後から親に「要らんものを買って!」と文句を言われないかという不安半分の複雑な思いで、とにかくこれ以上親を困らせて要らぬ怒りを買わないよう細心の注意を払いながら、帰りの車に乗り込んだりした。

安い消耗品を見るとつい買ってしまう癖は、その後も、電池、カセットテープ、ビデオテープ、MD、CD-R、DVD-R、ハードディスクと続き、現在に至っている。

最近は、消耗品だけでなく、デジタル機器本体についても、つい買ってしまう癖が出てきてどうにもならない。

そういう意味では、僕は今でも、心は幼稚園児なのかもしれない。

ただ、物ごころついた時から身につけている電化製品選別眼は、ある意味役に立つ。本当に安いのかどうか、今が買いなのかどうかは、なんとなくわかる。

電化製品は、店によって大幅に値段が違うというのはよくあることなので、この眼があるかないかで、数千円、数万円の支出差となってお財布に利いてくる。僕が、いろいろとデジタル機器を買いそろえながらも、それほどお金のやりくりにも困っていない理由は、小さいころからの、異常にマセたカワイクナイ趣味のせいなのかもしれない。

ま、笑ってくれ。

戸塚洋二先生追悼シンポジウム @ 安田講堂

Add a comment
安田講堂にて

安田講堂にて

東大に既に2年以上も在籍していたというのに、まだ安田講堂に入ったことがなかった。今日、やっと入ることができた。

今日、戸塚洋二先生の追悼シンポジウムに出席した。小柴先生と小林先生、ノーベル賞受賞者が2人も集い、今更だが、戸塚先生の強いリーダーシップが、いかに素粒子研究を発展させたか、その業績がありありと伝わってきた。

小柴先生:「戸塚君、君と過ごした半世紀はとても楽しかったよ

あと1年ちょっと生きていれば、ノーベル賞が獲れたのに・・・と言われていたが、そんなことよりも、たぶん戸塚先生は、もっと研究して、もっともっとたくさんのことを解き明かしたいと、そしてたくさんの優秀な科学者を育てたいと、思っていたに違いない。

戸塚先生:「小柴先生はカミオカンデを作り、私はスーパーカミオカンデを作った。次は君たちの番だ。いつまでもスーパーカミオカンデに頼っているわけにはいかないのだから

戸塚先生が研究所の仲間に残した言葉が中畑先生から紹介された。科学のすべての分野に通じる話だと思う。

戸塚先生:「測定器を作るには、装置の設計や、エレクトロニクス、コンピュータの資金集めと政治交渉その他諸々をやらねばならない。物理をやるのはほんのわずか。いろいろやるから楽しいんだよ。物理だけなんてやってられない

自分が動くか動かないかで、日本の素粒子研究の明暗が分かれてしまう。そんな重責を最後まで果敢に担い続けた人物がいたことで、世界最高水準の素粒子研究の「畑」は守られてきたのだ。

どうしてだろうか。「お疲れ様でした」という言葉を、軽々しく戸塚先生にかけることはできない気がする。たぶん、先生には似合わない。「後は任せてください。しっかりやってみせますから」という言葉を、先生はきっと一番喜んでくださるだろう。

戸塚先生の生き方は、おそらく僕がこれからどんな畑に飛び込んでも、目指すべき理想として僕の中にとどまり続ける。

その生の最後の最後に、無知な一学生である私の無謀なお願いを聞き入れてくださり、お話を聞かせてくださる機会を与えてくださったこと、改めて心から感謝したい。

青雲中、大丈夫?

Add a comment

【お詫び】

この投稿は、学校が「事実と確認できない内容もあり、当惑している」と、見解を発表した報道に基づいて書いたものでした。お詫びの上、事実が判明・確定するまで公開を中止させていただきます。

訴訟にも発展しているようですので、卒業生として軽率な発言があってはなりませんし、風評で母校の先生方や生徒の皆さんに迷惑をかけたくないための措置です。学校の要請等ではなく、自主的なものです。どうぞご理解ください。今回の件、円満に解決されることを心より祈っております。

栄田康孝

週間トライアル:Super Size EIDA 号外。

2 Comments
メガマック以上。

メガマック以上。

今年の春に、ゼミの遠藤君と山本君が、我が故郷長崎県に来てくださった。

そのとき、人生で最もデカイハンバーガーを食べた。

これだ。

佐世保バーガー。

とんでもなくデカイ。

とにかくでかい。

これは、長崎県佐世保市にあるテーマパーク「ハウステンボス」の中のレストランで注文したものだが、佐世保市内にももちろん店舗があるし、最近は全国に少しずつご当地バーガーの店が出たり、冷凍で通販をやってたりする。皆さんも、むしゃくしゃして、巨大バーガーに憂さ晴らしをしたくなったら、どうぞお試しあれ。(ってか、この食べ物の最も最大の効能は憂さ晴らしであると、個人的には確信している。)

ちなみに、ポテトは残しておいて、ハンバーガーを食べている途中に垂れ出てきたケチャップと肉汁につけて食べると効率よくいただける。

立花ゼミ、耐える の巻

2 Comments
07年 五月祭

07年 五月祭

07年の東大5月祭。立花ゼミでやるシンポジウムの準備に追われ、僕は連日の徹夜明けで、当日を迎えた。

企画参加登録者の名簿を他のゼミ生に託し、僕は立花先生から入るパワーポイントの修正依頼に、直前まで対応していた。

本番の2時間くらい前にようやくひと段落したので、来場者の受付に応援に駆け付けた。そしたら、名簿を託したはずのゼミ生が寝坊して来ていない。電話をしても通じない。来場者からは、「ちゃんとやれよ!」と怒鳴られる。自分の仕事はちゃんとやってるし、お金をもらって仕事をしてるわけでもないけど、でも当然関係者だから、「申し訳ございません」と頭を下げて、黙ってお叱りを聞くしかない。

僕が立花ゼミの企画の前に、念には念を入れて、「ちょっとやりすぎだろ・・・」と思われるほど、バックアップ機材の準備をするのは、こういった経験が生きている。おかげで、その後の企画では、だれかが寝坊してきたり、持ってくるはずの録音機がなかったり、カメラがなかったり、電池が切れていたり・・・といったトラブルはあったが、すべてバックアップを立てて問題なく乗り切ることができた。

どんなにつらい状況に追い込まれても、そこで、なお外部の人の意見や叱咤を聞く姿勢があれば、次につながる。しかも、慣れてしまえば、そんなにストレスにもならない。そういう姿勢と気持ちの持ち方は、きっと将来に役に立つと思っている。

・・・なーんてね。ちょっとまじめなことを言いました。すいません。本当のところ、基礎的な学問の知識と教養がない僕は、場当たり的にこれくらいしかできることがない(笑) しかも、社会に出た方は、当然のごとくやってることだし(汗) お粗末さまでした。

マ、マ、マ、マクドナルド!

1 Comment
ケアンズの朝マック

ケアンズ

今、英語2の授業で、「ハンバーガーとレトリック」と題した授業を受けている。(なぜかこの授業、立花ゼミからの受講者が3人もいる。)

アメリカ人の先生によると、先生が学生の時、法律で16歳未満の就業はできなかったらしいのだが、特別にマクドナルドだけは半年フライングして働いてよい制度(研修制度)が法律で定められていたらしい。超巨大企業のなせる業か。

僕も、これまで行った海外すべてで、マクドナルドだけは見かけた。

が、世界チェーンのはずなのに、中に入ってみると、各地でそれなりにカルチャーショックが・・・。

フランスに行ったときは、「ポテト」を頼んだのだが、出てきたのはフレンチフライではなく、皮つきポテトだった。

ブラックマック

ミラノ

オーストラリアに行ったときは、朝マックがナイフとフォークつきでバラバラに出された。しかも、ジュースはペットボトルだった。

イタリアでは、ミラノのPRADAの本店の正面の一等地が「黒光りするマクドナルド」だった。

そういえばつい先日、日本では渋谷で1日の売り上げが1245万円の店舗が出て、記録を打ち立てたらしい。セブンイレブンの1店舗当たりの売上は、平均1日60万円というから、1245万円がどれだけトンデモナイ数字かがお分かりいただけるだろう。マクドナルド恐るべし。

――皆さんは、マクドナルドでのおもろい逸話ありますか?