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2010年度《見聞伝 駒場祭特設ページ》
2009.3.29 | by admin

パネルディスカッション: 人間にとって科学とは?

パネルディスカッション(全文)

パネリストの方々

立花

たくさんの演者の方々の、圧倒的に情報量が多い話を伺いまして、それぞれに、科学的発見をどう考えるかという話があって、その上で、今日の、あえてご紹介するまでも無く、プログラムに詳しいしご紹介はあります。

ここでは簡単に、小林先生はもう紹介するまでも無いノーベル賞受賞者というだけで

田村さんは共同通信で、ずっと科学関係の論説なんか、科学部長をおやめになった、科学ジャーナリスト、なんでも知っている人です。

中村先生は、かねてから、日本女性の科学者といえば常にこの人という感じでご登場されているから、みなさんよくご存知だと思います。

天外(てんげ)さんという形になっているのは、実はここに書いてあるように、本名は土井さんといって、ソニーの元常務でして、ここんは簡単にAIBOの開発者となっていますが、ほかにもソニーでやったいろんなこと、とくにコンピュータサイエンス研究所から、AIBOのあとにやった、非常に有名なソニーのロボットとか、あるいはソニーのワークステーション、そういうものを一貫して開発しいらっしゃった方です。

天外さんという名前、自分で希望してこの名前にしたんですが、知っている方はご存知のように、土井さんが天外さんの名前で書くものは結構怪しいものが多いんですよ。

それで、こういう希望を聞かれたんで、発言は怪しい部分もあるんですかと聞いたら、決してそういうことでは無いということです(笑)

紹介はその程度にとどめまして、まずは今日のいろんな演者の方々の話を受けまして、どういうふうに、それを聞いて、自分なりの科学的発見とは何かという点についてどう考えておられるのかを小林先生の方から一人ずつ語っていただければと。

小林

小林です。直接発見とはではないんですけど、このシンポジウムの副題を、「泥沼から見晴台へ」というのを見まして、これは素粒子物理の60年代から70年代にかけてのことにぴったりの表現だなあと思いましたので、ちょっとそのニュアンスをお話したいと思います。

個人の、というより分野全体で、もう少し長い感じですけども、70年代の初めにいわゆるゲージ理論というのが、素粒子の力の理論の枠組みができあがって、そのおかげで一気に素粒子の記述が可能になった。それがいわゆる標準模型といわれているものですけれども、その前の状態というのは、そういういろんな枠組み無しでやっていた時代で、かなり怪しげな議論もまかり通っていた。ただ、そういう中で飛躍に向けての蓄積というのも着々と進んでおり、南部先生の自発的対称性の理論というのはまさにその60年代に行われた議論の一番鍵になる業績だったと思います。

逆に私の方は、70年代に新しいやり方が出たというところで、それも使って懸案を議論してみたら、比較的簡単な答えが出てきたということであります。まさにそういう飛躍のときというのはあるわけですけども、それいたるまでの準備の過程というのとセットでモノを見ないといけないな、と思いました。

立花

ちょっと小林先生ひとつ質問していいですか。

例の有名な小林益川理論の出発点といいますか、あそこで、すでにいろいろ出ている話の中で、益川さんがお風呂に入って、お風呂から出るときに六元模型がぱっとひらめいたみたいな話がありまして、そのあと、実はアノ時代に、お二人が京都にいらしたときに、やはり京都大学でいっしょにいらしたというか、もうひとり、高エネ研で、具体的に言うと吉岡さんが、あのときちょうどお二人と一緒に、一緒の場面をよくごらんになっていて、「アノ二人はアノころ、我々がまた新しいものを作ったっていう感じで、ものすごい高揚感に包まれていた」みたいなそういう感じの話をこのあいだ聞いたんですが、あの6元模型を見つけたときには、これだ!といういかにもそういう感じがあったんですか?つまりそれは先ほどの話で言うと、核融合研の伊藤先生が、ビール屋でこれだ!と二人でして地面に(方程式)書いて、お互いになるほど、それ、という感じのものです。

小林

多少期待を裏切るかもしれません。私自身にとっては、アノ仕事で一番、興奮ということはないですけど、ある種のわかったという感じを思ったのは、むしろもっと前の段階。要するに、ゲージ理論の発展を眺めていくに、どうもこの理論ではCPの破れが入りそうに無いな、という風に感じて、ここはちゃんと調べなくてはいけないなと思った瞬間が、一番いまからいうとホットな瞬間だったかなと。その後は、6元クォーク模型自じしんはいろいろな可能性のひとつですし、その時点ではそれ以上の明確なものがあったわけではないので、それ自身に対してそれほど確信があったというわけではないです。

小林誠氏と立花隆・プログラムコーディネーター'

立花

もうひとつだけいいですか。

その流れで、つまりよく小林益川理論の成り立ちの過程で、益川さんがいろんなアイデアを出しては小林先生がそれはこれがだめこれはだめと、次々に益川さんが新しいアイデアを繰り出すと、小林さんが切り捨てていったという話が、先ほどの伊藤先生の話の中で、奥さんは直感ひらめき型で、次から次へアイデアを出すんだけど、旦那さんに出すと、旦那さんが小林先生的な非常にロジカルな方で、それは可能性がないこれは「可能性がないとつぶすという、わりと二人の人間が組むとうまく行くということがあるのかな、と思ったんですが、そのようなことはあるのでしょうか。

小林

そうですね、もちろん議論の段階ですからどちらかが何かアイデアを出して、もう一方が反論して…というパターンはあるんですけど、その役割がいつも一方的だとは思わないです(笑)

立花

ありがとうございます

それじゃあ中村さんお願いします。

中村

今日聞かせていただいた感想をまず申し上げます。

この年になりますと仕事のお話を聞くのはたいていいろんな申請を聞いたり、プロジェクトの評価をしたり、そんなところでお話を聞くことが多いですから、今日は本当に、あんなに楽しそうに話す、そういう場所では、そういう話し方では、話を聞けないんですよ。やっぱり、こういう花しかし、そういうはなし方ができる場所が無ければいけないなとつくづく思いました。なぜかというと、お金と役に立つ、が話に必ずくっついている。必要ではないとは言いませんけど、この生き生きした科学の状況をもっともっと大事にしないといけないと感じました。

それから、二番目には、みなさん伺っていて、ほんとに好きとか、つらいことはいっぱいあるわけだけど、好きだったりたのしかったりそういうことがベースにあるわけですね。

私は、科学っていうものはそういうもので、そういうものとして社会に認めていただく。役に立つ、役に立つというのは何かわかりませんが、そうじゃなくこういうことがあることが大事なんだよという風に学問を学問として社会に認めていただくということがとても大事だなあと思いました。

三番目に自然を見る。立花さんが最初におっしゃいました。マザーネイチャーからの贈り物だということが分かっていて、予測不能のことが出てくることが面白いんだと。それはそうなんですが。ただし、お話を伺っているとあきらかに、予測不能のことを出すためには絶対に積み重ねが必要だと。

それと、考えることが必要。それにはお一人お一人の積み重ねももちろんあるけれど、さっきの加藤さん、一番若い加藤さんが高橋先生を活用なさった。活用なさったというと変になっちゃうんですけど、私ああいうタイプの積み重ねは素晴らしいって思うんですよ。そういう形での積み重ね。それから何人かの方がおっしゃった、発見するためには自分が切り口をもってなくちゃいけない。自分のことをもし話すとするならば、私、生命誌っていう形でいろんなことを考えていて、今日はその話は時間がありませんから致しませんけれども、私自身も自分の仕事がほんとに納得してできるためには切り口をもってないとできないっていうように思います。

で、それが今では新しい技術の、工藤さんおっしゃったし、加藤さんもそうですし、技術っていうのは明らかに切り口ですね。ただし、ひとつは考えること、コンセプト。それが切り口で。今日はそういう、なんていうかな、科学のもってる本質みたいなものを様々な分野で聞かせていただけて。

すごく今日は日本のなかではすごい贅沢な時間だったような気がします。

立花

そうですか。じゃあ、田村さん。

田村

私はたぶん、唯一の理系ではない、文系の人間だと思うんですけど。

立花

僕も文系です。

田村

ああそうですか。立花さん、はやくからすごく科学のこと書いておいでになるから。私も文系でいながら科学部というところに籍を置いておりまして、科学者の科学の成果を市民に分かりやすく伝えるということを頭において仕事をずっと、1960年代から30年くらいしたんですけど、今日のような、なんて言いますか、科学者の人間的な横顔が非常に生き生きと語られたような記事を一回も書くことができなかったな、と非常に今日はしょぼんとしました。それくらい今日のお話は非常に面白かったと思います。

私はかねてから、今の社会でこどもたちのところを歩きますと、何になるかというのを聴くと思いますが、こどもたちは昔は、私たちの子どもの頃は、「末は博士か大臣か」というような比喩が良く使われましたけど、今のこどもたちに話を聞くとたいてい、歌手か、プロ野球の選手か、格闘家とかですね、そういう答えが返ってきます。なぜかっていうと、そういう成功のモデルっていうのが世の中充ち溢れています。で、その陰にあって、今日のような、ものすごく、もう、自分がこの道だっていう好きなことに賭けて、研究生活をし、もちろんすごく大変なこともありながら、最後に嬉しい瞬間を迎えたそんな喜びというものを、子どもたちや一般市民たちはこれまでなかなか聞く機会がありませんでした。

やっぱり、それは私も中村さんがおっしゃったように、科学研究の成果を記事に書こうと思うと、これは何の役に立つのかっていうことがまず、何と言いますか、会社の上の方の人からかえってきます。日本では、何の役に立つかっていうことが非常に重視されて、それが、できれば産業とかお金に結びつくことばかり重視して何十年も走ってきた結果、いまみたいな世の中にどうもなってしまったのではないかと思うので、科学の応援団として私はずっと、本当の科学の発見を、具体的な賞が出るより前に市民の人に伝えるということを心がけてきましたけれども、それほどあまり上手にできなかったんですが。

今日のお話を聞いていますと、どなたのお話も共通して、やはり私の頭に一番残ったのは、この素晴らしい先端の研究者の方のうしろには、先人の苦労の歴史がずっとあって、それがここにきて花開いたと。そういう風なことを非常に感じさせました。

私が若いころ、記者のころは本当に、野辺山の45mの望遠鏡をつくるのに先生方がものすごく苦労されて学術会議で申請したり、国会に出したりして、苦労されてやっとできたというこということを知っていましたし。

あの頃、まだDNAの切れ端を取り出して読むことがすごく大変だった。それからくらべると今は、大きな最先端の機械が、計測器や観測機がすごくあって、あっという間にものすごい量の情報が生まれてきてしまいます。それは科学的な最先端の発見に寄与していますけれども、でも、最初からそれに走ってしまったら、この研究者の努力の末の面白さっていうものは伝わらないので。若い世代の人たちは、本当に手作りの科学の面白さを知らないまま、巨大な計測器に頼るようになっていかないかなという危惧も感じて、これからどのようにそういうものを伝えていけばいいのかなというのが私が一番感じたところです。

科学的発見っていうのはやっぱり、歴史の上に立って努力した人のもとに、天から贈り物としてくるのかな…という感じが私にはしました。

立花

どうもありがとうございました。それじゃあ、天外さん。

天外

ええ、名前を使い分けておりまして。天外伺朗で出るときは少しあやしい話が必ず入るということになっています(会場笑)。

私は今日の講演者たちとは違って、先ほど紹介がありましたようにコンパクトディスクとかね、○○とか、技術開発の世界に携わっております。

で、立花さんの冒頭のお話ですと、発明は努力だと、サイエンスとはちょっと違うんだといったニュアンスのお話がありましたけれども、でもね、単純な積み上げでできる発明と、ものすごい飛躍が必要な発明というのがあるわけです。その飛躍をするときに何が必要なのか。僕は今までの経験上、「燃える集団」という言葉を作ったんです。みんな夢中になって取り組んでいるような姿を思い浮かべるかもしれませんが、そんな生易しい話ではないんです。チームがみんな夢中になってやっていると、ある日突然スイッチが変わることがあるんです。そうすると、普通のエンジニアが「スーパーエンジニア」に変身してしまうんですね。アイデアが湯水のように湧いてくる。すごい大変な問題がたくさん起きても、その困難に対してぶつかって、突破していっちゃう。困難を困難と思わないようなチームになってしまう。そういう状況を、「燃える集団」と名づけてるんです。

(左から)天外伺朗氏、田村和子氏

でも、ここまではいいんですが、ここから少し怪しくなるんです(笑)

それだけではなくて、そういう状態に入ったときに、どう考えても、運が良くないといけない。今日の講演の中で、加藤先生が神社でおみくじを引いて大吉が出たという話をされましたが、最先端のサイエンティストでもおみくじを引くんですよ(笑) やっぱり、素晴らしい発見には必ず運が必要です。この「燃える集団」に入ると、明らかに運が良くなる。例えば、どうしても必要な人に最高のタイミングで会えるとか、どうしても必要な部品が突然発売されるとか、そういうことが次々に起きるんです。不思議です。さらには、僕らは当然「判断ミス」をするわけですが、そのミスが逆に「うまくいく」要因になったりします。

そんなチームを「燃える集団」と名前をつけて本に書いて、これが「怪しい」とか「オカルト」とか「トンデモ本」なんて言われてますけど、でもこれは経験上必ずそういうことが起こっています。逆に、そういう状態にならないと、なかなか飛躍が起きないんです。ごく最近、それをある程度読み解くことができました。チクセント・ミハイという心理学者がフロー理論というのを1960年代から研究してまして、その中で、無我夢中で何かに取り組んだ状態を「フロー」というんです。「流れ」という意味です。「フロー」の状態とはどういう状態であるか、どうしたらそういう状態に入れるか。それを彼は心理学として学問的にちゃんと研究しています。それを使うと、今の「燃える集団」が説明できるんです。チクセント・ミハイに会ったときに、僕が「風呂に入ると運が良くなるでしょう?」と尋ねると、彼は頷いてくれませんでした。やはり学者ですからね。でも僕は経験上、風呂に入ると運が良くなると思っています。

それで、このフローの状態は、研究者は必ず経験していると思います。研究者自身はフローという言葉を知らなくても、まともな研究者だったらフローの状態で研究しています。そしていい成果が上がっているわけです。フローということがしっかりわかってくると、それをある程度定式化することができます。皆さんも、今日の講演を聞いて、「どうしたら私たちも独創的な仕事ができるだろうか」「どうしたら飛躍ができるだろうか」「どうしたら運が良くなるだろうか」と思われるでしょう。これははっきり言って、できます。ここから先がちょっと怪しいんですけども、フローというのはどういう状態かというと、講演の中でも脳の話が出ていましたが、爬虫類時代までに発展した「古い脳」がものすごく活性化した状態がフローの状態だと思うんです。これは、学問的ではないですよ。直感的に言っているだけです。もちろん、新皮質も活性化しないといけないんだけど、古い脳も同時に活性化した状態。そういう状態にもっていくトレーニングというのはできます。逆に言うと、今の学校教育というのは、新皮質ばっかり鍛えていて、古い脳の活性化というのを教えていませんから、みんな独創性がなくなっていく。そういう印象を受けています。

立花

どうもありがとうございます。

さて、この先は司会者を気にせずに自由に語り合ってください。今日登壇なさった先生方も議論に参加されてもいいし、あるいは、先生方に「あそこを聞きたかった」的な質問をしていただいてもいいです。

その前に、先ほど講演なさった工藤先生にお尋ねしたいんですが、元々の工藤先生の演題は違ったんですよね。それで、他の人が「こういう演題はどうだ」とヒントを与えてくれたから変えた、ということを講演の中でおっしゃいました。それで、元々の演題は「秀才のあいだに入った鈍才の苦しみ」的な、ちょっと変なものでしたよね。あの話自体が、かなり面白い話ですので、せっかくですから、その立ち消えになった部分を少し話していただけませんか?

工藤

こういうことになるとは思いませんで・・・。もともとは「脳科学に迷い込んだ鈍才の苦しみ」というタイトルでした。実は私は、大学院も出ていませんし、留学もしていません。生命系に移ったときに、最も学歴の少ない男というのが私の売りだったんですね(笑) このあいだ下村先生がノーベル賞をとられたときに、長崎大学薬学部卒の人間でもノーベル賞をとれるんだ、とおっしゃっていました。

それを聞いて私はとてもうれしかったです。要するに、どこを出たか、ではないんです。今何ができるか、です。今の日本は、学歴とか、どの先生の下で学んだかとかが、妙に重要視される。これは悪いことではないです。もちろんいい先生につくべきだと思います。でも、必ずしも誰もがいい先生にめぐり合えるとは限らない。でも、「悪い先生についたら終わり」かというと、そうではない。要するに、最後は自分の努力である、と私は言いたかったのです。何でも、本当にやりたくて、一生懸命やったら、何か出てくる。そうなると、本当に楽しいと思うんですよね。やっている最中が。最後はどれくらい覇気を込めてやるかによって決まるんだと思います。それを思わなかったら、新しいことは何もできないと思います。

工藤佳久先生

立花

ありがとうございます。

それと、もう一つ加藤先生にお伺いします。先ほど、研究の中で高橋先生という先生をうまく「利用」したといった話をなさいましたが(笑)、どう利用なさったのかをお尋ねしたい。加藤先生が書かれたものを読むと、高橋先生が果たしてくれた役割というのはかなり大きかったようですが、もう少しそこをお尋ねしたいと思います。

加藤

限られた時間で申し上げるのは難しいのですが、高橋先生は御茶ノ水女子大(当時:東京女子師範学校)を出られて、名古屋大学工学部で日本で始めて女性で博士号をとられました。その後、いろいろなところを転々とされているんですが、55歳のときに名古屋でアーモンドの酵素を発見されたんです。別の目的で、あるタンパク質の配列を決めようとしていた過程で使っていた、アーモンドの中の不純物から糖鎖をうまく引き離す酵素を発見された。本来は、別の目的で研究されていたんですが、その時点から、その酵素自体の研究を始められたんです。そかも、その酵素がいかに珍しい特性を持っているかということを実証するために、糖鎖をひとつひとつ、いろんな資料から探していったら、それを実証する過程で「点」が一つずつ増えていく。それがいつの間にか数百の「点」になり、今まさにグライコミックス(糖鎖解析)という領域のひとつの走りになっているんです。高橋先生が点を一つ一つうつ時に、これはどうしても最初は別の方法で決めなければなりませんから、NMRなどを使って支援されていた先生がいて、そこを私が一部お手伝いしていたんです。その関係で、逆に今度は私たちが複雑な糖タンパクの構造を調べることを決めたときに、その糖鎖の配列をまず決める必要があります。

それにはそれまでに積み上げられてきた3Dのマップがなくては立ち行かないということです。

元々、別の形でのコラボレーションを長年積み上げていたのですけれども、私の名古屋市立大学への着任を機に発展したと言うことです。そこには色々な偶然ですね。ご自宅も近かったし、研究分野の性質も非常にマッチしていました。

そして当時ミツカンの研究所長でいらしたんですけれど、それを直ちに辞めて、最初は「大学院を受けなおして院生として入りたい」と仰った。「それは先生あんまりだ」ということで、最初は研究員、そして客員教授、今は名誉教授という形で、先生のお仕事自体も、構造生物学と直接結びつかない所でも、独自の発展をされている。

私の研究室でも今その分野を展開している学生もいますし、現在の構造生物学が、これまで手の届かなかった分野に挑戦するのに大きな救いを差し伸べてくださっている。私は必ずしも「活用している」とは思ってないんですけども(会場笑)。お互い非常に良い出会いだったと考えていますけれども。

加藤晃一先生

立花

そうですか(笑)。田村さんのお話の中で、今日本の社会で科学の話題になると、「それが何の役に立つんだ」という話がすぐに出る、という話がありましたけれども、そこで小林さんにお伺いしたんですが、

私は高エネルギー研の、というか素粒子系の研究者のかたがたを結構沢山取材しているもので知っているのですが、戸塚さんにしても、「ニュートリノの研究なんて何の役に立つんですか」と聞くと、あの人は堂々と「それは100年経っても何の役にも立ちません」と言いましたよね。(会場笑)

けれどニュートリノはともかく、ミューオンなんかは火山の溶岩が見えて火山の診断に使えるんだと、それ自体は面白いですけれども、相変わらず、一般社会の役に立つ立たないで言えば殆ど役に立たない訳です。小林先生も、自分が何かの役に立とうと思って研究したことなんて一回もないでしょ?(会場笑)

小林

はい。(会場笑)どうしてもこういう話題になってしまうんですけれども(苦笑)。「役に立つか立たないか」と言われれば、少なくとも、予見できる範囲では役に立たない。

もちろん量子力学にしろなんにしろ、100年経って、今は十分役に立っていると思いますけれども、進歩のスピードが速い訳ですから、いつどうゆうことになるかは予見できないと。これはまぁ言い訳でして、こういった基礎的な概念とか自然の成り立ちについての知識とか、一つずつの結果が直接ということではないにしても、そういうものが集積してできる「世界観」と言いますか、

「物質感」といいますか、それ自身が基本的に人の考え方に影響を与えると言う働きはある。いつもこういう辛い答弁をしています。(会場笑)

立花

僕はそれは全然辛いことはないと思う。僕は素粒子系の人は堂々と一貫して開き直ってるべきだと思うんですね。(会場笑)僕は小林さんの価値は何よりも、そういう自分の好きなことだけやってて、ちゃんとノーベル賞を獲って、日本の社会に刺激を与えたこと自体、だと思うんですね。

その後、滅茶苦茶いろんな所に呼ばれて、いろんな意見を求められて、何かもっともらしいことを言わなくちゃいけなくて、それが小林さんを傍で見ているとすごく辛そうなんですが(会場笑)。そういうところに呼ばれて、小林さん、決して迎合しないですよね。いかにももっともらしい事は言わない。壇上で子供たちと話したり、高校生と話したり、テレビで若者と話をしたりして、色々普通の人だったら迎合しそうな所で、

全然迎合しないで堂々とやっている所がエライと思っているんですが、どうですか?(会場笑)

ああいうところで、日本の若い人に接して、逆に「これでいいのか」と思うことはありませんか?

小林

えーっとですねぇ、直接それには答えられないんですけれども、ちょっと教育の問題になりますけれども、やはり中学とか高校とか、実は大学も含めてだと思うんですけれども、そこで”科学”という意味で教えられる内容が、ちゃんと時代の進歩を追いかけていないのではないかなというイメージなんです。

そういう中で教育を受けていて、そのツケが、実際には大学の高学年や大学院に回って来ているのではないかと。要するに新しいことは大学院まで行かないと学べない。実際大学院の人は知識をかけるだけ(?)で、研究者としての本当の能力を身につける機会を奪われている、そういう感じを少し持っておりまして、その意味で多少将来に問題があるかなとは思っています。

ですからやはり、新しい知識が付け加わったことによって、本来それぞれの学問の中のもっと体系的な進歩があるはずですから、それを踏まえた教育の内容とか、そういうことを見直していく必要があるのかなと思います。

小林誠氏

立花

今の科学の進歩に、教育がついて来ていないと言う所はすごくあって、量子力学だろうと相対論だろうとゲージ理論だろうと、そのエッセンスの核の部分は、分かりやすく伝えようと思えば伝えられる内容なんですよね。

そういう形で伝えないから、本当の科学の先端が分からなくなってると思うんですよね。僕は先ほど出した戸塚先生の科学入門を読んで初めてちゃんと分かったんですが、焚き火でも何でも、そのスケールでE=mc2がちゃんと起きているんだと。

全てのエネルギーで、全ての段階で、こういった過程はちゃんと起きていて、それをちゃんと計算するとこうなる、という具合に示されると、「なるほどそういうことか」とちゃんと分かりますよね。(このページ[http://kenbunden.net/totsuka/02/07.html]の内容か)

あれを見て初めて、「E=mc2が関係あるのは原爆なんかだけ」といったイメージがありますけれども、実は全然そうじゃないことが分かりますよね。

そういう伝え方が多分必要で、ゲージ理論だって、言葉を伝え方を工夫すれば伝わるはずです。

長島先生の教科書(?)には「量子論、相対論、ゲージ理論は現代の科学の最先端の一番の基礎法則だから知っておくべきだ」みたいなことが書いてありますね。ですから、小林さんそういうところを是非伝えてください。

中村さんどうぞ。

中村

お話を聞いていて最近読んだ森鴎外の本を思い出したのですが、森鴎外がドイツに留学して医学の研究中に、どうも研究しているんだけれども本気になれない、みたいなことを書いていまして。

それが何かと言うと、生きている感覚がない。医学をやっているのにと書いてるんですね。そこで言葉を出しているのですが、ドイツ語ですからForsch(一応調べてみたが自信なし)、英語だとinquiryということですよね。inquiryが本当は必要なのに、日本語にはそれに相当する単語がないと言う訳です。「研究」と訳してしまうんですが、「研究」と訳すと抜けちゃうものがあると。

一つは、立花さんが仰った日常性です。もう一つは、森鴎外は「哲学」と呼んでいますけれども、私は小林先生の仰った、「世界観」だと思うんですね。

皆さん、科学は役に立つと言うときにお金で役に立つことだけ仰るけれど、私は本当は科学の一番大事なのは、その時代の「世界観」を作ることだと思うんです。

日本の中で科学研究というと、その日常性と、世界観作り、鴎外は哲学と書いていますけれども、自然を見ると言うこと、それが抜けちゃっていると。「本来inquiryの中にはそれが入っているのだ」と書いてあって、「あ、コレだ」と思ったんですね。

じゃあinquiryを同日本語に訳せばいいのかと言うのは私も分からないですし、やはり研究と訳してしまいますけれども、今の焚き火の話、つまりアインシュタインは難しくて日常ではないんだと思ってしまうこと、それから相対性理論は科学であると同時にある種の世界観であると言う広がりを持たなければならないと。

私、森鴎外、以外に良いこと言ってるなと思いました。明治時代の人って割合言葉に敏感ですよね。例えばブラックホールの話が出てきましたけれども、これは自然観や世界観ががらっと変わる時代だ、ということじゃないかなと思うんですね。

今日のお話とても面白かったけれども、私たちも、折角こんな面白いお仕事をなさっているとしたら、それをもっとそういう所まで広げていけるといいなぁ、と思いました。

田村

私もそう思います。そのことについて特に、今の子供たちが育つ環境があまりにも自然から切り離され、人工的なものに囲まれて幼少時代を過ごすことが、逆に21世紀の子供は不幸なんじゃないか、という気が致します。

それは、早いときから学校教育の中で文系だ理系だという形にわかれてしまい、本当に自然の中で人間が育っていくための周りを見渡すための細かい観察や努力というものが、便利さに置き換わってなくなってしまっているものだから、昆虫は買ってきて飼うのだし。実は最近天文年だというので、私の孫に簡単な望遠鏡をプレゼントしたんですけれども、その子供が言うには「おばあちゃん家からは望遠鏡じゃ空は見えないよ」と。確かにマンションの3階に住んでおりまして実際に行ってみると三角形に区切られた空しか見えないわけです。

もちろんそれはどこかへ行ってみればいいわけですけれども、そういう意味でもう少し大きな所から考えると今の世の中は結構危ないところに来ているんじゃないか、つまり科学者の今日のようなお話が本当に活き活きと新しいものに取り組むという前向きな姿勢を持った科学研究者がたくさん日本にいらっしゃるという嬉しいことを見せていただいたのですけれども、それに続いて小林先生なんかを憧れてあとの世代からどんどん輩出するのだろうかということが大変気になってしまいます。

でももう一つは、今随分努力がすすんできましたけれども、こういった先ほどから話されているような科学の新しい面白い凄い話をなかなか一般の人たちのところまで届ける努力がまだまだ必要かなと思います。

天外

ちょっと話は戻りますけれども、「活き活きと」新しいものに取り組むという今の田村さんの言葉の凄く大切な面をもうちょっと強調したいのですが、先ほどから役に立つか役に立たないかという話をしているのですけれども、僕なんか企業に42年勤めていますんで、企業の研究開発は当然何らかの金儲けにつながるようなものをやんなきゃいけないということで、それがサイエンスと違うところだと、皆さん多分お考えだと思うんですね。

ところが、実際にどうかというと、そうでもないんですよ。というのは、「これを開発してお金儲けに繋げよう」なんていうことはだいたいろくでもないんですよ。はっきり言って次元が低くて大して儲からないの。

SONYでも創業期から新しいことをものすごくたくさんやってきていますけれども、あれはほとんど「役に立てよう」というよりはむしろ「これは面白い」というエンジニアの喜びというか心の震えとか、そういうものをものにしていったものが実際には会社でお金を稼いできているんですよね。

ですからそういう意味でサイエンスも技術も本当はそんなに変わらないのかもしれない。というのは、予定調和の中で、こうやってこうやってこうやるとこうなりますよ、と。1+1は2になりますよ、という範囲内で考えているものというのは技術の世界ではあまり独創的ではないんですよ。

そうじゃなくてもっと人間が、さっき深いものをと言いましたが、深いところからワーッとこう湧き上がって来て、これをやったら面白いぞというふうな動機でやったものが現実には本当はお金儲けに繋がっているんですよ。ということをちょっと一言付け加えたいと思います。

立花

ほとんどがサイエンス系の方の中で、田村さんと僕が文科系ということで今のことに一言付け加えると、文化系の人間も自分が良いと思って深くのめり込んだ仕事ではないと全くいい仕事にはなりませんよ。ねえ田村さん、そうですよね。

というわけで、僕は勝手なことをやってきた人間なのですが、今日の話を私が振り返ってみて、今の核融合研の伊藤先生のお話の、例の地面に方程式を書いてという、その話が凄く印象的であのくだりは別の形で読んでいたのですが、今日ああいうふうにして示してくれるとあそこで何が突然見えてきたのかというのが、それが縦のグラフで見ていたものを横のグラフで見た瞬間に何か違う構造が見えてきた、みたいなね。あそこがものすごく印象的で、そのような大きな次元の転換、見方を大きく変えると次元の違うものが見えてくるみたいな。そのようなことが、僕は実は小林・益川理論でもあると思いまして。

今回は小林・益川で受賞という形になりましたが、物理の世界ではあの行列はKM行列の前にCKM行列といってカビボというイタリアの人の名前がかならずはいっていたんですね。少し前は下馬評でカビボがはいって3人でノーベル賞という話があって、結局カビボが落っこちたからイタリア人はものすごい怒り狂っているのですが。しかし実際ずっと辿ってみるとカビボは落ちて当然という感じを僕は受けましてですね、それはなぜかというと

要するに、あの2行2列の模型だとどうしてもCPの破れがでてこない。そのCPの破れをを入れるためにはどうしても3行3列の構造にしないといけないんだという。それは小林さんの理論のアレ(本のことか?)ではわかるのですが、そこのところでもっと難解なのは、ちょうどノーベル賞をとる少し前に出た本で、トフーフト(編集注 ゲラルド=トフーフト・・・1999年に電弱相互作用の量子構造の解明によりノーベル物理学賞を受賞)と一緒にノーベル賞をとった先生(編集注 ハーバート=クレーマーと思われる)と二人で書いた本がありますよね。あの本の中で割と詳しくカビボと小林・益川の違いの解説が出ているんですね。

その本の中に「小林・益川の言っていることはこういうことだ」という形で図解がでてきて、それは本の表面から3次元に時空が突きだしているという構造のことを言っているのであり、カビボはその平面のことしか言っていないという。まさにその三次元のところの部分で、しかもそこに複素数が入ってくることによって、いわゆる普通の人が考える普通の次元ではない次元がそこに導入されることで実はCPの破れが出て来る。そこが非常に独創的であるのに、小林・益川の受賞後もその研究の解説にほとんど出ていないんですね。それは解説しようとするとものすごく難しいのだけれども、僕はあの図解を見たときに「なるほど」と思いまして。そういうことなんですね、あれは。

小林

…はい。複素数が出てきたりですね、なかなか説明は難しいので誰か巧い説明を…。

立花

でも、あの図解を見ると独創的であることがよくわかりますよね。

小林

いや、まあわかっていることを寄せ集めただけなのですが。少し違うことかもしれないですが、クォーク模型なのですけれども、当時クォーク自身が珍奇なものであるということで信じる人と信じない人がいた。ですから一方からはそういうクォークに、先ほど言いましたようなゲージ理論や場の理論を真面目に適用しようという考えを持つ人が少なかった。

また一方では、名古屋大学の坂田研究室で複合模型ということを考えており、ある意味クォークを支持する立場だったので、私自身はそういうものが背景にあると思っていたのですが、実は名古屋大学の先輩達から言われたことはですね、クォークに場の理論の繰り込む可能性のようなことを適用するなら、むしろ名古屋の考え方に反している、ということを言われまして。

私はどちらからも離れたところにいたというのが幸いでした。

立花

もう一つそのことに関連して。これは戸塚さんがいろいろお書きになっていることで、お話しになっていることでもあるのですが、今の標準理論というのは実験で決めなければいけないパラメータが十何個含まれている。そのそも実験で決めなければならないパラメータがそんなにある理論が最終的な標準理論であるはずがない、と。ですから、それとは違う「標準理論の向こう側」というのが必ずあるはずだという、そういうところで彼の本はニュートリノや質量問題の方へいくわけですが。

いずれにせよ、この間も日比谷公会堂で少し話しましたが(編集注 2月21日に行われたノーベル賞受賞記念講演会)、今の標準理論といわれているものは、とりあえず向こう側があるに違いないということはわかっていてその端っこが今見えだしている。その端っこの向こう側に何があるのかを今やろうとしているひとつがスイスでやっている巨大なLHCの実験であり(編集注 世界最大の粒子加速器「大型ハドロン衝突型加速器」)、今度日本で行われるJ−PARC(編集注 大強度陽子加速器施設)の実験であると思うのです。

そのJ−PARCの実験が予算の規模で言えば一千億円ですよね、ちょっと想像がつかないようなものすごい金をかけた巨大実験を日本はこれから始めようとしているのですが、高エネルギー加速器研究機構の人たちが心配しているのが、これだけ金を使うとますます「その実験はいったい何の役に立つんだ」ということを言われるから、何とか「こういう実験をやる理由があるんだ」ということをもう少し社会に説明しないといけない、といことをすごく気にしてらっしゃいますけれども、そのあたり小林さんいかがでしょう。

小林

まず、弁明じゃないですけれども、J−PARCの実験は巨額かもしれないですが、非常にたくさんの目的をもっている装置であります。特に中性子とかイオンとかを扱ったものはいわゆる物質科学に対して広い応用範囲があり、利用するのを民間の企業まで含めれば非常に幅広いものとなる、それが非常に大きな部分ですが。そういう高エネルギーの実験をするには、マルチパーパスの装置であるということはまず言っておきたい。

あとはやはり、ニュートリノという物質、小柴先生の研究されて実績のある物質ですが、標準模型の先にあるのはいったい何なのかということに関しても非常に重要な位置づけがあると思います。

立花

小林さんの弁明では少し足りない気がするので少し僕から申し置いておけば、今日本はニュートリノの研究では世界を圧倒しているという感じになっていますよね。だからあれの後追い実験みたいなものをアメリカでもヨーロッパで構想しているけれども全然レベルが違いますよね。進み方から言って本当に日本が圧勝で。もともと戸塚さんはこの系統の研究で二人も三人もノーベル賞が出るよとおっしゃっていたのですが、確実に出ると言えるくらい日本が世界を圧倒しているという事実があり、それを技術的に支える、先ほども話が出たのですが、やはり科学の進歩というのは技術と密接に結びついていて、技術的なものがサイエンスのブレイクスルーを起こして、さらに技術の最先端は別の科学に繋がっていくような。科学と技術は切っても切り離せないような関係にある。

そういう中で、中性子などの確かに実用的な研究はものすごいあるのですが、やはり実用とは全く関係のない、小林さんがやっていらしたような基礎的な研究が主目的であって、それに少ないとは言っても百億単位のお金が使われているわけですが、それが日本の、日本という国家が地球社会に対して持っているプレゼンス、それはある意味で知的なプレゼンスでありそういう研究活動を通じて世界中の人が今きてますよね。ちょっとでも参加したいがために世界中から学者が来て滞在し研究に参加しているわけですよね。

それだけの吸引力があるのは日本ではサイエンスの世界だけです。政治も全然それだけのプレゼンスはない、そちらほうは世界に馬鹿にされるだけで、圧倒的なプレゼンスを持って世界に堂々たる威厳を示しているのはやはりサイエンスの世界なんですね。その観点から、日本はきちんと金を投じてそういう活動を継続するという方向にいって欲しいと思うのですが。

小林

大変力強いサポートを頂いてありがとうございます。

立花

もうちょうど良いくらいの時間ですね。それではあと一回り、一言ずつ頂いて締めとしたいと思います。

天外

会場の皆さんの中で、サイエンスに携わっておられる方はどのくらいいらっしゃいますか?

(来場者、挙手)

ありがとうございました。

では、技術に携わっておられる方は?

(来場者、挙手)

あ、こっちの方が多いんですね。

では、全く技術も科学も無関係という方はどれくらいでしょうか?

(来場者、挙手)

はい、ありがとうございます。

まず、「無関係」な方も、サイエンスに興味を持っていただきたいと思います…まあ、興味があるからこそ今ここでお聴きいただいているとは思うんですけれどね。

で、やはり我々の生活や、「世界観」という言葉がさっき出てきましたけれども、サイエンスが切り開いた世界観の中で我々は生きているわけだし、本当はその中で政治も行われているはずなのに、それがちょっとお粗末になったりしているという話が立花さんからありました。

…ですから、あらゆる人が世界観としてサイエンスに裏付けられたものを持ってほしいな、というメッセージで私は終わりにしたいと思います。

田村

私が自然科学研究機構の委員として、場違いな気持ちでいながら応援団を務めておりますが、やはり一番言いたいことは、日本の高等教育と科学研究にもっとお金を国が出すべきだと思います。

この何年か前から、まるで要らない幽霊法人と同じかのように、法人(国立大学法人)になった大学は毎年1%ずつ国からのお金が減っていきます。このままで行けば100年経ったらゼロになりますね(注:正しくは、国立大学法人への運営費交付金は「効率化係数」(1%)を乗じた金額が毎年削減される。単純減算と違い、ゼロにはならない。)そうしたら学問はなくなってしまいます。

それと同じように、これだけの先端を行く基礎科学研究に対する投資についても、常に「何が役に立つんだ」という話があって、非常に諸外国に比べてもちっとも多くありません。

ですから、“科学をする人”だけではなくて、いまたくさん手を挙げていただいた“科学をしていない”、つまり科学研究者でない方々も、その投資について賛成・支援をしてくだされば、国民の意向として強いものが示せると思うので、ぜひよろしくお願いします。

科学研究を押し進めるには高等教育によって人材を豊かにしなければいけないと思うんです。ただ大学院生の数が多いだけでは何にもなりません。

本当に、自然科学だけではなくて人文科学にしても、社会科学にしても、きっちり教育・研究をするまじめな若い研究者がどんどん育ってこなければ、この国の将来は非常に怪しいものがあると思うんです。例えば、博士号を取ってもいい就職口がない、というような状況では本当に困ると思うので、もう少し国全体でそういうところへの関心と投資を増やしていただきたいといつも私は思っております。

(左から)田村氏、中村氏、小林氏

中村

私は、本当の“いい科学”をする上で、ちょっと今は「忙しすぎる・急がせすぎる」という社会であるように思います。伊藤先生が「長い思索と一瞬の理解」とおっしゃっていたんですけれども、これはとてもいい言葉で、皆は一瞬の理解の方ばかり求めるんですが、その陰にある長い思索って本当に大事で、それを許す社会であってほしいなと思います。

小林

もう僕は十分でしょう(笑)。

ぜひ科学にご支援をよろしくお願いします。

立花

(スクリーンに映った伊藤早苗先生のインタビュー記事を指して)

この右上の小さいガラスケースみたいなものに入っているのはですね、ものすごくちびた鉛筆なんです。

伊藤(早苗)先生…彼女はご自分で理論を考えるときに、鉛筆で書かないとダメなんだそうですね。万年筆やボールペンじゃなくて常に鉛筆だから、どうしてもちびた鉛筆が溜まって、時折引き出してはそういう計算を繰り返して何万時間とやってきた、ということなんですが、さきほどの「長い思索」、そしてそれだけではなくて、長い手作業のような努力も一瞬のひらめきの前にずっと積み重ねとしてあるということが重要なのだろうと思います。

…それでは今日はこれで終わりにしたいと思います。

風景

 

 

 


 

 

 

自然科学研究機構理事・勝木元也先生の挨拶

…もはや付け加えるようなことは何もございませんが、講演者の皆様、パネリストの方々、企画を担当していただきました立花先生(・立花ゼミの方々)、関係者の方々に本当にお礼を申し上げます。

今日は「科学的発見とは何か」ということで、人としての科学者にスポットを当てたシンポジウムでございました。パネルディスカッションの中に出てきましたが…自然科学研究機構は大学の機関なんですね。つまり大学の自由があるところなんです。目的指向がどうのこうのという議論はありますけれども、「全てに自由がある」ということが、素晴らしい科学の発見の底にあるものだと私たちは思っております。

その「自由」は、短期間に評価をするのではなくて長い目で見る、ということです。それから、ちょっと妙なことまで含めて徹底的にやる、少し変だな、と思うようなことにも目を瞑って徹底的にやっていく…おみくじを引くこともその一部でしょうし、全員のお話を聴いているとよくわかることですけれども、非常に皆さんユーモアを解し、ゆとりが感じられます。

それは自分たちの研究の中から生まれてくるユーモアであって、会場が何度もどよめき、笑いが出ましたが、そこに「科学をする人」の本質がよく現れていたというふうに思っております。

私たちは、今日発表してくださった方々以外にも、発見をなさった方々をたくさん抱えている研究機構ではございますけれども、その方々は、大学を法人化する前、誠に自由な時間を大学が持っていた時代に育った方々でございます。

ところが、5年前に大学が法人化されまして、「中期目標」「中期計画」といったもので縛られて、その自由度がなくなってきつつあります。そのことが心配だというのが、パネルディスカッションでの先生方のお話ではなかったかと思います。

科学では、やはり「科学をする人がいる」ということが一番必要かつ大事でございますが、その人たちが前任者に対する憧れや尊敬や高い精神性などというものを自由に満喫するところからしか、本当の科学は生まれない…今日のシンポジウムを聴いていて、そんなふうに私は感じました。

そのようなことでございますので、会場にいらっしゃる皆さんも、この知的なエンターテインメントをぜひ今後も楽しんでいただいて、科学の発展にぜひご協力願いたいと思います。

今日は大変ありがとうございました。

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