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	<title>KENBUNDEN  -東京大学 立花隆ゼミ-　見たい、聞きたい、伝えたい。東大生の好奇心！ &#187; 山谷へ行ってきた</title>
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		<title>山谷へ行ってきた　―はじめに―</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 05:59:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>有賀 雄大</dc:creator>
				<category><![CDATA[山谷へ行ってきた]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2009/12/16/%e5%b1%b1%e8%b0%b7%e3%81%b8%e8%a1%8c%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8d%e3%81%9f%e3%80%80%e2%80%95%e3%81%af%e3%81%98%e3%82%81%e3%81%ab%e2%80%95/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>東京都荒川区には「山谷」と呼ばれる地域がある。

今となっては正式な地名ではないが、この山谷界隈は日雇い労働者が職を求めて集まる「寄場（よせば）」として有名であった。また、格安の宿泊施設（ドヤ）が集まるドヤ街、ホーム [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[東京都荒川区には「山谷」と呼ばれる地域がある。

今となっては正式な地名ではないが、この山谷界隈は日雇い労働者が職を求めて集まる「寄場（よせば）」として有名であった。また、格安の宿泊施設（ドヤ）が集まるドヤ街、ホームレスの多いまち、近頃は外国人旅行者が宿泊するまちとしても知られている。

「貧困の現状を認識しよう」という期待をもって、我々立花ゼミ生は山谷を泊まりがけで見学しに行った。

そこは世にも恐ろしい地獄絵図・・・ではなかった。

それだけにゼミ生たちの抱いた感想も多様であり、微妙である。

さまざまな角度からの「東大生v.s.山谷」を、ルポという形で収穫した。

有賀雄大]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>感想　近藤伸朗</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 05:01:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>有賀 雄大</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[山谷へ行ってきた]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2009/12/16/%e6%84%9f%e6%83%b3%e3%80%80%e8%bf%91%e8%97%a4%e4%bc%b8%e6%9c%97/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>彼らと僕たちの住んでいる世界は違う．簡単に言うと，政治的態度が違う．僕たちは知的好奇心で彼らをピーピングするブルジョアジー，彼らはプロレタリアートだ．人は皆，党派性を帯びて生きている．その党派性は自己中心的なもので，人は皆自分の世界を住んでいる．]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　山谷ブルースで山谷の名前を聞いたことがあった．あしたのジョーの場所だということは最近知った．たしかに，泪橋の地名があって，橋のところにはそれに関連する落書きを発見した．ドヤ街とはこういう場所だという期待は，立花先生の言った通り，裏切られることになったが，「まぁ，現実はそういうもの」．見なければ何も語れない，見れば「案外そんなものか」．それが現実．</p>

<p>　雨がつらかった．僕らがつらかったというよりは，この雨の寒い中，そしてこれからの冬を彼らは超えていかなければならないのだろうな，という想像力から，つらさが湧いてきた．</p>

<p>　宿泊施設は期待通りのものがあった．冷暖房，カラーテレビ完備．ただ，僕らの泊まったところは幾分か高級なところだった．</p>

<p>　夜中に友人と会話した．夜な夜な語り尽くすという，僕の余裕のない日常では珍しいことだったが，山谷というある種の世の果て（と世間的に認知されている場所）で，素朴な「楽しみ」を得た．ビールを飲んだ．ビールは労働者の飲み物らしい．</p>

<p>　彼らと僕たちの住んでいる世界は違う．簡単に言うと，政治的態度が違う．僕たちは知的好奇心で彼らをピーピングするブルジョアジー，彼らはプロレタリアートだ．人は皆，党派性を帯びて生きている．その党派性は自己中心的なもので，人は皆自分の世界を住んでいる．そして，その世界の果てには穴が空いている．僕たちはその穴を見まいとして生きている．けれど，一回見てしまった穴は見なかったことにできない．</p>

<p>　一番，記憶に残っているのは，公園のトイレに「トイレで寝ないで下さい」という張り紙がしてあり，そこに寝ている人がいたという事実だった．その世界で住んでいる人間のメンタリティーはあまりにも，今の僕たちとかけ離れているだろう．</p>

<p>　リアリティ．それが体験ということ．皆，リアリティを抱えながら，楽しくない楽しさというアンビバレントを抱えて，朝，解散した．長くて短い一晩だった．</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>山谷へ行った　山根梨佳子</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 04:57:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>有賀 雄大</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[山谷へ行ってきた]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2009/12/16/%e5%b1%b1%e8%b0%b7%e3%81%b8%e8%a1%8c%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%80%80%e5%b1%b1%e6%a0%b9%e6%a2%a8%e4%bd%b3%e5%ad%90/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>「そのお酒はどうされているのですか？」私たちが聞いた。
男性たちの前におかれた缶ビールや漫画、お菓子。
確かにそれらは「仕事がない」現状には似つかわしくない嗜好品だった。
ところがこの質問はもう一人、二人の男性の奥にいた男性の逆鱗に触れることとなってしまった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「これから山谷に行く。わくわくドキドキ！」ツイッターでそんなことをつぶやきながら、23時頃南千住駅に着いた。何もない。コンビニ、マック、商店街、だいたい東京都内のどの駅付近にも存在する商業的なものがなかった。<br />
「まぁこんなもんか。」</p>

<p>　先に到着していたメンバーと合流して宿へと向かった。宿に行くまでの道は大通に面していて、人気が少ない深夜の町、というだけで何か非日常的な、暗く陰気な雰囲気が格別漂っていたわけではなかった。しばらく歩いていると、普通の人でない人を見た。ただ歩道の脇につっ立って、ガウンのようなものを羽織っていたようだが寒いのだろうか、小刻みに揺れていた。そして何かをぶつぶつを呟いていたような気がしないでもない。服は全身薄汚い黒だった。<br />
その人の前を通り過ぎる前に、ふと私は会話をするのを止めていた。目の前は少しうつむきながら通り過ぎた。<br />
やはり後ろめたさがあったことは否定できない。通り過ぎ終わってからまた静かに会話を再開した。<br />
「あの人、そうだよね？」</p>

<p>　宿に到着し、軽く打ち合わせをした後、少しばかり山谷を歩いてみることにした。おそらく一番ホームレスが多かった場所、アーケード「いろは会」に行ってみた。アーケードの両脇にはずらりとホームレスの方々が端から端まで並んでいた。大半の人たちはそのまま床に段ボールを敷いて寝ていた。中には部屋のようなものを作ってその中にいた人たちもいた。<br />
彼らがどんな生活をしているのか、知りたかった。だから私は視線を彼らに向けた。なんてことはなかった。彼らはもう寝ていたから。</p>

<p>　他にも気になることはあった。<br />
いろは会の中にあった大きな家とマンション。どちらもとても新しくきれいだった。<br />
大きな家には、セコムが付いており、マンションもオートロック付き。決してホームレスの人が家宅侵入するとは思えないが、住人たちにとってセキュリティの問題は切実だろう。<br />
とにかくとても気になった。何故こんなところに家を建てたのか、何故こんな物騒なところにあるマンションに住もうと思ったのか。<br />
私だったらここは選ばないとはっきりと思えた。<br />
そのくらい「いろは会」は普通のごくありふれた商店街とは違っていた。暗くて不気味で、出来れば通りたくないようなところなのだ。</p>

<p>　いろは会を歩きながら視線を上にあげてみると、一軒のお店の二階の窓から人が外を見ているのがわかった。<br />
女性で、年はおそらく40代。私の視線には気付かなかったようだが、私の前を歩いていた数人のゼミ生に冷ややかな視線を向けていた。彼女の視線が移動し、一瞬目が合った気がした。と思うと、すでに窓は閉じられていた。<br />
すりガラスの窓の奥にはその女性以外にもう一人誰かがいるのがわかった。
2人はこの建物で生活している夫婦だろうか？朝になったら1階に降りてきて、商売を始めるのだろうか？<br />
少ない情報から私は必死に思いを巡らせたものの、彼女の冷ややかな視線ばかりが何度も思い返されるだけだった。今頃私たちについて何か話しているのだろうか？それとも話題にするにも値しないのだろうか。<br />
なんとなく彼女の視線は「また来たよ、こういう連中」と言っているような気がしたのだけど。</p>

<p>　宿に戻る間、とにかく彼らの生活に結び付きそうなものを見ておきたかった。
自販機が安いかどうか、ゴミが捨てられている場所ではどんなゴミがあるかも見た。ビームスのオレンジのショップバッグがゴミ山に捨てられていた。辺りを見回すとそこはすでに普通の住宅街。ほんの少しいろは会を抜ければ、もう東京都荒川区であって「山谷」ではないみたいだった。<br />
ビームスで買い物をするような世代の人だってそりゃあいるよなぁ。</p>

<p>結局彼らの生活を垣間見れるようなアイテムに遭遇することはできなかった。</p>

<p>　翌朝4時にメンバー全員で宿を出た。
もしそこでツイッターで何かつぶやいていたとしたら「山谷見学本格始動なう！わくわくドキドキ。でも雨ヤバイorz」とかそんな程度だったと思う。つまり前日の23時の気分と大して変わっていなかった。雨もまた前日同様、激しく降り続いていた。</p>

<p>　まずどろぼう市が開催されるという神社に向かった。宿からは徒歩10分弱。<br />
神社付近で、一人の男性が私たち一行に近付いてきた。足もとがふらついていたし、何か言葉を発していた。私は視線を合わせないようにした。間違いなくホームレスだった。服の襤褸臭いところや、肌の色、髪のボサボサ加減。なぜ一目見ただけでわかってしまうのだろう。確認したわけではない。でもこうやって見分けられるのは私だけではないはず。「からまれたくない」どこか恐怖感にも似た感情によって、私はその人の存在を完全に無視したのではなく、存在を確認した上であえて距離をとった。</p>

<p>　どろぼう市が行われていないことがわかった後、私たちは仕事を捌く会場となっているところに向かった。<br />
途中、大きな公園があった。いや、公園というにはもはやふさわしくない。彼らの居住空間が存在していた。人が歩く通路を除いて、一面青いビニールシートで覆われた彼らの「家」の横を無言で通りすぎていった。<br />
カメラを提げていた私は彼らの「家」を撮っていった。「家」だから問題ない。でも本当だったらいろんな角度から撮りたかったのが本音である。しかしそんなことは出来ない。<br />
青いビニールシートは誰かの造ったオブジェでも何でもない。彼らの「家」。<br />
まだ陽が昇っておらず暗かったせいもあって、視点が硬直したつまらない記録写真しか撮れなかった。仕方がなかったとはいえ、少し歯がゆい気持ちになった。</p>

<p>　何度がホームレスの方の目覚まし時計が鳴るのを耳にし、実際ホームレスの方が起きているのも見た。<br />
そろそろ山谷の町が動き出すのではないかと私は“期待”に胸を膨らませた。しかし会場だとされていたところでその気配はなかった。しばらくその近辺をぐるぐると回ったりしたものの、どうやらこちらも空振りのようだった。<br />
残念だった。せっかくだから見たかったのに。</p>

<p>途中コンビニにより休憩を挟みながら、今後の動きを確認して、再びアーケード「いろは会」に戻ってみることにした。</p>

<p>　一見するといろは会は特に変わった様子ないようだった。ところが入口付近で一人の男性が話しかけてきた。何と言っていたのか覚えていない。初めはろくに返答もせず曖昧にやり過ごし、少々進んでみた。<br />
しかし既に時間は6時ごろ。とにかく何か情報が欲しかった。「あのおじさんに話しかけちゃえばよかったね」<br />
そんな会話をしていたら、話しかけるのが有効な気がしてきて、来た道を引き返し先ほどの男性に近付いた。<br />
「どっか行くの？」男性から再び話しかけてくれた。すかさず「逆にどこかへ行かれるんですか？」一緒にいた廣安さんが聞き返した。<br />
すると彼は話始めた。「行く場所なんてない」最近、日雇いの仕事が全然なくなってしまったとのこと。<br />
隣にいた別の男性も話始めた。資格がなければ仕事はないと言ったり、それでも今どき資格を持っていても仕事がないということ。さらに彼は「どうにかしてほしい」と懇願もしていた。<br />
私たちと彼らで会話のキャッチボールが成立していたかというと、微妙なところで、初めに話しかけてきた男性は「だいたいこのくらいの時間にいつも起きるのですか？」という私の質問に丁寧に答えてくれたのだが、もう一人の男性は一方的に話しているようだった。なるべく彼らの話を引き出したかった私はとにかく聞くようにした。真剣に、彼らの話に耳を傾けていた。</p>

<p>「そのお酒はどうされているのですか？」私たちが聞いた。</p>

<p>男性たちの前におかれた缶ビールや漫画、お菓子。<br />
確かにそれらは「仕事がない」現状には似つかわしくない嗜好品だった。</p>

<p>　ところがこの質問はもう一人、二人の男性の奥にいた男性の逆鱗に触れることとなってしまった。<br />
「何が言いてぇんだよ、てめぇら。買ってんだよ!!」「さっさと帰れよ」<br />
そんなようなことを言っていたと思う。私はあまりに急な展開に当惑していた。手前で話をしていた男性二人にしか目が行っていなかったので、まず2人の他に男性がいたことすら気づいていなかった。そしてその第3の彼が突然激怒するとは。初めに話しかけた男性も激怒した彼に合わせるように「じゃあね」と突き放した。<br />
私たちはただ「すみませんでした」と謝って足早に去っていった。</p>

<p>「もうこれ以上追及するのはよそう。」<br />
そういった空気が私たちの間に立ちこめていた。</p>

<p>　何日か後にたまたま労働者にも取材したことがあるジャーナリストの方とお話をする機会があり、
山谷であった出来事を話してみた。日雇い労働者は人とコミュニケーションすることに餓えている、と言っていた。仕事がなければ宿に引きこもることになる。そういった生活の中で、人は他人とどう接すればいいのかわからなくなる。そうするとお酒を飲むしか人とコミュニケーション出来なくなり、お酒が手放せなくなるのだと。<br />
昔は山谷にはもっと立ち飲み屋がたくさんあったのだという。今セブンイレブンとなっている場所には「世界本店」という山谷を代表する飲み屋があった。現在、そのセブンイレブンのドアには「世界本店」と書いてある。<br />
彼の話が絶対ではないのだが、そういった事情がありうることは頭に入れておきたい。</p>

<p>　いろは会で私たちはホームレスと会話をした。僅かながらコミュニケーションをしたのである。<br />
あくまでも推察にすぎないが、結果突き放すことになったはものの、やはり彼らは私たちと話したかったのではないかと思う。いつも同じ人といるよりも少しでも外部の人間と話がしたかったのではないか。<br />
だから男性は私たちにフランクに話しかけてきたのだと思う。<br />
隣で私たちに資格の必要性を訴え、どうにかしてほしいと懇願したのは紛れもない事実なのだから。</p>

<p>　と同時に、話をしなかった大多数のホームレスの方々がいたことを私は忘れることが出来ない。<br />
特に話をした3人組の向かい側にいた男女2人の姿。2人は焦点があっていないようだった。ただ一点を見つめて座っていた。2人の視界に入るようなところにたとえ私がいても、二人からは私は見えないのではないかと思う。<br />
「こんにちは」と私が言っても何も反応をくれない気がする。</p>

<p>私たちのような外部の人間を認知してくれているだけでいい。<br />
怒ってくれるだけでも、人間味がある。</p>

<p>　帰りの電車の中で私が言わんとしていることを近藤くんが「精神構造が違う」と言ってくれた。<br />
話が出来ないと思った大多数のホームレスの人と私たちとでは精神構造が違ってきてしまっているため、
健全なコミュニケーションがもう出来ない。そんな仮説が浮かんだ。</p>

<p>直接寄付をする前にまず精神を通わせる必要があると私は思った。
そうでなければ寄付なんて絶対に出来ない。<br />
というよりも本当に彼らが必要としているものを理解できない。</p>

<p>　ホームレスの炊き出しのボランティアをやっている人に先日偶然話を聞くことができた。<br />
炊き出しを定期的にしていると、向こうもこちらを覚えてくれて話せるようになるとのこと。
しかも彼女はホームレスの写真を撮っている。</p>

<p>ひとまず私は炊き出しに行こうと思う。<br />
それからでないと寄付の問題も、ホームレスという大きなくくりでの問題も何もわからない。<br />
踏み出してしまったからには自分が納得するまでゆっくりでもいいからこの問題に向き合っていきたい。</p>

<p>山谷から帰る電車の中で私はつぶやいた。<br />
「山谷見学終わる。さすがに考えさせられる。難しいけど、もっと理解したいとは思う6:38 AM Nov 11th」</p>]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>山谷見学を終えて	廣瀬正義</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 03:11:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>有賀 雄大</dc:creator>
				<category><![CDATA[プロジェクト]]></category>
		<category><![CDATA[山谷へ行ってきた]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kenbunden.net/wpmu/blog/2009/12/16/%e5%b1%b1%e8%b0%b7%e8%a6%8b%e5%ad%a6%e3%82%92%e7%b5%82%e3%81%88%e3%81%a6%e5%bb%a3%e7%80%ac%e6%ad%a3%e7%be%a9/</guid>
		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2009/12/16/%e5%b1%b1%e8%b0%b7%e8%a6%8b%e5%ad%a6%e3%82%92%e7%b5%82%e3%81%88%e3%81%a6%e5%bb%a3%e7%80%ac%e6%ad%a3%e7%be%a9/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>僕は山谷に行って何を得られたのだろうか。</p>

<p>このフィールドワークの数日前、友人に本企画の概要について話すと、「何、その上から目線！？」と軽蔑と困惑が入り混じったような反応をされた。
そういった活動の意図するところは結局、「かわいそうな人に善意で恵んであげる」ことで「慈悲深い自分」に酔うことではないのか、偽善ではないのか、と友人は言った。
この言葉が胸につかえていた。山谷を歩きながら悶々と考えていた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2009年11月10日、僕らは日雇い労働者の町・山谷へ行った。
午後7時ごろ、南千住の駅へ降り立つ。<br />
どんな地獄が、非日常が、僕らを待っているのだろう。胸が高鳴る。<br />
駅へ降り立ち、ドキドキしながらひっそりとした山谷の町へ歩みを進める。</p>

<p>しかし期待に反して、山谷の町は今では開発が進んでいてきれいなものだった<br />。
こじゃれた喫茶店もあれば新築のファミリーマンションだってある。それらしいものと言えば多少の簡易旅館くらいか。それだって簡易旅館とは名ばかりでビジネスホテルと言ってもいいようなきれいなものだ。ホームレスもいるにはいるが、よそでみるのと別段変わりないし血色も悪くない。まぁ若干数が多いくらい。</p>

<p>僕の地元である大阪の方がずっとひどいもんだ。<br />
スラムと言えば、何度か大阪の「あいりん地区」へ行ったことがあるが、はるかに劣悪だった。駅を降りるとむっと鼻を突く、すえた酒と小便のにおい。コンビニのトイレでは「注射器を捨てるな」との張り紙があり、便器のそばには白い粉の残ったパケが捨ててある。自販機では缶コーヒーが40円で売られ、数百円で泊まれる簡易旅館が軒を連ねる。ガラクタを売る路上市場のはずれでは老女が道端で座り小便をしている。</p>

<p>なんだ、山谷、大したことないじゃないか。<br />
退屈だな。そう思った。退屈だな、と。</p>

<p>ここまで読まれたら、皆さんはまず違和感を持たれているはずである。</p>

<p>なんだ、こいつは？怖いものみたさだけで山谷に行ったのか？大阪のあいりん地区の方がひどいだ？珍しい体験してるって自己顕示したいだけじゃないか。結局、こいつは日雇い労働者の街・山谷に行ったんだっていう箔を付けたかっただけじゃないのか。<br />
ホームレスの方々へ血色も悪くないだと？なんて言いぐさだ。彼らは人間だぞ。勝手にものみたいに値ぶみじみたマネしやがって。何様のつもりだ。</p>

<p>そう思われたのではないだろうか。<br />
あえて、そういう角が立つ書き方をした。<p>

<p>僕の人間性が疑われるかもしれない。しかし実際、当初の僕の率直な感想は、つまるところ上で書いたようなものだったのである。<br />
つまり、非日常的な刺激、珍しい体験をしたという経験、話題のネタ。そうしたものが欲しくて山谷に行ったのだ。<br />
なんという自己中心的思考！同じ人間である他者の苦境を自己満足・自己顕示の道具として利用する自己中心主義！自分の心ながらおぞましい。</p>

<p>何より最悪なのは、そうしたドロドロした心情を「貧困の現場を直視することで貧困について考えるきっかけ・土台を作る」といったきれいごとのオブラートでつつみこみ、あたかも世のため人のために高尚な活動をしているかのように欺いていたことだ。それも他者をではない。自分自身を、である。</p>

<p>僕は山谷に行って何を得られたのだろうか。</p>

<p>このフィールドワークの数日前、友人に本企画の概要について話すと、「何、その上から目線！？」と軽蔑と困惑が入り混じったような反応をされた。<br />
そういった活動の意図するところは結局、「かわいそうな人に善意で恵んであげる」ことで「慈悲深い自分」に酔うことではないのか、偽善ではないのか、と友人は言った。</p>

<p>この言葉が胸につかえていた。山谷を歩きながら悶々と考えていた。</p>

<p>その晩、ある男性に「青二才が！気安くヤマ来んじゃねぇ！」とどなられた。<br />
愛想よく対応してくれる人がいたので気を良くして彼らの生活について質問していると、そばにいた人に「おめぇ、一体何が言いたいんだ？」とすごまれた。<br />
彼らの顔は怒りで紅潮し、ぶるぶると震えていた。<br />
僕は罪悪感でいっぱいになった。怒鳴られて怖気づいたからではない。自分の自己中心性にようやく気付いたからである。</p>

<p>行動しない善より行動する偽善とはよく言われる。しかし果たして福祉はそうした消極的な偽善に帰着するべきなのだろうか。僕はそうは思わない。</p>

<p>本企画の核には「他者への共感」があるが、福祉も本来、共感に基づくものだろう。<br />
共感を持つことが第一歩なのだ。共感があってこその福祉だ。</p>

<p>動物園でも見るような気分で山谷に行った自分に決定的に欠けていたもの。それは他者へ共感を持とうとする姿勢だったのだ。</p>

<p>それでは、その人と人とを人間的に近づける共感のきっかけになるものとはなんだろう。僕はそれは「対話」だと感じる。</p>

<p>そしてやはり、山谷の福祉センターには「人生、家族、日々の悩み、どんなことでも話聞きます」と書かれた看板があった。</p>

<p>人を救うのは衣食住の支援だけではない。他者に自分を理解してもらい、一人の人間として尊重してもらうことが、必要不可欠だ。</p>

<p>人に興味を持ち、共感すること。独りよがりにならないために、他者といきていくために、必須だろう。無関心が人を殺すのだ。</p>

<p>貧しい人に対して、モノとしてではなく人間として近付く第一歩は対話なのかもしれない。</p>

<p>山谷に行ってそんなことを思った。</p>]]></content:encoded>
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		<title>山谷体験記　有賀雄大</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 02:52:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>有賀 雄大</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[山谷へ行ってきた]]></category>

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		<description><![CDATA[<a href="http://kenbunden.net/wpmu/blog/2009/12/16/%e5%b1%b1%e8%b0%b7%e4%bd%93%e9%a8%93%e8%a8%98/"><img align="left" hspace="5" width="150" height="150" src="http://kenbunden.net/wpmu/wp-content/plugins/thumbnail-for-excerpts/tfe_no_thumb.png" class="alignleft wp-post-image tfe" alt="" title="" /></a>「このガキ。ガキがヤマ来んじゃねえ。」
やや大きくなった声で耳の後ろから言われた。「ヤマ」とは山谷の「山」だろうか。私はひるんだ。首の筋肉は硬直し、足は運動方向を変える能力を失い、私は歩き去るしかなかった。その時の私の姿は、あたかも全く何も聞こえていないかのようだった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[　<p>私は、東京大学立花隆ゼミで、「寄付の直接性」という企画を進めている。直接的な寄付の即効性・透明性と、それに感情の果たす役割について考える企画である。私と他の何人かのメンバーは、企画を本格的に立ち上げるのに先立って、現代日本の貧困の現状認識を共有するため、日雇い労働者やホームレス、安宿で有名な荒川区「山谷」地区を泊まり込みで見学することにした。</p>

<p>午後7時、JR日比谷線の南千住駅で電車を降りる。私たちとともにこの駅で降りた客は極端に少なかった。雨の降る前の湿った冷たい空気が地面にしみ込んでいるような肌寒い日だった。</p>

<p>　駅を出て、まず我々は宿を確保するため大通りを南下した。大通り沿いには書店、薬局、居酒屋が並ぶ。ホームレスの姿は見えない。ところどころ、新宿や渋谷では出会ったことのない異臭がする。<br />
　有名な涙橋交差点を過ぎたところから、路地の中に入る。目の前にアーケード街の入口があった。「いろは会」とある。<br />
　このときはじめて本格的に山谷の路上生活者と出会った。かれらは道の中央で酒盛りをしている。座って飲むもの、立って飲むもの。互いに語り合い「うごめき合っている」。<br />
　私はそのアーケードをくぐっていく勇気がなかった。「あとでまた来よう」とメンバーに告げ、アーケードの入口で左折し、狭い道にはいりこんだ。そこでも一組の老人が酒盛りをしていた。道の右側に一人、左側に二人、何かを語らい合っていた。私たちはそこを通りぬけるために彼らの間を横切っていった。横切った瞬間に老人の一人が声を出した。<br />
「ガキが」<br />
静かだが威圧感のある声だった。私は後ろを振り向くことができなかった。そのまま歩き去ろうとするとまた背後から声が聞こえた。<br />
「このガキ。ガキがヤマ来んじゃねえ。」<br />
やや大きくなった声で耳の後ろから言われた。「ヤマ」とは山谷の「山」だろうか。私はひるんだ。首の筋肉は硬直し、足は運動方向を変える能力を失い、私は歩き去るしかなかった。その時の私の姿は、あたかも全く何も聞こえていないかのようだった。</p>

　<p>山谷には安価な宿泊施設がたくさんある。相場は一泊二千円台前半～三千円。なかには一泊二千円をきるものもあった。「冷暖房完備」「カラーテレビ有」など、他ではあまり見ないような掲示がされていた。宿泊料を月額で表示してあるところも少なくない。オフィシャルな受付を構えるものもあれば、普通の古い民家に「一泊～円」という張り紙をしてあるだけのようなところもある。<br />

　私たちは目星をつけていた宿にたどりついた。ウェブで検索して見つかった宿のなかではもっとも安い宿である。　宿の待合室には外国人向けのパンフレットが置かれ、無線ランが設置されている。山谷の安宿を外国人旅行者がよく利用しているという話は本当らしい。部屋に通された。パイプベッドが一つ、ダークグレーの床、電話機、コンセントのあるシンプルな部屋だ。ベッドは高級な寝心地こそしなかったが、部屋は全体として清潔で過ごしやすそうだった。宿には共同の個室シャワーや自炊用スペースが設置されており、「生活する」には申し分ない環境だった。</p>

<p>　宿を確保した私たちは、夕食をとりに出かけることにした。9時前だったが、歩いても歩いても飲食店が見つからない。大通り沿いにはマクドナルドなどの大型チェーン店はなく、小さな飲み屋ばかりがあった。その飲み屋も、扉をぴしゃりとしめて静まり返っているもの、メニューも看板も何も掲げていないものなど、客として入っていいのかどうかもわからないようなものばかりだ。やっと一つの中華料理屋を見つけるまで、私たちは数十分歩きまわることになった。</p>

<p>　食事を済ませ、例の「いろは会」のアーケードへ行った。10時ごろだった。入口付近で酒盛りをしていた人たちはもうそこにはおらず、路上生活を営む人たちはすでに大半が眠りについていた。アーケードの両側には布団が敷かれたり、段ボールの敷居が立てられており、その中で人は静まり返っていた。段ボールで周囲を囲むのはなぜだろうと気になった。生活者のほとんどは高齢の男性。若い男性も少しだけ混じっている。女性は見当たらなかった。<br />
　私は彼らを起こすまいと、息をひそめて歩いた。それが彼らに対する配慮・思いやりだったのか、それとも彼らを起こして何らかの関わりを結んでしまうことを恐れていたからなのかはわからない。先ほどの経験から、彼らが私たちの行動に対して怒ることも十分予想していた。裕福な若者が興味本位で彼らの生活の場に侵入したことに対して怒るのはもっともだ。だから彼らになるべく認知されたくないと思ってしまっていた。<br />
私の視線は何かを注視することなく動き回った。人間の眼は、視界の中心の杆体（かんたい）細胞が集まる部分で対象を見る。視界の中心以外の部分では実はぼんやりとした光情報しか得ることはできない。その光情報は、視界の中心で見たものをもとに推測されるイメージによって補完されている。その時の私の視界の中心は、何も見ることができなかった。とにかく見ておかなければ、と思い、見た。だが、それは視界全体でひらひらとアーケードをなでていただけで、何一つ長く見続けることはできなかったし、深くのぞきこむこともできなかった。<br />
まだ眠りについていない人たちもちらほらいる。椅子に座った男性が声をかけてきた。<br />
「どっからきた？」<br />
どう答えてよいものかわからず、<br />
「…東京です。」<br />
それだけ言って、通り過ぎてしまった。今思えばそこで立ち止まってもっと話をしてみればよかったと思う。それは彼らとのコミュニケーションの糸口を見つける貴重なチャンスだったかもしれないのに。そう後から悔やまれる。<br />
アーケードを歩いて感じたショックを漠然と抱えながら、周辺を見学し、宿へ帰り、私たちは短い睡眠をとった。</p>

<p>翌朝3時、私たちは起床した。そのような時間に起きたのは、早朝でなければ見られないと言われていた二つのものが見たかったからだ。一つめは「手配師」である。山谷には、その日の日雇い労働を人々あっせんする非合法業者がいると言われていた。彼らは早朝に日雇い労働者たちのもとを回り、一日の雇用契約を取り付けるのだという。噂によれば早朝５時前に行かないとそのような光景は見られない。二つめは「どろぼう市」。盗品などの非合法売買がと玉姫稲荷神社の近くで行われるらしい。<br />
土砂降り雨のなか、真っ暗な山谷の街を歩いて、玉姫稲荷神社についた。周囲を散策してみると、裏手には公園があり、アーケード並みの路上生活者の密集地となっていた。アーケードに比べ、固定的に住んでいる人が多いらしく、ブルーシート製のテントが公園の隅々（文字通り）に張り付いていた。棒の間に針金が渡された物干しのようなものもあった。唯一屋根のある公衆トイレの中には一人の人が寝ており、そのわきには、「トイレで寝ないでください」の掲示。<br />
結局、どろぼう市は噂されている場所では開かれていなかった。平日のせいかもしれないし、雨のせいかもしれない。</p>


<p>「手配師」が仕事を配るのは、職業安定所の近くらしいというので、そこへ行ってみたが、何人かの路上生活者が寝ているだけだった。交番へいってたずねても、有用な情報は得られず、結局あたりをぐるぐると探し回って宿へ帰ることなった。一時的に別行動をしていた他のメンバーが路上生活者の人から聞き出した情報によると、近頃は日雇い労働の仕事がほぼないらしい。私はその場にいなかった。ついに私は、路上生活をする人とコミュニケーションをすることはせずに山谷見学を終えた。</p>

<p>この一泊で私が感じたものは路上生活者たちと私の間にある、とてつもない「距離」だった。「寄付の直接性」の企画のコンセプトは、感情を介した直接的な寄付の迅速性・透明性だが、私は山谷の路上生活者を目の当たりにして、寄付など到底できそうもなかった。「あの人たちにお金を分けてあげたい」という感情は湧かなかった。むしろすぐにその場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。この「距離」はなんなのだろう。東京のいたるところの駅には野宿をしている人たちがいるが、その人たちを見ても今回のような気持ちを味わったことはなかった。山谷で出会った路上生活者は、密集していた。アーケードの両脇にずらりと並んで寝、道の真ん中で座って酒盛りをする、そこは彼らのテリトリーであり、立ち入ってはならない、そういう空気を感じた。はじめに老人に怒鳴られた、「ガキがヤマ来んじゃねえ」が頭に染みついている。その空気は今回の見学の間中私の心の中に充満していた。私の先入観のせいかもしれない。雨のせいかもしれない。彼らが高齢男性だったからかもしれない。もし高齢男性でなく同年代の人だったら。子供だったら・・・</p>

<p>朝10時、帰る前に私は一人でもう一度例のアーケードをのぞきに行った。店は全く開いておらず、代わりに再び彼らの宴が始まっていた。<br />
彼らはずっとあのままなのだろうか。彼らをあそこから脱出させるにはいったいどのくらい時間がかかるのだろう。そもそも彼らはそれを望むだろうか。世の中には住居と仕事があっても過酷な貧困と重労働にあえぐ人たちもいる。そうなるよりは路上で生活するほうが良いと思うかもしれない。</p>

<p>何が解決なのかすらわからないが、一つ確かなことは、路上生活者という非人間的な外見が、あの人たちの中にある人間的なものを見えにくくしてしまうということである。</p>]]></content:encoded>
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