写真について。
まあ、僕は写真が趣味なわけだが、全く専門的なことはよく知らない。だから、撮った写真の中に、たまにみんなに褒めてもらえるような写真があるのも、たまたまそこの光が良かっただけ。
昔々、まだ武器が火縄銃だったころは、それを撃つのには相当の訓練が要っただろう。
だけど、マシンガンが登場して、タマを連射できるようになると、だれでもそれなりに役に立つ兵士になれる。
写真も、それと同じで、デジタル世代の僕らは、マシンガンをもった兵士のようなもの。
たとえばエジプトに行って、4000枚も写真とれば、そのうち数枚はいい感じの写真が撮れるわけよ。ただ、それだけよ。フィルムで、4000枚分を確保しようっていうなら、フィルム100本以上を持ってかねばならない。それなりの質のフィルムなら、フィルム+現像代だけで一眼レフ何台も買えちゃう(笑)
僕がやったことといえば、大したことはなくて、ちゃんとお金を払ってデジタル一眼レフという便利道具を買ったことと、旅行中に4000回ファインダーをのぞいただけ。
駒場の庭にも3年、ってのはこのブログのタイトルだけど、そりゃ、カメラ持ち歩き間もなく駒場に3年も居候していることになる僕にとっては、たまにはよさげな写真とらないと、生きてる価値ないじゃん・・・実際のところ。
あ、「生きてる価値ない」→「カメラ買った意味ない」くらいに言い換えていただけると、うまい具合にトランス状態の僕の言語を翻訳できます。こいつ、時々カメラの気持ちになって文章書くんです。
最後に、僕の、なかなか使いにくいであろう写真を、パンフに、プリクラに、使ってやろうと、申し出てくださった、木許くん、廣安さんはじめ、二十歳の君へプロジェクトの皆様。本当に感謝します。ありがとう。これで、僕にいつも無駄な写真をいっぱい撮らされてこき使われているカメラたちも、少しは報われた気持ちになると思います(笑)