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問題意識とは?

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(CAUTION! )単なる思考を追っただけの結論なき文章

 

先週のゼミでゼミ長の内藤君がぼそっと言った、「問題意識」という言葉について、暇あるごとにずっと考えていた。

これは、文系の学問では、なにか特別な意味をなす言葉なのだろうか? (もしそうなら、私が単に無知と言うだけだ) だが、「問題意識」でググっても、満足のいく説明は見つからなかった。

もちろん、問題意識という言葉を使ったことがないわけではないし、聞いたことも何度もある。だが、私が「問題意識」という言葉から連想するのは、本当にそこに大問題があって、何とか解決しなきゃ! って思ってる場面くらいだ。

ゼミの活動を進める中で、「問題意識」というものが先行したことは、一度もなかった。すべての活動は、多くの好奇心と少しの偶然から生まれ、「問題意識」とは、その活動の中で、何かにぶつかったときに、初めて生じるものだった。

だから、「自分の問題意識とからめて、雑誌に自己紹介的記事を書く」と言われた時、僕はあっけにとられてしまった。意見しようにも、真意を尋ねようにも・・・言葉が出てこないとは、こういうことを言うのだな、と思った。

僕の中にある問題意識とは、雑多で、毎日何十個も生まれては消えていく類のものだから、どれかひとつ選んで書くなんて不可能だし、ゼミの活動を理由づける、いわば「自分の根幹に流れる問題意識」などというものは、僕にはない。たぶん、これまでの人生においても、そんなのを考えたことはない。

もちろん、この世界に問題はたくさん存在するわけだし、中には理不尽で、是非とも解決しなければならない問題も多い。しかし、その中から、自分が解決のために長期間にわたり夢中になる問題を、納得できる理由をつけて選ぶのは困難だし、そういうことをやるのはなんとなくヒステリックに思えて、今の僕に合う生き方ではない。(念のため言うと、人が考えてるのを見るのは別に不快ではない。ただ、いざ自分がそういう思考に入ろうとすると、つい避けてしまう。)少なくとも、自分しか持たない専門的能力の類を身につけて初めて、長期間悩むような問題意識は生まれる気がする。だから、まずは自分の好奇心や目指すものありきで、時々ぶつかる問題はその都度ちょくちょく解決すればよいというスタンスを、僕はずっととりつづけてきた。これからもしばらくはその状態が続くだろう。

・・・ああ、僕が未だに将来の「夢」を持てないのも、そういうことが関係しているのかもね。

で、よく巷のブログとかで、すごい”解決しがたい、”問題意識”に駆られていて、思い悩んで、一応の結論を書いているが、まだこれから先も思い悩むであろう雰囲気をバリバリ醸し出している、文章を目にする。そういう人が、そもそも問題意識を自分の中に維持し続ける理由とは、何だろうか・・・? 僕は、その思考過程が理解できない。(←この「理解できない」には、非難の意味は含まれていない。ただ、「そのモチベーションがなんなのか、僕の中に心当たりがない」ということだ。)

気づいた問題には、その都度、とりあえずの解決策を与えるが、原理的に掘り下げて本質を見つめようという姿勢には、今はなかなかならない。そもそも、論破できそうにない非科学的問題を追究すると、どこまでも歯止めが利かなくなってしまいそうで、僕はいつも怖がっている。怖がることを合理的とさえ思っている。

問題意識と共に長い時間を過ごすより、音楽を聴いたり、旅行をしたりすることが、僕にとっては重要なことだと思える。もちろん、これもそういう確信があるわけではないが、自然とそういう方向に行きたがるのが、僕なのだ。・・・現実逃避をしているわけではないと思う。すべてを投げ出しているわけではないから。

つまり、僕の中であり得る問題意識というものは、すごくおおざっぱにいえば、1分で書け、1分で解決方針が出る類の物だ。長々と言葉で述べる類の「言葉遊びにしか過ぎない可能性のある問題」は、僕の中で、いつの間にか忘れ去られてしまうらしい。

・・・・・先ほどから矛盾した記事を書いていることをお気づきだろうか? 結局、”問題意識”を考えるというこの「問題」も、僕の知識レベルじゃ、言葉遊びにしかならないよね。だから、たぶん、この思考も近いうちおに自動的に終わってしまうだろう。いま、この文章を書いてる僕も既に、すごいちぐはぐな感覚に襲われている。

やっぱりこの手の記事を僕が書くと、つまらない記事にしかならないな・・・。

ってか、この記事は公開して、意味があるのか・・・? ま、書いちゃったから上げちゃえ。矛盾だらけだが、誰かに害をなす類の文章でもないと思うし。

・・・あ、ゼミ長は困っちゃうかな? 大丈夫! 広義の意味での「問題意識」――「自分の行動の原因」程度で言いかえられるもの――なら、幾らでもありますので。ご心配なく。