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取材:ムンドデアレグリア

7月3日、朝6時過ぎに王さんと下北沢に待ち合わせ、長い取材の一日が始まった。

電車を乗り継ぎのりつぎ、途中おばちゃんに道を正されながら着いた先は「浜松駅」。そこからバスに乗ってムンドへ着いた時には昼の12時を回っていた。

 

「ムンドデアレグリア」

ペルー、ブラジルの日系人の子を主に受け入れ、体育と音楽、日本語の授業以外は現地語の授業が行われる。すなわち、ペルーの子にはスペイン語、ブラジルの子にはポルトガル語で授業が行われることになっており、よってクラスは学年と国籍によって細かくクラス分けされている。

さて、実際に訪れてみて分かったことは多い。というより、ほぼそうだと言える。まず、学校の家屋が2階建てのちいさな事務所のようなところで、教室は小さく、クラスの人数も5~6人で構成されていた。

日本語の授業をいくつか見学させていただいた。無論小・中学生だから、生真面目に、というわけではなかったが、授業を受ける子供たちはそこに微塵の「民族」も背負わずにただその授業を楽しんでいた。

授業見学させてもらった教室の子供たちにインタビューをすると、みんな将来ペルーへ帰るんだと、無垢に言う。ほとんどの子供が幼い頃に、もしくはつい最近になって日本に来た、おそらく出稼ぎの日系労働者の子供であるらしい。ここには僕の受けて来た「在日」の教育現場との切実な差異が現れている。彼らにとっての「民族教育」とはなんなのだろうか。また、彼ら各々の居住地の近くには環境を同じくする友達がいないのだそうだ。こうして学校で集まることで、やっと自分たちは仲間に出会えるのだ、と。「仲間」に。

大人のための日本語教室も行われていた。授業では浜松の地名であったり、住所であったり、実践的な漢字の読み方などが指導されており、非常に興味深かった。授業に出席されている2人の方に話を聞いたが、やはり仕事を求めて日本へきたのだと言う。「子供にペルーのことをしっかりと学んで欲しいですか?」という質問には、(上手く伝わった自信はないが、)「すぐにペルーへ帰るので。」と、期待と裏腹な答えが返ってきた。

子供たちにとっては、「すぐに帰るからペルー、ブラジルのことを勉強するのは当たり前。」なのだろう。しかし、自身の浅い見聞ながら、出稼ぎ労働者のなかには定住化が進んでいるらしい。これがこれからのムンドでの教育にどのような影響をもたらすのであろうか。

こんなことを質問したくて、授業の終わりを待ったのだが(ここの学校はどの先生の非常にせわしなく働いていらっしゃったので)、校長先生はすぐに出かけられるということであった。

その後電話での取材を取り付けて、僕と老師はバスにのり浜松へと帰った。インタビューこそを眼目においていたため。そのときは悔しかった。

いろんなことをかみ締めながらうなぎを食べて、下北沢に帰ってきたのは24時を回っていた。長い一日だった。

 

で、昨日まで熱を出して寝込んでいたわけですが笑

 

今回の取材で学べたことは多い。そして訊たかったことも多い。後の電話取材での期待が大きい。

9月過ぎになると思うが、朝鮮学校、フランス人学校、インドネシア学校、と取材がほぼ受け入れてくれそうな学校も集まってきた。今回の取材の反省を生かして、次回に繋げたい。

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