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現時点での答え
10 月 29th, 2009 by 内藤 拓真

もしもあなたが20歳以上なら、ここをクリック!

http://kenbunden.net/20/todo/

もしもあなたが20歳前後で、何か悩んでることがあるなら、ここをクリック!

http://kenbunden.net/20/pensant/

もしもあなたが11月22日の予定がないと言うなら、ここをクリック!

http://www.a103.net/komabasai/60/visitor/main/kikaku?id=612

もしもあなたが東大生だったら、ここをクリック!

http://kenbunden.net/20/kabe/


もしも、
もしもあなたがMr.Childrenが好きで、
ラーメンズが好きで、
マンガが好きで、
黒髪で、
ショートカットで、
「北野きい」もしくは「中村ゆり」に似てると言われたことのある、
女性なら。

・・・ボ、ボクと付き合ってください!
壁||q・ω・〃)ポッ。.:*・゜

冗談です。
いや、まじめです。
大まじめな駒場祭の宣伝です。

どうでもいいけど、
今「僕の初恋をキミに捧ぐ」っていう映画やってますね。
主人公の名前が「逞(たくま)」・・・。

・・・井上真央がさ、


「馬鹿タクマ!あたしと別れようなんて百万年早いのよ!」

「タクマが死んだらあたしも・・・」

「・・・私はタクマの特効薬だから」


って、言うんだよ・・・。制服着て、さ・・・。
ため息しか出ねぇよ・・・。
つーか、まあ、そのタクマが20歳までしか生きられないっていう設定なんだけどな。
・・・やっぱため息しか出ねぇよ。

で、俺の寿命もあと少しみたいだから(勘違いすんな)、
この「今」をどう生きるか、ちょっと考えてみるわけ。
ホントにちょっと、ね。
あ、それは「今日何食おう」とか「明日授業サボろうか」とかじゃなくって、
もうちょっと長いスパンの中で見た「今」、ね。
まあ人生というやつだろうか。
でもね、正直「悩む」という前に考えることすらできないんだ。
そりゃ、「タクマ」みたいにさ、「20歳まで」って決められてればスゴい考えると思う。
というか考える暇もなくなんかやってると思う。
それはもう必死に。
でも、俺にとっての「20歳」っていう時間は、なんて言えばいいのか、
うーん、例えば「石油」みたいなもんなのよ。(誰がうまいことを言えと)
免許もとったから車とかもう乗り回したいわけよ。
自転車で行ってた近くのスーパーだって、もう車でしょ。
確実に地球にある石油埋蔵量は減ってんだけど、そんなの俺は全然感じないじゃん。
それと同じことよ。
無限に思えても確実に減ってんだよなー、って。(例えがクサすぎるな)

たぶんね、こうやって中二病みたいに青クサいこと考えてて、
「もっと今を考えよう!(キラキラ)」
とか高らかに叫んでるのも、ある種エコカーとかエコ減税みたいなもので、
きっとどう足掻こうと、
この浪費している「今」は、
いつか必ず後悔をもって振り返る「あの頃」というやつになるんだろう。

「今どうすればいいか」という問いに、
俺は正解を書けない。
というか、何を書いても未来の自分からは絶対にペケ食らう自信がある。

うーん。

そもそも20歳ってどういう時代なんだろう。
俺はHPにこんなセリフを残した。

「思春期ほど盲目ではないけれど、大人ほど悟ってもいない」

否定での限定ってのが弱いな。
けど、確かに一側面は切り取れてると思う。
中学生や高校生の自分ほど夢中になれない、冷めた自分がいる。
反面、「けどまだなにかできる」と思っている分、大人でもない。
マージナルとか、モラトリアムとか、ね。

4、50年前ならそれこそ全共闘とか、若者が身を委ねるべき「大きな物語」が確かに存在した。
たぶん社会の方が「おまえのやってることは正しい」って言ってくれてるように感じたと思う。
でも、今はもうそんなんじゃないじゃん。
選択肢だってめちゃくちゃあるし、どれもそれなりに可能っちゃ可能だ。
で、最近読んだ本には、
「各個人が、小さな物語を選んで生きる」
ってなことが現代として書いてあった。ふむ。
けっこうしっくりきた。
サークルでも、ゼミでも、バイトでも、勉強でも、恋愛でも、ゲームでも、読書でも、ともかくなんでもいい。
ちっとも高尚である必要はないし、社会に対して何かを訴えている必要もない。
「選ぶ」ということが大事で、
反面冷めながらも、反面夢中になる、そんな意図的な「思い込み」が大事。
ベストアンサーじゃないことを了解のうえで、それでもアンサーは出し続ける。
他の誰でもない、「私」という主語で。
そういうことなんじゃないかと、
それが、この音もなく過ぎてゆく「今」から逃げないということなんじゃないかと、
俺は思う。

Mr.Childrenが好きで、
ラーメンズが好きで、
マンガが好きで、
黒髪で、
ショートカットで、
「北野きい」もしくは「中村ゆり」に似てると言われたことのある、
女性。
そんな「誰から見てもパーフェクトアンサー」みたいな女性は100%絶対絶対現れないことを承知で、
でも自分が「パーフェクトだ」と信じた答えを出し続けていくってこと、ですよ!(誤解すんなよ、深読みすんなよ!笑)

mixi日記転載、企画宣伝
10 月 20th, 2009 by 内藤 拓真

学科が始まり、「ちょっと勉強しないと」なんてガラにもなく思った。
本郷から新宿へ行ってジュンク堂で2500円のハードカバーを買った。
レジのお姉さんは堀北真希に似ていた。
笑いかけたら笑ってくれた。
歩いて家まで帰った。
もう9時だ。
東京DOGが始まった。
吉高由里子は和久井映見にそっくりだった。
その後向井理が違う番組に出ていて、妹が黒髪を推してた。
で、今パソコンのキーを叩いている。

今日も何もなかったなあ。

もうちょっと考えなくちゃいけないということはわかっている。
今しか似合わない服があるように、
きっと学生のうちにしかできないようなことがある。

何が言いたいかって?
駒場祭のCMがしたいんです。

—————————-
09年11月21日(土)22日(日)23日(月)
第60回駒場祭おすすめ企画
『二十歳の君へ』
—————————-

ぜんぜんわかんないって人のために、あらすじを少し。
立花隆という有名なジャーナリストがいる。
その人が東大駒場でゼミをやっていて、僕はそこのゼミ長をやっている。
詳しくはこのページへ。( http://kenbunden.net )
あらすじはそんなもんで。

駒場祭に向けて、立花ゼミでひとつのイベントを企画している。
簡単に言えば、

同世代の若者に、「今をどう生きるか」考えてほしい

という話だ。 胡散臭いだろうか?

で、今駒場キャンパスの銀杏並木に<<壁>>を立てた。
言っても立て看板並べたような代物だ。
落書き自由、何でもOK。
教室の落書きとか、ノートの落書きとかも貼っている。
現代の若者の「今」がこの壁をどう汚すのか、日々定点観測している。
詳しくはこのページへ。( http://kenbunden.net/kabe )

パンフレットを作ろうとも思っている。
『二十歳の君への宿題』というタイトル。
もともとは立花ゼミで作った『二十歳のころ』という本があって、
今度はそれをもっと具体的な「若者への行動指針」を示す一冊に仕上げようと思っている。
様々な「元二十歳」からコメントを募集している。
これを見てる人の中にはいないかもだけど、宣伝してもらえたら嬉しい。
抽選でサイン本が当たるし。
詳しくはこのページへ。( http://kenbunden.net/20 )

駒場祭の3日間は、プリクラ機を運営している。
ゲーセンとかにある普通のアレだ。
東大限定の趣向も考えているから、是非撮りに来てほしい。
男だらけの悪ノリも上等。

あとは22日(日)の14:30から、俺ラジオに出るらしい。
と言っても構内で流れる限定FMだけど。
企画の宣伝をする予定。

そしてその日の15:30から、
「二十歳の君へ」と題して立花隆による現代の若者に向けたメッセージ講演が行われる。
もちろん、この問題に対して「これが答えだ!」のような正解があるとは思っていない。
なんかこんな感じでいろいろイベントやって、
で、オーディエンスには、ちょっとクサいけれど、

二十歳前後というこの「今」、自分がどう生きるかを考えるきっかけになって欲しい。
学生という「時代」をどうデザインするか、という視点を持ってほしい。

そんなところかな。

さて、そんなイベントをいろいろCMしていこうと思っている。
そのうちyoutubeにもCMが上がるだろう。
今は、テストとして俺がエジプト行った時の映像が上がってます。
詳しくはこのページへ。( http://www.youtube.com/watch?v=VXyw5c49AB0 )
地味に広報していかないと。

で、このイベントとかで思ったこととか、関係ないことをブログに書いていきます。
以前から地味にやっていたものの続きです。
詳しくはこのページへ。( http://kenbunden.net/wpmu/Takuma_NAITO )
あ、twitterとかもやってますからそちらからも。
詳しくはこのページへ。( http://twitter.com/takuman6 )

さて、ちょっといきなり書きすぎたか。
URL多すぎだよね。
またCMするので、是非駒場祭、来てもらえたらと思う。
ホントに。

次はもう少し高めのトーンで書くので。

では。長文失礼。

ゼミ長ぽろり 第二期一日目
10 月 8th, 2009 by 内藤 拓真

台風が来ている。
それも特大のやつ。
さっき深夜のコンビニにアイスを買いに行ってきたのだけれど、
コンビニは僕の住んでるマンションの一階部分で、屋根のないのはほんの5mもないのに、
かなりの雨をかぶった。
買い出しに行ったのは徹夜に備えるためで、
徹夜をするのは始発で駒場に向かうためで、
早朝に登校するのは「壁」が心配だからだ。

10月7日(水) 冬学期ゼミ一日目

冬学期のゼミってあんまり人が来ないと思ってた。
去年も実質二人ぐらいが加入しただけだったし、
なにより一年生は駒場の様子や授業のとり方、ゼミをやるということのニュアンスがわかり始めてきた頃だろうし、
二年生は専門開始でそれどころじゃなかろうし。
なにより、駒場生の拠り所「逆評定」のコメントだ。
「まさに履修即単位」「本気でやると死ねる」「学問の風が吹いている」
これを並べられて履修する118教室に来ようという駒場生はかなりのもの好きだと思う。
だから段取りとかは前期ほど綿密には用意していなかった。
その場の流れでブレストをするかとか、どれくらい話すかとか判断することにしていた。
pptだけはちゃんと用意しておいたけれど。

昼ごろに目覚めて、いろいろと雑務をこなして、「相棒」の再放送を見てから駒場にでかけた。
もう雨が降っていて、復活したSPEEDのアルバムを聴きながら小田急に揺られた。
一番最初に行くのは「壁」の銀杏並木。
雨にぬれてはいるが、異常はない。

118教室があいていればもう詰めてしまっていろいろと準備をしたのだけれど、
5限にフラ語のインテンシブが入ってて、これは長引きそうな予感。
フランス人よ、そんなに仕事をしてくれるな、何と思いつつ、情報棟でpptの最終修正をした。

10分前に鍵を借りて再び教室に向かう。
前の廊下にはまだ誰も来ていない。
ま、そんなもんだろう、なんて思っていた。

ところが20分後。
前のフランス人が期待通りの延長授業を続けるその外側には、ちょっと「なにこれ」というような人だかりができていた。
しかも見たことない人ばかり。
いざ教室に入れて数えてみたら40人を超えていた。
嬉しい悲鳴。

しかしまあ、だいたいが最初の週の様子見だろうという読みで進める。
案の定、学生はひとりまたひとりと教室を去ってゆく。
この時の気持ちったら、ない。
悲しい、というか逆に申し訳ないような気分。
きっと駒場の教官なんかもう慣れっこなんだろうな。

調子が出てきたのは現ゼミ生が前期の企画のプレゼンを始めてから。
僕の言葉だけじゃ言い尽くせないゼミの雰囲気とか、やりがいとか、そういうものが伝わってくる。
あと、単純に同年代の人間がしゃべってるのを聞くのは楽しいじゃない?
僕も含めてみんなしゃべるのが好きな方なんだろうな、流れさえできれば「俺も俺も」となる。

時間もあるしブレストまでやろうという話になったが、
そう口にした時に席を立った学生が多くて、
まあこれなら自己紹介を兼ねて一人一言しゃべらせた方が面白いと思ったので、
初の試み「自己紹介」をやった。
初回にありがちなベタな企画。

なんかそれが意外に面白かった。
旧ゼミ生もさることながら、新ゼミ生の個性がすごい。
流石にこの時間まで残ったということは一物もったキワモノぞろいだったということか。
とにかく、いろんな種類の視野をもっていて、そのバリューの豊富さがおもしろい。
むちゃぶりに応えて好きな女の子のタイプを言ってくれた人すら。笑
聞いててワクワクするものばかりだった。
ここは立花ゼミなんだなぁ、と感じた瞬間だった。

で、途中から時間を計算し始めて、どうにか駒場祭のことを話す時間が15分くらいとれると思った。
最後の自己紹介が終わり、よしやっと始めようとすると、

「ちょっといい?」

立花先生だった。
立花ゼミきってのイレギュラー要素を計算に入れるのを忘れていた。

でもどうにか5分を残して終了。
53枚のpptを10分くらいで捌き、なんとか予定を消化した。
ふう。

メーリスの登録も既に済んで、今週からガンガン動くつもり。
何と言っても来週には壁フェーズ1が始まる。
次回のゼミは「プレゼン大会」だ(アメトーーク!風)。
専門もちょっとは忙しいけど、なにより「今」を充実させるためにがんばろうと思う。

4、50年前ならそれこそ全共闘とか、学生が身を委ねるべき「大きな物語」が確かに存在した。
でも、今はもうそんな大きな空気は発生し得ない。
だから、僕は僕が選んだこの「立花ゼミ」という小さな物語を、全力で生きる。
それは全共闘から見ればちっぽけな、ほんとうにちっぽけな物語かもしれない。
そしてそれが正しい選択だとも言いきれない。
正しくなくとも、こんな時代だ。
「選んで、そして夢中になった」ということが大事なのだと思う。
サークルでも、ゼミでも、バイトでもいい。
とにかく、選ばなかった無気力人間、夢中になるのを避けた冷めた人間にはなりたくない。
例え間違っていたとしても、だ。

なんども手を加えた 汚れた自画像に ほら
また12色の心で 好きな背景を書き足していく
その全て真実

一番好きな曲の歌詞で、後期の第一回「ゼミ長ぽろり」を締めくくる。

10月6日(火) 後期ゼミ生募集!
10 月 6th, 2009 by 内藤 拓真

雨にそぼ濡れる駒場。
ぎんなん(敢えて平仮名で差別化)の香り立つ銀杏並木に、壁は未だ佇む。

山本くんとイラストレーターの半々の努力により、
本日やっと壁に彩りが施された。
いったい何人の人が壁を前に足を止め、
何人の人がQRコードに携帯をかざし、
何人の人がグーグルの窓に「見聞伝」と入力し、
そしてそのうちの何人が118教室に来るのだろう。

明日、18時より駒場118教室にて後期立花ゼミを開講します!

ぶらりとお越しください!

右端の一枚にCMが!

右端の一枚にCMが!


内藤拓真(文3・2年)

10月4日(日) 壁、駒場に立つ。
10 月 6th, 2009 by 内藤 拓真

駒場に壁が立った。
と言っても、単に立て看板6枚を隙間なく並べたに過ぎない。
ここから、この「擬似壁」をひとつのメディアとして、駒場祭へと続くひとつのイベントを展開していく。

3、4日の二日間、なけなしの人員を動員し、大工仕事に励んだ。
あーでもない、こーでもないなんて、かなり行き当たりばったりでなんとか壁を作った。
まあ言ってしまえばハリボテだが、そこは貧乏大学生クオリティと思ってほしい。

二年生は本郷の専門も始まり、一年生はコマ数も減って、銀杏並木を通る人も減るとはいえ、
場所的に多くの人の目に触れるだろう。
「あれ、昨日と変わってる!」
「お、俺もちょっと書いてやるか」
なんて、ちらりとでも目をやって暇つぶししてくれたら幸いだ。
パッと見て面白いものを、そして近くでじっくり見ても楽しめるものをみんなでつくっていくつもりだ。

このイベント、面白そうじゃん!俺もちょっと加わりたい!
そもそもなにすんの?全貌が知りたい!

そんなあなたは7日(水)6限、118教室に足を運んでほしい。
これは単位の付くイベントなのだ。

壁の今後に乞うご期待!

やっとできました!

やっとできました!


内藤拓真(文3・2年)

45℃の風景 6日目
9 月 30th, 2009 by 内藤 拓真

インフルエンザではなかった。
ただの風邪。
熱は完全にひいたし、頭痛もだいぶ良くなってきている。
というのはこれを書いている今現在の話。

熱も完全にひいて気分がすこぶる良い、というのは今度はエジプトの話。
4時半起床も全く問題なかった。
地球の神秘に触れて興奮で針が振り切れたみたいだった。

早起きのわけはアサシンベル。
昨日のヒルシンベル、ヨルシンベルに続き、3回目のアブシンベル神殿へと向かった。
ナイルの日の出を拝もうというのである。

日の出前のナイルは、それはそれで神秘的に美しい。
水面はさざ波を藍色に彩り、時折淡水魚の跳躍が刹那の波紋を広げる。
向こう岸に見える山の稜線は影のようにぼんやりとまだ夜の残滓を留めるが、
その上に向かって燃え上がる朝日の色へとグラデーションしていく、
その時が近づくにつれてだんだんとその火は濃さを増していき、ナイルの水面を紅く燃やす。
その日の日の出は5時35分。
しかし朝日はなかなか顔を出さず、観光客を焦らす。

待ちくたびれた数組が神殿の方へ歩き始めたとき、ショーは始まった。
明らかに段違いの等級の光が山から頭を出す。
歓声が上がる。
ゆっくりと、しかし想像よりはずっと速く、オレンジの円形が上昇していく。
同時に水面に一線の、やはりオレンジの道を浮かび上がらせていく。太陽へと続く道を。
太陽そのものはオレンジというよりは白と言った方がいいかもしれない。
夜中の白熱灯とその周囲のような色の関係。
鳥や飛行機が横切り、シルエットがまるで黒点のようだ。
光は段々とオレンジから金色へと変化し、水面をキラキラと輝かせ、
そしてまたいつもの45℃の風景へと戻っていく。
その光景を望む神殿、8体のラムセス。
彼らは3千年以上の昔から毎日毎日このショーを見てきたのだ。
素晴らしい目覚め。

朝食をとって再びバスに乗り込みアブシンベルを後にする。
素晴らしい場所だった。再訪を誓う。

帰りのバスはずっと蜃気楼を見ていた。
何もない荒野の隆起が逆さに影を写し、あたかもそこに水かあるように錯覚させる。
暑すぎて光が曲がる、山の逆さの影が見える、人間の脳が逆さの影に水面を連想させる、結果錯覚、ということらしいい。
確かに、砂漠に迷っていてそれを見たら駆けださざるを得ない。
本当に、湖が、もしくは海があるように見えた。

アスワンハイダムで写真タイムの後、お土産用に砂を拾って、ナイルを見ながら昼食。

午後は中洲にある神殿へ観光。
そこにいたエジプトの子供が例の如く土産物を売りにきた。
彼は二胡のような二弦バイオリンのような楽器を弾きながら寄ってくる。
僕はそれにも目を付けていた。
彼は2ドルで売ってくる。
輝く瞳と無垢な笑顔に値段交渉なんかする気も起きず買った。
テンションが高かったのでその場で少年たちとセッションした。
これが全然上手に弾けない、一方少年たちはめちゃうまい。
良い音なんか全然でないけどなんか笑いながら弾き踊ってたら、すごい楽しくなっちゃって。
ひとしきり盛り上がってしまった。
後に別の少年からこの楽器がラバーバということを教わった。
前日の具合悪かった反動でか、なんだかハイになってて神殿でも叫んだり歌ったりしていた。

この日はアスワンから寝台車ナイルエクスプレスに乗って一気にカイロまで夜を駆け抜ける。
添乗員さんやエジプト2回目のマダムらから脅されて、相当汚いことを覚悟していた。
が、全然。
揺れもないし狭さはあまり感じないからかなり快適な旅。
そしてここで初めてワインを邂逅した。
夕食を運んでくるカートにボトルが積んである。
ボーイさんに聞いてエジプトでも人気のある銘柄であることを知る。
キンキンに冷えていたのだが、お土産用に栓を抜かずにお買い上げ。
まずは一本をゲットした。思いもよらず列車の中で。
丁重にタオルにくるんでスーツケースに収めた、しめしめ。

夕食は飛行機の機内食のようだった。
チャーシューのようなわけのわからない肉は美味しいと思って食っていたのだけれど、
翌日マダムの噂話からラクダの肉であることが判明した。
ブタに近かったよ。

持ち込んだ本を読みながら就寝。
目覚めたら再び、カイロだ。

(続く)

車窓より、蜃気楼

車窓より、蜃気楼

アサシンベルの日の出は金色の奇跡
アサシンベルの日の出は金色の奇跡


45℃の風景 5日目
9 月 29th, 2009 by 内藤 拓真

心臓が頭にあるような、鼓動に合わせた鈍痛。
段差を降りるたび、少ししゃがむたび、ベッドから起きるたび、誰かが僕の頭を万力で締め上げる。
頭痛なんて今まで全然なかったことだから、結構動揺している。
と、そのうちに熱も上がってきた。
全身が痛い。運動はしてないはずだが。
まさかのインフルエンザ?
・・・というのはこれを書いている最近、日本での話。
高校予備校皆勤の僕にとって病気は超珍しいので。

随分と更新に間があいたが、エジプト旅行もちょうど半分を消化した頃の話。
9月9日(水)に遡って再びキーを叩こう。
確か「プールで疲れて、食い過ぎて具合悪くて、寝た」というのが前回までのあらすじ。
しかし、まあこの日は出発が10時とあって朝も悠々といった感じだったのだが。

まだ具合が悪い。

なんかダルさがあるし、熱っぽい。
朝食はヨーグルトを中心に軽めにしてナイルの中洲の最高級ホテルをでた。

中洲から陸上へ向かう水上バスの中で添乗員さんが歩み寄ってきた。
かねてから「ワインはどこで買えるの?」と質問していた。
エジプトは地中海に面していて・・・って話は前に書いたっけ。
まあ要するに禁酒の戒律を持つイスラム国家だけれども、ということ。
「るるぶ」でその情報を得た僕は今回のお土産にそれを狙っていた。
海外持ち出しが許されているのは通常のワインの瓶なら3本まで。残りには税金がかかる。
それ以上に持って帰るつもりはなかったけど、それぐらいは持って帰りたかった。
けれどどのお土産屋さんにもワインのワの字もない。
ビールすら飲食店以外で置いてあるのを見ない。
添乗員さんもガイドさんもちょっとわからない、という話だった。
まあ、荷物にもなるだろうし、最終日の空港に賭けよう。
・・・しかしそのワインが最後の最後にトラブルを生むことになるとは予想もしていなかった(9日目に続く)。

陸地に戻って、そこからは約300kmのバスの旅。
砂色の荒野の上、地平線へと一直線に伸びるアスファルトをバスが駆け抜ける。
何者にも遮られることなく、45℃の日差しが容赦なく降り注ぎ、流石にバスのクーラーもいっぱいいっぱいの様子。
具合の悪い僕はほぼ眠って過ごすが、ちょうど逆側の窓には蜃気楼も(蜃気楼については6日目に書くことにする)。
そこまでして一行が向かうのは、南に国境を接するスーダンとも程近い、アブ・シンベルである。
旅程の中で最も南、ナイルも中流くらいまでは辿ってきたのだろうか。
ここになにがあるのか。
旅程表を読むと、僕らはアブシンベル神殿へ行くことになっている。
それも3回も。
昼・晩・朝。
しかも次の日にはまた来た道を同じように辿って300km北へ帰ることになっている。
アブシンベル神殿というのはそんなに凄いのだろうか。

バスの中では暇な時間と眠っていない人間によって、エジプト人ガイドさんへの質問コーナーが行われている。
今日は宗教について、今日は生活と社会について、というように日毎にテーマも設定されていて、
且つガイドさんの流暢な日本語とユーモアによって老若男女を楽しませるひとつのイベントになってる。
この日はガイドという職についての質問があった。
具合が悪いながらもぼんやりと聞いていたら、驚いた。
ガイドって、凄い。

まずはエジプトの教育制度に触れる。
エジプトは小中高大と、教育が無償だと言う。
義務は小中で、ここで英語もやるから、どおりでだいたい英語がぼんやり通じるはず。
その中から試験で上位3割(ここ自信ない)が高校に行ける。これシビア。
またさらに試験で数割が大学に行く。ここもシビア。
通過すれば2年の兵役は1年で済む。
エリートたちは多くが公務員になるらしい。
で、院もある。
ここからがガイドという仕事の話。
ガイドはエリート職だそうだ。
院へ行って考古学とか史学を専攻し、且つ第三外国語として何かを身につける。
確かに、遺跡系の観光地だらけのエジプトでガイドをしようと思ったら、歴史に精通していないと話にならない。
しかもその知識を3つ目の言語で流暢に話して、質問攻めにも耐えられるだけの語学力。
でやっとガイドになる。
するとまた5年毎に更新の試験があるとな。
クオリティが高いはずだ。
驚かざるを得ない。

ガイドさんの自意識はどうなってんだろう。
院まで出て、日本人のわがままに振り回される。
集合時間は守りましょう、とか、次元の低いところで振り回される。
ガンガン振り落していくエジプトの教育システムの中を駆けあがってきたのだ、誇りだってあるだろう。
僕なら・・・。まあ楽しいっちゃ楽しいか。
でもガイドさんを見ていて「楽しそう」という印象は受けなかった。
もちろん終始冗談言って笑わせるし、自身も笑ってはいる。
僕が気になったのはガイドさんが僕らをアイデンティファイしようとしないことだ。
添乗員さん(日本人女性、旅行会社の人)は僕らのパーソナルデータにも関心を持ち、
むろん名前で呼ぶし、楽しそうだ。
一方、ガイドさん(エジプト人男性)は10日間も行動を共にするけど、
あんまり旅団の中の個人を特定したような発言はしないし、あくまで誰もを「日本人観光客」として扱っているように思えた。
言葉で書くのは難しいけれどそういう印象を受けた、という裏側にあった彼の感情は一体どんなものだったのだろう。
院卒ガイド。
収入はシーズン時こそ平均を越えていくが、書き入れ時はもちろん観光客と共にエジプト中をバスや飛行機に揺られる。
家庭もある。けれど一仕事は今回のように数日間を要し、帰れないこともあろう。
ラマダン。水も飲めない自分の傍でビールで騒ぐ日本人観光客。案内半分、その子守りもまた半分。
うーん、考えてしまう。時折見せる感情のない表情。なかなか合わせない視線の真意。
うーん。

話を戻して、アブシンベルのホテルに到着した。
バスで寝たのも悪くはなかったけど、それはそれで疲れたと言えばそう。
またも炎天下の中を神殿へ。帽子がなかったら死んでいた、か。

アブシンベル神殿はラムセス二世によって岩山を削るように造られた大神殿。
紀元前1200年代だから相当昔のお話。
このラムちゃんは(受験の)世界史でも有名人で、
「ヒッタイト」とか「カデシュの戦い」とか言えば思い出してくれる元受験生もいるでしょう。
山一つ削ってんだからデカイのは織り込み済みだろう。
陽の上る東を向いて4体の巨大ラムちゃんが鎮座し、
小神殿(と言ってもでかい)の4体のラムちゃん2体の王妃ネフェルタリ象がそれに並ぶ。
また、この神殿がさらに面白いのはその後、現代の出来事によってである。
発見されたのは1800年代。
砂に埋もれていた神殿が徐々に姿を現す様子はきっと震えるべきものだったに違いない。
そして1960年代。名高いアスワンハイダム建設の裏で、8体のラムセス達は水没の危機にあった。
ユネスコの救済によってこの神殿は網目状に分割された後、4年をかけて60mを移動し、溺死を免れた。
プロジェクトXXXぐらいの興奮があるじゃない!

入口は山の裏側にある。
観光客に徐々に姿を見せようと言うなんてドラマチックな演出じゃないか!
まわり込むように歩いてゆく。ナイル(ナセル湖)を横目に。
と、砂色の、しかし神殿とはいえこれまで見たものとは明らかに異種の、
ラムセスの自意識以外の何物でもない、そしてプロジェクトXXXXXXぐらいのロマンが遠くナイルの向こうを悠然と眺めていた。
近づけば、確かに切り刻まれた線も残ってる。
内部の石室も、高松塚とはどえらい差がある。
それにしても自分を8体って。
なんぼ自分大好きかてそこまではようせぇへんわ。

一度ホテルに戻って寝る。
皮膚が透明なトカゲもでたけれども、寝る。
回復を待つ。

目覚めてもあまりすぐれないままに、夜、闇のアブシンベル神殿へ。
エジプトの観光地、ピラミッドやスフィンクスや神殿では、
「音と光のショー」と称してレーザーと音楽と遺跡が一体化した出し物が行われている。
その最高峰というアブシンベルのショーへと再び神殿へ。
ここがこの旅行10日間のハイライトだったと、僕は個人的に思っている。

夜は風があるし、ナイルも近いとあって結構涼しい。
昼に来た道を、道の脇に置かれた灯りが点々と神殿への道を示す。
オレンジの明かりがぼんやりと浮かび上がらせる砂山は不気味というより、なにかドキドキさせるものがある。
ショーを見る座席は二つの神殿の両方が見渡せる場所にあり、バックにはナイルが控える。
巨大な20の瞳による悠久の眼差しを受けながら開演を待つ。
この日は日本人観光客が一番多かったことから、ショーは日本語で行われることになった。
僕らは後方に、観光客とは少し距離を置いてゆったりとくつろいで座った。
具合は結構良くなっている。
添乗員さんとくだらないことを話しながら待つ。
やがて、ふと全ての照明が落とされる。
僕らを導いた道の灯りも、巨像を照らしていたオレンジも、すべてが闇になる。
エジプトも最南、田舎。東京からすれば「ど」をいくらつけても足りないような田舎。
その夜の暗いこと。
その空の―。
具合が良い悪いとか、岩山を移動させた努力とか、ラムセスの自意識とか、
人間がそんなことを考え始めるずっとずっと前から今まで変わらずに存在した風景。
けれど人間が思考し、そうやって生み出した文明に眼を曇らせた結果、見ることができなくなった風景。
ずっと忘れていた。
CO2を吐きだして、工場の煙に発展を誓い、煌々と輝く都会のネオンに文明を誇り、
そうやって汚れたのはこの空ではなく、僕らの瞳であったことを。
この空は、星は、宇宙は人間なんていうちっぽけな営みなどまったく気にもせず、
何億年も変わらない光を放ち続けていることを。
「無数」とはこういうことなのか、天にある「河」とはこういうことなのか、これが宇宙なのか。

ショーが始まった。
日本語の静かな語り、詩のように美しく綴られた物語ももちろん非常に良かった。
ただ物語の小さな間の闇に戻る瞬間に、自然と目をやってしまう星空は、
どの人間の創作物をも比較対象として寄せ付けない壮大さがある。
星空。
何時間でも見ていられそうなその景色に、たぶん生き物として興奮した、そんな夜だった。

そして翌日早朝、再びここアブシンベルで非人工物の織りなす壮大な「ショー」に心打たれるのだが、
その話は、また次回。

ヒルシンベル

ヒルシンベル


ヨルシンベル

ヨルシンベル

45℃の風景 4日目
9 月 20th, 2009 by 内藤 拓真

とはいえ、「この日にこんなことを思った」みたいなことをただ思いつく順に切り貼りしているのではなく、
エジプトにいる間は毎夜行程表に簡単なメモを残していたから、この記事はそれをもとに構成している。
例えば4日目のメモには次のように記してあった。汚い字で。

「ナイル<上海 水 ケバブもらう うまい ねだんこうしょう バルーン ファルーカたのしい 
プール 深い 何年ぶり バイキング 食い過ぎ 久々chess ぐあいわるい ねる」

見返せば、この日が一番幼稚なことを書いていた。
解説してみよう。

この日は長距離バス移動の間にチラチラと遺跡見物が挟まるような日程だった。
ルクソールからナイル川上流の方へとさらに南下していく。
水がどんどんキレイになっていく。
思えばカイロの方はゴミも溜まっていれば水も濁っててあまり良い気はしなかった。
遡るにつれて川幅は増し、空の青を反射する雄大な景色へと変貌していく。
周囲も田舎になっていくわけだから草木や畑などだんだんと似つかわしいものに、期待通りのものになっていく。
コムオンボというところの神殿に寄った際、ナイロメーターを見た。
古来「エジプトはナイルの賜物」と言うように、ナイル川の定期的な氾濫が沃土をもたらし豊かな土壌が国を支えてきた。
その氾濫を予想するために、浅い井戸にしるしをつけて水位を図ったのがナイロメーターだ。
つまりこの神殿は結構川沿いにある。
で、水に触れられるくらいまでナイルに近づくことが出来た。
魚もいた。ある程度は澄んでいた。けれど少し臭かった。
ここで思い出したのは春に行った上海の臭い。いや、上海料理の匂い。
お茶からスープから、浄水を用いていないのがまるわかりな独特の臭みがあった。
米ですらその水を用いたことがわかる味。
これには結構辟易した。
上海料理を3倍美味しくしようと思ったら浄水場を整備すべきだ、と思う。
その時の臭いに近いけれど、それほどでもない臭さをナイルに感じた。
それが「ナイル<上海 水」というメモが語ることである。

次、「ケバブもらう うまい」はそのまんま。
昼食に出されたケバブ、マダムのお口には少し重すぎるように映ったようで、分け与えてくださった。
冒頭から述べるように、エジプト料理の味付けは僕の口に合っていた。
ビールと一緒に頂きました。

で「ねだんこうしょう バルーン」。
と、その前に「切りかけのオベリスク」に案内される。
そこで温度計は45℃を指す。
なるほど、雲ひとつない。
でも日本の夏ほどいやらしくないのは湿度が30%もないからだろう。
日本の夏は「モワっ」で、こちらは「カラっ」。
だから日陰に入ると一気に涼しい。

今日の〇〇のお店は「カルトゥーシュのお店」。
カルトゥーシュというのは、古代のファラオたちが自らの名をヒエログリフで刻んだその「枠」見たなものか。
不謹慎ではあるが、日本の伝統的な墓石なんかを想像してもらうと形的には似ている。もっと丸みを帯びてるけど。
けれど18金だとかなんとか、これは値段的に手が出ない。(18禁には余裕で手が出るのに笑)
のでぼーっとしてると、その二階がやっぱりお土産物屋らしくて、行ってみた。
ひと際目をひくツタンカーメンの棺桶型のバルーン、1mなり。
下部に水が入っていて倒しても起き上がるとは乙ではないか!
でも売り物じゃない感じで置いてある。(まるで販売促進の水着のお姉さんのパネルの如く)
「ヘイ!ハウマッチ イズ ザット バルーン?」
冗談めかして言ってみた。(まるで販売促進の水着のお姉さんを指して言うように)
「200ポンド」
普通に返してきた。売ってんのか!
良く見れば箱がちゃんと置いてある。
ほしい、これは欲しい。が、4000円はちと高うござる。
「150!」
「190」
「150!」
「185」
「150!」
「185」
うーん、あんまり負からない。
最終的にはボールペンを差し上げて180ポンドで落札。
高いかもしれないけれど、これぞ僕の探し求めていた「ザ・旅の土産!」だったので後悔はしていない。
「オーケー、サンキュー、マイフレンド」で握手して笑顔で店を出た。
こんな感じでエジプトに来てから何人マイフレンドにしたかわからない。

あとは「ファルーカたのしい」。なんて幼稚な表現。
ファルーカというのは三角帆の帆船。
この日のホテルがナイルの中洲にあったことからこれに20分ほど揺られた。
さすがは観光地、エジプト人乗組員が余興を始める。
手拍子と掛け声を求め、太鼓を鳴らしながら狭い船上をグルグル。
客を立たせてグルグルの列に加え、気分は小学校の頃にやった「猛獣狩りゲーム」(御存知?)。
陽気に、ああ楽しい。
と、知らぬ間に小さなボートで子供たちがファルーカに寄って来ていて手荷物を狙ったりしている。
グルですか?どうなんですか!?
もうむしろグルであってほしいくらいに思う。
年端もいかない子供が自らすすんで巧妙な手口でコソ泥見たいな真似を働いてる、と思うよりは、
「いいか、船上でカモの注意をひきつけるからその隙にやれよ」と大人に唆されてやっている、と思った方が気が楽だからだ。
まあ盗みをやってる事実に変わりはないけれど。

中洲のホテルは最高級だった。
何が最高級って、ベランダからの眺めが素晴らしい。
ナイル、山、遠くに町。水鳥、手漕ぎボート、夕日。グラデーションの稜線。
もちろんプールだってあって、さすがに用意してきた海パンをここぞで使う。
プールなんて、何年ぶり?っていう人間がいきなり水深1.9mに入る。
頭まですっぽりで、焦る焦る。なんでホテルのプールがこんなに深い!
さっき買ったツタンカーメンバルーンを膨らまして浮き輪代わりにしててちょうどいいくらい。
と、ホテルのスタッフにバルーンを見せると、
「こいつは俺のグランドファザーじゃねぇか!見ろ!この鼻なんか俺そっくりだぜ!」
と話しかけられ仲良くなる。マイフレンド。
にしても相当疲れた。

夕食はバイキングなんだけど、これまた高級だもんでついつい調子に乗るのが貧乏根性。
いや、プールで腹減ったと言えばそうに違いないのだが。
完全に食い過ぎて死亡フラグ立つ。
デザートがとどめだった。
プール 深い 何年ぶり バイキング 食い過ぎ。

外で涼もうとでると、ハリーポッターを彷彿とさせる巨大チェスボードを発見。
チェスは去年一時期覚えようと思ってフラッシュ相手にやっていただけで人間相手は未経験。
ロン・ウィーズリーよろしく駒を操ってみた。
ナイトウがナイトにナイトを操る。
これが言いたかっただけ。

流石にプール疲れと食い過ぎで具合悪い。
その具合悪い時に書いたメモだから非常に具合が悪い。
頭回ってない。
ベッドの上に、倒れて寝た。

ホテルのベランダより

ホテルのベランダより


クイーン2歩前進!みたいな

クイーン2歩前進!みたいな

45℃の風景 3日目
9 月 19th, 2009 by 内藤 拓真

エジプトから離れることおよそ1万キロ、遠く日本では宇宙人一派が政権をとり、浦和レッズが久々に解消し、
そしてなによりMr.Childrenの年末ドームツアーのFC先行が受付開始となっていた。
そしてこの記事を書いている今日、チケットを獲得した。
嬉しすぎて脈絡もなくエジプト日記に書いてしまう始末。
年末、東京ドームだぜ!イェイ!

話を1万キロほど戻してエジプトはルクソール。
夏休み中の大学生にとって何が一番大変だって、それは起床に違いない。
なんやかんやしていて白みがかる頃にベッドに倒れ込み、「いいとも!」か最悪「ごきげんよう」で目覚める。
だから日本に居ながらに世間と時差がある。
現に帰国後もほとんど時差には悩まされることなく生活している。
しかしツアー旅行で寝坊は必修ブッチ以上に洒落にならないので大変だ。
と、思いきや、いつも結構すんなり起きれた。
修学旅行の朝とか強いタイプの人間らしい。

エジプトの飯がうまい。というか口に合う。
ブタの食えないイスラム国家故に大概がビーフで香辛料がきいている。
米も普通に出てきて、少し味付けがされていて料理に良く合う。
あとはビールだ。
不思議なことに入国してからまだアルコールに手を出していない。
というのは前日のディナーの店がノンアルコールビールしか置いておらず肩すかしをくらったからだ。
またその0%がマズイこと。キ〇ンフリーと良い勝負だ。
で、今日こそはとか思っている。

出発前に友人に「王家の谷で何か拾って来い」と頼まれていた。
けれどそれはmixiのコメントだったので気付いたのは帰国後だったから特に何も拾ってはいない。
という王家の谷へやってきた。
ツタンカーメンの墓があった場所。並びに諸ファラオの墓がある谷。本当に呪われるのだろうか。

本当に谷だった。
バスの走るアスファルトの黒いライン、その両側にそそり立つ砂色の岩壁。
映画にあるような風景。
その谷には現在までに63の墓が発見されている。
もちろんまだ盗掘を免れて砂に埋もれる黄金もあるかもしれない。
そういうこと聞くと、考古学ってロマンだよなー、とか思う。
鈴木さんが見つけたからフタバスズキリュウ、とかいうのもロマンだよなー、と思う。
ツタンカーメンの墓に入れる。
有名な金色のマスクはカイロの博物館収容なのだけれど。
どうでもいいがツタンカーメンて「TUT ANKH AMEN」なんだって、そういう切り方か。
ツタンカーメンの石室には棺があるのだけれど、それが入口よりも大きくて且つ内部と材質の違う意思でできているという話。
これもまた、ロマン。
やっぱり「でかいもの、古いもの、わけわかんないもの」はロマンなのだよ。

ハトシェプスト女王葬祭殿てとこにも行った。
何と言っても綺麗。
ごつごつした岩壁の下の部分が表参道ヒルズ、みたいな図を想像してもらえればいい。
そのギャップに息を飲む。
振り返ると緑が広がり、地平線まで見渡せる。
王の見た風景、か。

午後はルクソール神殿とかカルナック神殿とか。
これからいろんな神殿を見て回ることになるが、
まあ旅行ガイドを見る限りどれも砂色の柱と壁と人形とのある廃墟という感じで同じように見える。
ただ、やっぱりどれもちょっとずつ、個性というか印象が違う。
例えばカルナック神殿は中でも高かった。
鉛筆をつっ立てたようなオベリスク(遊戯王世代にはお馴染みの名前)という塔、そしてホルス像の上にそびえる壁。
内部にあるスカラベ象は観光客には絶好のいわくつきで、何回か(ここ不正確)その周りを回ると幸せになれるとのこと。
同行のマダムが「日本的には7回よねぇ」と呟いたのがきっかけで7回まわることになった。
ルクソール神殿にはエジプト王朝後のローマ支配の痕跡が残る。
壁に上書きされたローマ皇帝像や柱の様式が目をひく。
やっぱりどの神殿もそれぞれなのであって、一番似ているのはチケットのデザインなのだった。

この日は「香水のお店」にご案内。
ちょっと縁がないなー、なんて思っていたけど、なんていうか香りというのは気分を良くするのよね。
いろいろ試させてもらっているうちに楽しくなっちゃって、買いました。
注目は「シークレット・オブ・ザ・デザート(砂漠の秘密)」というもの。
なんでもこれは媚薬として効果を発揮するとかしないとか。即買い。
なーに、日本で流行ってるような白い奴とは話が違います。
欲しい方、1ml/1000円で売りましょう。

「〇〇のお店」は最初からお値段が決まってるから、値切れない。
そんな経験もしてみたいからぶらりと神殿の近くのみやげ物屋に入ったりする。
だいたい僕は最初の一言で相手を判断していた。
「ワンダラ、ワンダラ(1ドルのこと)」と言って話しかけてくるのは避ける。
「ハーイ、コンニチハ、ニーハオ(アジア人の区別がつかない)」と言って挨拶してくるのはちょっと話してみる。
単純に英語で話してみたかった、というのもある。
お互い第二言語ならまだなんか優しいじゃない。
まあ結果かなりボられたりするんだけど、世間話とかしててそれで解放してくれたり、あるいは売られたり。
楽しいじゃない、人と話すのって、と思って。
僕も英語得意ってわけじゃないし、言っても相当遠ざかってる口だからそこはもうテンションでどうにかする。
身振り手振り、表情の変化。
最後はだいたい「サンキューマイフレンド!アリガト!バイバァーイ!」でシェイクハンドしてしまう。
どうにかしようとして、結構どうにかなるもんだ。
そんなもんだろうよ。
スタバでレジを打ってると、渋谷だから外国のお客様も多い。
ちょっとやってみたさで英語でオーダー聞いてみたりすると、
「オマエ英語うまいな、学生か?」なんて聞かれることがある。
いや、僕は「基礎英語1」で大昔に聞いた「For Here ? Or To Go?」ってのをやっただけなんだが。
でもって調子にのっちゃうと相手も調子だしちゃうからバーっとしゃべられて「?」みたいになる。
まあだったら日本語で、ちょっち高めのテンションとオーバーなアクションでどうにかする。
観光客的には、殊英語圏からの人だったするとやっぱり覚えた片言の日本語って使ってみたいわけでしょ。
そこに来て僕らがレジで流暢に「Thank You」とか言っちゃうと萎え、だと思うんだよね。
だからちゃんと表情作って、目配せして、「アリガト」と言うことにしている。
日本に来た感じ、するじゃない?
僕だってエジプト来たらアラビア語の「シュクラン(ありがとう)」って使ってみたいし、実際使った。
郷に入ってはなんとやら、という日本語は非常に便利ですね。

夕食はなぜかエジプト風中華料理。
そしてビール。3日目にしてようやくビール。
イスラム圏でアルコールは駄目だけど、それじゃあせっかくの地中海がもったいない。
ビールもワインもちゃんと作ってる。
主流なのは「ステラ」という銘柄。
これがすっきりしたのどごしと、クセのなさで非常にうまい。
期待を裏切らないエジプトビールなのであった。

ナイルに沈む夕日を拝み、気分よく、寝る。

ナイルにファルーカに夕日

ナイルにファルーカに夕日



(続く)
10日分て、疲れる・・・。

45℃の風景 2日目
9 月 18th, 2009 by 内藤 拓真

日記とはその日のうちに書くから日記なのであって、
出来事から執筆までの時間が長ければ長いほどにその内容は不正確になる。
殊、僕の場合には不正確というか出来事がより誇張されていく傾向にある。
それは人間の常だと言えばそうで、特に男性の方にありがちな話である。
というような目で、この出エジプト記を読んで頂けると幸いだ。
かのモーセもきっと本当は湖を泳いで渡ったぐらいのことだったんじゃないの、とか言ってみる。

2日目の行程を要約すれば「ピラミッドめぐり」ということになろうか。
あの「三角で大きいやつ」はエジプト国内に118基存在する。
ウン千年も昔にどうやってそんなものを建築したのか謎過ぎる。
NHKは「螺旋状に積んだ」と言い、美容院のお兄さんは「宇宙人がやったんスよ」と言っていた。
だって積んである石一つが軽く自分ぐらいある!
世界の七不思議で唯一現代に後を残すもの、それがこのピラミッドなのだ。
ちなみに残りの六不思議は以下。

・バビロンの空中庭園
・エフェソスのアルテミス神殿
・オリンピアのゼウス像
・ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
・ロードス島の巨像
・アレクサンドリアの大灯台

それはさておき。ピラミッドの話。
その巨大なデルタを前にして、悠久の昔に想いを馳せることもできず、ただただ圧倒的な威力に為す術もなく立ち尽くすばかり。
という高尚なことまったくなく、僕はと言えばカメラの前でピラミッドをふんづけるような面白写真ポーズをとって、
同行する地元警察に銃を向けられていたのだった。(彼もフザケ半分だった。)
得てして観光客はピラミッドを上からつまんだり、手のひらに乗せるようなポーズを好んでいたようだが、
中でもスフィンクスとキスをした僕のワンショットは秀逸だったはずだ。
手元にデータがなくて貼れないのが残念ではあるが。

ツアー旅行にありがちな展開として「〇〇のお店へご案内」というのがある。
大概がその地の名産品をつくる様子を実演するのと同時に、
旅行会社お墨付きという保証付きでそこいらよりちょっと高価な値段で商品を売るということになる。
今回はパピルスのお店、香水のお店、絨毯のお店、カルトゥーシュ(ネームプレートか?)のお店へとご案内された。
日本語の達者なエジプトの親父さんがジョークなんかも織り交ぜつつそれはそれは手際よく説明してくださる。
するというと日本人。うぅーん、と感じ入って買ってしまうわけだ。
この日入ったのはパピルスのお店。
これはエジプトのどのお土産屋さんを見ても感じたことだけど、もう少し観光客受けする“ひとひねり”が欲しいよね。
ただパピルスにおなじみのヒエログリフなんかをプリントするのだって、それはそれでよろしい。文句ない。
けれどこれだけどこにいっても「ワンダラ、ワンダラ(※1$)」と言いよって観光客を囲むような商売をやってるなら、
もう少し茶目っ気があってもいいんじゃあないの、と思うのです。
確かに、偶像崇拝を禁じられたイスラム教国家ではあるから「スフィンクスキティちゃん」とかは売れないにせよ、
もうちょっとモダンな、というかさあ。
「つぼおしピラミッド」とか「ファラオっち」とか(笑
でも僕が買った「バルーンツタンカーメン」はかなり秀逸なチョイスだと思う(笑
倒すと起き上がるんスよ(笑

さて、今回はツアー旅行だから添乗員さんが40人を引き連れる修学旅行のような体で動いていた。
そうするとやっぱり集団行動というのが非常にネックになってくるわけで、そんなのは小学生もおっさんおばさんも大差はない。
案の定「荷物出し忘れた」とか「財布おいてきた」とか「出国カードって書くの」とか、
添乗員さんからすれば「さっきあれほど」みたいなうんざりネタ満載なわけだ。
「もう人間不信よ」とは添乗員さん談。
その苦労の想像は容易だ。
添乗員でない僕でも初日からけっこう思いやられた、というか人間考えさせられた。うーん。

他にもこの40人の集団を眺めていていろいろ考えるところはあった。
エジプトにはバクシーシ(喜捨)というイスラームの習慣がある。
富める者が貧しいものに分け与える、という原義が転じて今では半ば観光客の「チップ」のような意味合いで唱えられている。
例えばピラミッドの前にガラベーヤ(エジプトの民族衣装)を着たおじさんが立ってたり、それがラクダに乗ってたりする。
画として映えるからシャッターを切る。
すると右手の親指と人差し指を擦り合わせながらバクシーシを要求する。
ちょっとした写真スポットに案内してくれた時、道を教えてくれたとき、シャッターを押してくれたとき、それが要求される。
日本にこういう習慣はあまりない。(もっとも、高級旅館とかなら「心付け」という形で包む場合もある)
だからそんなことに1$払う感覚がよくわからないわけだ。
僕だって違和感あるから払う気しないし、そもそも避けて通る。シャッターは切らない。
さすがに宗教的行為としてもちょっと疑問を感じざるを得ないし。
けれどその前に人と人とのコミュニケーションという問題がある。
ラクダのおじさんの前でピースをして笑う。はいチーズ。
指を擦り合わせるオジサンをシカトして「行こ行こ」って。
今あなたと一緒にファインダーに映り込んだのは銅像ではありませんよ?
同じ人間よ?
どうして1$渡さないまでも、「ThankYou」とかニッコリとかできないのだろうか。
信じているものとか、国だとか、人種だとかで、人と人とのコミュニケーションはそこまで揺らぐのだろうか。
なんだか少し悲しくなった。

カイロ空港からルクソールまで空路移動した。
空港でのハイライトは美人のロシア人(?)を見たこと。
すげー美人、というかすげータイプ(笑
という主張を仲間内でしていたら聞いてた同行のご夫婦に笑われた。
このご夫婦、旅行中仲良くしてくださって楽しかった。
特に奥様のムチャぶりに慣れるのが結構大変だった(笑
やれ「そのポーズどうなのよ?」だの「~からのー?」みたいな。
御主人にもその調子だから面白いし、それに照れつつ応える御主人もまた面白い。
良い夫婦ってこういうことだろうさ。

そんなこんなで結構疲れてカイロ発。
離陸を見届けてグッスリ。
飛行機はバスより安全で快適だ。殊エジプトではね。
ルクソールでハプニング。
ロストバッゲイジが一件。
さらに空港職員が何か言いあってると思ったら施設一室の扉が開かないという話。
ドライバー叩きつけたり最後にはドスンドスンで開けてた。そんなことって、あるの?
荷物は後に見つかる、が空港でしばし待ち惚けて日付が変わった。
ホテルでまた泥のように眠る。
夢は、見ない。

ナイルを臨めるホテル!

ナイルを臨めるホテル!

 

ギザでかす!

ギザでかす!

 

 

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