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NINS取材旅行記0826 川人光男先生@ATR

8 月 31st, 2009
This entry is part 1 of 3 in the series NINS08

8月26日

 

今日は自然科学研究機構の取材で京都へ行く。少しだけ早起きして、吉祥寺駅へ向かう。午前8時20分。早起きといっても、授業期間なら駒場へ向かう時間だ。中央線は平日の割りにすいている気がする。夏休みだからかな。30分後には東京駅。ゼミ長と西田くん、そしてN700系のぞみ15号が待っている。ここから京都駅までは3時間とかからない。すごい。

 

新幹線の中では無線LANが使える。これまたすごい。ちょっと予習をしておこう。今日の取材先はATR研究所の川人光男先生。テーマはBrain Machine Interface。脳みそが体の司令塔だと言うなら、その司令塔が何をしろと言っているのかを聞けば体がどう動くか分かるはずだ。いや、その情報でロボットを動かしてみてはどうだろう。本当に脳が身体に信号を出しているならロボットがちゃんと動く仕組みを作れるはずだ。いやいや、むしろその仕組みが分かれば脳が何やってるのか分かるんじゃないか。簡単に言えばこんな研究をしている人だろうか。英語の紹介ページを読んで、英語読むの遅くなったなぁと思いながらも、名古屋に着く前には読み終えた。

 

西田とゼミ長が寝ているのを横目に、暇つぶしに読書を始めた。おととい駒場図書館で見つけた本だ。東大の大学院でやった社会人講座を書籍化したものらしい。大学の講義で書籍化されているものは大体おもしろい。これもハズレではなかった。ふむふむ。っと読み始めた途端に京都についてしまう。しまい忘れたノートPCを片付けながら、降り遅れないように焦りながら、京都の地に降り立った。去年の京大取材以来かな。その前は・・・小6の修学旅行か?そして確実に修学旅行以来の近鉄電車にのって新祝園(ほおぞの)に向かう。

東京みたいな気持ち悪い住宅街の無秩序な拡大が終わったところで一気に視界が開ける。といっても盆地だから山は見えるんだけど。一面の水田の中を線路が延びている。踏み切り音のドップラー効果を聞いて千と千尋の神隠しを思い出す。カオナシと電車にのる場面。

祝園は田舎とも都会とも形容しがたい場所に見えた。駅前に大きく綺麗な商業施設があるし。でも、たぶん田舎。バスに乗ってわかった。京阪奈学研都市というのはまだ新しいのだろう。きれいで、大きくて、人気が無い建物が並んでいた。赤字で有名な「私の仕事館」もあった。WEBコンテンツは充実してるのにね。その向こうには国立国会図書館。目的地ATR研究所があった。

 

まずは会議室のようなところで川人先生のプレゼンを聴く。まずは今度のNINSシンポジウムで講演する内容とその背景知識が伝えられる。

脳の仕組みを考えるというときに、一つの大きな流れはその構成部品について詳しく調べる方法である。例えば、脳の部品として前頭野や脳幹、海馬などの言葉を聞いたことがあるかもしれない。では、それらの中身はどうなっているのだろう?より細部に着目すれば、ニューロン、グリア細胞など、また新しく名前が付けられたものたちが現れる。ではもっと細かく見てみると、といって結局分子一つ一つの挙動まで見えてくる。テクノロジーとサイエンスの時代である20世紀が人類に与えた巨大な知の勝利だ。しかし、それでもまだ知が足りないのだろうか、脳の仕組みはよくわかっていない。心理学の様に、こころという脳の機能に着目している学問もあるが、そこからもまだ時間がかかりそうだ。

さて、それでは人はいつ脳の仕組みをわかったと言えるのだろう。ここで少し考えてみよう。粘土で人形をつくることを見てみる。袋から出したばかりの粘土はただの長方形の物体だ。それを人はこねくり回してだんだんと人型にしていく。胴体と四肢、そして頭。人の外見はある程度決まっている。顔の表情や腕の先に付いているはずの五本の指がなくとも人形には見えるかもしれない。しかし、よりリアルな人形をつくるなら、顔の上には目鼻口があるだろうし、腕の先には(何か事情がない限り)5本の指がついているだろう。私たちは人形に人の形、つまりは人間の外見という機能を再現したのだ。

人間の脳という機能、思考や感情と行ったものだけでなく呼吸や体温まで管理している脳の機能を再現できた時、人は脳を理解したと言えるのではないか。
中世から近代にかけて、人形に「命のもと」を埋め込むことで人造人間ができると考える錬金術師がいた。彼らは命のもととして様々なものを考えた訳だが、それらは現代から見ればばかばかしくも見えるのだが、人造人間をつくる試みは完全に失敗に終わる。当然だ。ただ、人造人間と聞くと現代人でも人の形と人の心を兼ね備えたものを想起するだろう。人の要素として、心と体は不可分なのではないか。

21世紀、現代の科学者は暇な大学生の即席おとぎ話とは全く別次元のロジカルな思考によって、脳を真似して脳を理解しようとしている。科学者は脳波やfMRI、脳磁計などの先端観測装置を操り脳の内部でどんな物理化学現象が起きているのかを調べることができる。そのとき、観測器を着けられた被験者は生きていて何かしらの動作をしたり、想像をしたりしている。分子が舞い、血流が踊る物理化学の舞台としての脳の姿と、心や精神と呼ばれる脳の高次活動が、現代科学技術の結晶と大科学者のロジックを通して結びつけられるのだ。さあ、サイエンスは脳を理解した!とは言えないことは少し前に書いた通り。

Aというイメージをしているときには脳のXというところが活発に活動している。逆もまた然り。これだけわかっても「脳をわかった」と言えないのはなぜか。それは相関関係を示しているだけだからだ。例えば、飲食店の数と銀行の数は正の相関関係(小学校で勉強する比例みたいなもの)がある。では銀行のまわりに飲食店ができる!といえるだろうか。ちょっと待て、他の要因はないか。ああ、なんだ昼間の人口が多い所に銀行も飲食店も立地しているんだ。納得。データをグラフに描いて、比例関係が見え見えだったとしても、すぐに結論を下さない慎重さ。これがサイエンスがサイエンスたりえる所以だ。普通は対照実験といって、要素を一つだけ変えてあとはできる限り同じ条件で行う結果を見て初めてすこし安心できる。
脳科学でも対照実験を行えばいい。だがそれは難しい。「前回の実験と完全に同じやり方でぼーっとしてください」なんて指示が可能だろうか。あるいは「この前より15%弱い眠気に襲われてください」。脳の機能はあまりにも複雑で、科学的に扱うには方法をうまく考えなければならないのだ。

ここでようやく出てくるのが、コンピュータで脳機能を再現する仕組みを作り、その仕組み(コンピュータだからいくらでもいじれる)を動かしながら、人と同じ様に動くかを調べるという方法だ。こう書くと人型ロボット変わりのない様に見えるが、「仕組み」が「人と同じ様に」動くことが重要だ。歩くだけならHONDAのASIMOにでもやらせておけばいい。ASIMOはコンピュータが姿勢を制御して歩行の様に前進することはできるが、その歩き方は人間のものではない。また、再現するのも動作ばかりではない。紹介された研究例では脳の観測から目が何を見ているのか再現することに成功している。いまあなたの目に映っているディスプレイ上の一文字が、脳の様子を見るだけで読み取れてしまうのだ。まるでテレパシーのように。

さて、ここで脳機能を再現するという川人先生の研究ではロボットを使っているということを書いておこう。私たちの体は脳から指令を出して手足を動かしもするが、ものの触感や温度などの情報を絶えず受け取っている。そうであるなら、脳の機能をコンピュータで再現するには人に近いセンサー群と人体のように動く身体が必要である。人体と脳という分けられるようで、その機能を果たすには不可分のものたちを根こそぎ再現しなければならないのだ。といってできたロボットがCB-i。ちゃんと関節が人間と同じ様にあり、センサーも付いている。駆動装置も人のしなる肉体を模倣するために電気モーターだけでなく油圧で筋肉の代わりをさせている。

ちなみにこの油圧駆動、応用面でも意味がある。例えば、この研究が進んで考えただけで機械が動かせる様になったとする。その装置(BMIという)を寝たきりの人に着けて、下半身をサポートするロボットスーツを着てもらえば、体は言うことを聞かずとも、脳の活動を読み取ってロボットスーツの力で起き上がることができるのだ。さらに興味深いことに、神経のせいで片腕が動かなくなった人に同じような機械を着けてイメージするだけで指が動く様にしたところ、頭で動かすように考えて、それでも手は動かないのだけど、それもBMIで読み取って機械を使って指を実際に動かすようなことをしたところ、だんだんと機械なしでも指が動かせる兆候が出てきたという。つまり、肉体が残っていればこの新しいリハビリ方法で再び動かせるようにできる可能性が出てきたのだ。さらに、肉体の一部が失われてしまった人も、考えるだけで本物の手足の様に動かせる義手義足が開発できる可能性も現実味を帯びてくる。これから世界最高の高齢者社会の道を突き進む日本にとって、かなり重要な意味をもつテクノロジーを生み出すことになると考えられる。

 

夢の技術。言葉にすれば簡単だが、それを実現する裏には科学者たちの莫大な努力があることを現在進行形で見ているわけだ。秋分の日、シンポジウム本番では会場を訪れて本物の科学者から本物の話を聴いてほしい。川人先生かっこいいっす。

朝倉 彰洋 NINSシンポジウム事前取材

東大ツアー

8 月 7th, 2009

駒場ではオープンキャンパスが行われている一方、今日は東京大学本郷キャンパスで母校愛知県立時習館高等学校の一年生を案内した。

希望者のみなのに150名近くが参加してくれた。この取り組みは私が高校2年生になったときに始まったので、私は東大ツアーには参加したことが無い。サークルの合宿で東大生のみなさんが東京から居なくなる時期に被っているので、ガイド側の東大生を揃えるのに毎年困っているらしい。実際、時習館からは毎年20人ほど東大に入学しているはずなのに、今日のガイドを務めたのは1年生から4年生まで合わせて10人程度だった。

私の担当は理学部医学部志望者(といっても1年生だから憧れ程度だろうが)で、なんと合計47名。対するガイドは駒場生の私とベテランガイドのOさん。Oさんに頼りきりで残念な人になってしまったが、Oさんが5人分くらい働いてくれたのでいいとしよう。11時から14時まで、赤門から第二食堂前のロータリーまで、ぞろぞろと5歳年下の後輩を案内した。

高校生、それも「東大に行きたい!」というより「大学ってどんなところ?」という意識の高校生に何を見せるか。ベテランガイドOさんのルートを紹介しよう。

まず、赤門前を塞いでいる47名の高校生を移動させる。志望学部も考慮して医学部方面に移動。左右に見える建物の説明をして、そこで行われている研究や、まめ知識を紹介している。最後尾についていたのでよく聞けなかったのが残念だ。

ここで医学部本館の横にある高い建物に向かう。なんでも展望ラウンジがあるらしい。セキュリティは大丈夫なのかなと思ったが、部外者でも普通に入れるらしい。実際に行ってみると、小学生くらいの男の子が勉強をしていた。そこに高校生47名を詰め込んで見える建物を概説。新宿の特徴的な建物群はわかるのだが、丸の内方面がよく見えない。受験生がたくさん泊まる東京ドームホテルが邪魔で向こうが見えない。東大受験生は親が受験に付き添うガキンチョなんです、なんて話をしたり。あとは六本木ヒルズやミッドタウンが見えた。

エレベータで47人を上げ下げするだけで大変だが、この次は図書館へ向かう。医学部本館前で掲示板の話。HRが無いから掲示板で連絡を確認しないと留年します(笑)とか。あとは医者になるには国家試験に通らないといけないんですよ、という話をしていたようだ。いかんせん距離がありすぎて聞こえない。高校1年生で世の中の仕組みをまだ知らないだろうということでしゃべったのかな?

合格発表が行われる図書館と三四郎池の間の道を進みながら、合格発表の話をして、図書館へ。赤絨毯にシャンデリアという豪華な建物を堪能してもらいたかったが、一度に入れるのが高校生15人だとか。仕方が無いので残りを引き連れて福武ホールとコミュニケーションセンターを見せる。図書館の中は良く知らないので、Oさんに任せた。この建物は安藤忠雄が・・・という話をしても、皆さん安藤忠雄を知らない様子。私は3年生の英語の教科書で初めて知ったので、当然。コミュニケーションセンターでお土産タイム&図書館の待ち時間つぶし。

理学部は興味あっても医学部は無いだろうと思い、宇宙好きな人!と声を掛けて光電子増倍管を見せる。まぁただのお化け電球だが。

図書館が巨大なせいで、時間がかかるかかる。後で聞いた話では、ショパンの手があるとか。知らなかった。

いい加減時刻も12時を過ぎたので、中央食堂へ移動する。そしていつものように大混雑に巻き込まれる。時習館の生徒だけで150。他の学校も来ていたようで、食堂は大混雑。このとき集合時刻集合場所を告げずに解散してしまった!なんたる失態。中央食堂は圏外だからOさんからの電話を受けるために中に居るわけにもいかない。おかげで食堂を走り回って声を掛けて、その上安田講堂前の広場集合なんていったもんだから炎天下で待ちぼうけ。ごめん後輩諸君、すいませんOさん。

生徒もだんだんと集まりだしてきたところで、人数確認。この時点で13時すぎてる。しかし、書類には48人と書いてあるのに、47人しか居ない。困った困った困った。時間が無いから工学部側の案内をOさんが誘導して、私は食堂周辺の探索に。でも、見つからない。困った困った。帰りに本郷の図書館で勉強しようと思っていたので、実はかばんが重たかったりする。居なかったらそのときはそのときだと思って工学部方面へ移動。Oさんは一人でも47人をまとめていた。すごい。

もう時間がないから、工学部一号館の前の広場からまっすぐ理学部一号館へ。Oさんは理物なので本拠地だ。理学部一号館の奥には小柴さんのノーベル賞関連の展示がしてあり、メダルまで展示されていた。ここにも光電子増倍管があり、Oさんがカミオカンデの実験の概要を説明する。CCで聞いた人には二回目になってしまったが、いろいろと周辺情報も含めて話をされていたので、横に居た文学部グループもよくわからんがすごいという顔をしていた。

ただの汚い池でもある三四郎池に移動して、あとは集合場所の第二食堂へ向かう。御殿下も見せたかったが、残念時間が無い。そしてみなさん疲労困憊。

こんなんで時習東大ツアーは終了した。そして先生から48人ではなく47人でいいことを聞かされて安堵した。

このあと後輩たちは上野の国立科学博物館に歩いて向かったそうな。めでたし、めでたし。

 

ただ、不忍池が見えるまで東大生ガイドが付いていったので、解散場所から本郷三丁目まで歩くのがつらかった。

来年もやろう。むしろ、あの状況を見るとやらないなんてかわいそう。

朝倉 彰洋 ありふれた日々