About Me

長崎・雲仙にて Photo by endo-

Photo by endo-

1987年、長崎県生まれ
2000年、諫早市立諫早小学校卒業
2006年、長崎県私立青雲学園(中高一貫)卒業
2007年、河合塾福岡校東大理類クラス 卒業(?)
2007年~ 東京大学教養学部理科一類 在籍中

東京大学立花ゼミで、かつて活躍・・・・いや、別にそれほどでもないが、とりあえずいた人。細かなマネジメントをいろいろとやってきたために、頭はからっぽだが、取材の流れはそこそこしみついているらしい。写真を撮るのが好き。取材に連れていくと勝手にいろいろやっちゃう性格なので、迷惑だが便利かも・・・よ。

 

1.幼少時代

1987年12月、仮死状態で生まれる。蘇生後、生まれてからしばらくを保育器で過ごす。2歳くらいから、父親の田舎を離れ、耳をすませばの主人公が住んでいたようなニュータウンのマンションで育つ。初めて幼稚園に行った時は、母親と離れたくなくて泣き叫んでいたらしい。アニメの恐ろしい描写を見てやけに怖がっていた。基本怖がり。当時から電化製品に親しむ。CDプレイヤーを2台壊す。久米宏のニュースステーションのイントロ音楽を口ずさむ。見るアニメはクレヨンしんちゃんとドラえもんのみ。ヒーロー物に興味を示さず。

 

2.小学校時代

低学年の頃は真面目な性格で、かなりの完全主義者であり、いじめられっ子だった。というか、別にいじめているつもりもない行動を、いじめていると勘違いしていた節もある。小学校3年の終わりに引っ越し・転校。転校先の学校ではかなり性格が変わる。あまり細かいことは気にしなくなる。小学校3年で初めてDELLのパソコンで年賀状を印刷し、小学校6年でホームページビルダーでホームページを作る。小6の冬にダメモトで私立青雲中学校(長崎の進学校)の入試を受ける。予定通り不合格。

 

3.中学

生まれて初めて塾に行き始める。公立の中学に入学したが、7月に青雲中学校の編入試験になぜか合格し、青雲中学校に編入。(実力はなかったが、面接がかなり利いたらしい) 体育の厳しい学校でかなり体力をつけさせられる。初期はまじめだったが、だんだんいい加減な性格へと変わる。中学校3年の時に、学校行事で禁止行為を働き、訓戒を受けたりしていた。

 

4.高校

そのままエスカレーター式に青雲高校へと進学。文系理系の選択では、「国語ができない」「歴史の暗記がウンザリ」という単純な理由で理系を選択。当時、一番得意な科目は地理だった。高校2年の春、体育の時間に胸に激痛を覚える。診断の結果、右肺自然気胸で入院・手術。学年の放送責任者だったにもかかわらず体育大会を欠席して仲間に迷惑をかける。この病気を境に、塾も辞め、気が抜けたのか成績はがた落ちする。だが、高3の夏に、東大模試を受けて、E判定でなかったのをいいことに、東大進学クラスに在籍することとなり、東大合格を目指す。2006年は、50点不足により理科一類不合格。

 

5.浪人時代

河合塾福岡校が学費55万円免除のオファーをくれたので、浪人することを決意。大阪府大工学部を辞退し、河合塾に入塾する。河合塾青雲寮(なぜか母校と同じ名前の寮だった)に入寮し、1年を過ごす。良い仲間にも恵まれ、おそらく、今まで生きてきた中最も(精神的に)充実した1年であったと思われる。このクラスの友達とは、今も時々交流がある。2007年、東大理科一類は合格点+7点で、かろうじて合格。

 

6.大学

東京大学教養学部理科一類に入学。入学早々、「立花隆」ってどっかで見たような名前だな・・・、行ってみようかな・・・、という軽い気持ちで立花ゼミの教室(当時は522教室だった)に顔を出す。当時の酒井ゼミ長から、いきなり5月祭の一切のWeb業務(ページ作成と入場者登録・管理)を言い渡され、地獄の1か月を過ごす。連日の徹夜が続いたものの、やりがいを感じたので、そのまま立花ゼミに残る。だが、それがたたってか、ほかの授業がおろそかになり、留年することとなり、進学振り分けは1年延びた。2年目の立花ゼミでは、1年目で蓄積した活動のテクニックを実践するべく、ゼミ長の関君の補佐役に回り、雑務をこなす。留年のおかげで、現在立花ゼミは3年目に突入。今年の雰囲気はすこぶる良いので、この雰囲気を壊さない程度にアドバイスや補助等しながら、やる気のある仲間と共に活動していければ、これ以上の喜びはない。

 

立花ゼミでの経歴っぽいもの

2007年4月、ゼミに入る。同年五月祭「徹底討論!核融合 点火&アフター ロードマップとタイムテーブル」取材・来場者管理・Web制作。同年9月、NINSシンポジウム「生物の生存戦略」取材・Web制作。同年11月、駒場祭講演会「立花隆の憲法集中講義」Web制作・会場管理・広報。2008年2月、NHK映像の世紀プロデューサー河本哲也さん取材。同年3月、NINSシンポジウム「解き明かされる脳の不思議」Web制作・会場管理。同年4月、立花ゼミ2008年新入生歓迎行事、Web制作・新歓行事運営。同年6月、「戸塚洋二の科学入門」(企画責任者)Web制作・取材設定・取材同行・インタビュー記事執筆(一部は日経サイエンスへ掲載・全文はゼミOBの緑さんの手で出版)。同年9月、NINSシンポジウム「宇宙究極の謎 暗黒物質・暗黒エネルギー・暗黒時代」(企画責任者)NINSとの連携・講演者との取材設定・取材同行・Web制作・講演スライド制作・会場取材等。同年11月、駒場祭特別講演会「6・3・3・4制の制度疲労と瀕死のリベラル・アーツ教育」講演スライド制作・会場管理。同じく、駒場祭シンポジウム「今語られる 東大、学生、全共闘」会場管理。2009年3月、NINSシンポジウム「科学的発見とは何か」取材同行・会場管理・会場取材。同年、立花ゼミ2009年新入生歓迎行事、Web制作。 現在在籍中。

 

※「カテゴリ」にある、摩訶不思議な英数字について。

各記事が属するカテゴリに、C-720とか、F40fdとか、怪しい英数字の組み合わせが並んでいるが、これらは各記事の写真を撮影したカメラの機種である。カメラが趣味の人の中に、ときどきメーカーや機種ごとのサンプルを見たがる人がいるので、こうした分類もつけている。それと、ブログ上の写真は、ほとんどはサイズを落とすついでにレタッチしている。原ナマな写真じゃないので、念のため、、、。