AERAに載った

3 月 11th, 2010

AERA3月15日号に載っちゃった。
きっかけは「貧困と東大」ちゃんと立花ゼミの名前も出ている。年収200万でも東大。
新勧の宣伝材料にはちょうどいいかな?

協力してくれたゼミ生、アンケートに答えてくれた三鷹宿舎の学生、何かと助けてくださった立花先生。ありがとうございます。

「知らない」が故に将来を閉ざされようとしている若者に、「貧困と東大」で明らかにしてきたことは、希望の灯を与えられると信じています。

 

実際には自分でいいのかなぁという思いもある。浪人してるし。完璧には程遠い。そんなやつでもどうにかなってるということで、いいのかなぁ。

朝倉 彰洋 未分類

『ファシリテーション入門』(堀公俊 日経文庫,2004)

1 月 17th, 2010

他人を動かすのは大変だ。ついついめんどくさがって、自分一人でやろうとしてしまう。しかし、一人じゃできないことのほうがたくさんある。

会議やミーティングをする。何かを決めるために。でも、みんな押し黙っていたり、議論から逸れた雑談が始まったり。そして何も決まらない。

高校生までは自分一人でやるか、大人数でやるとしてもレールがひかれていた。しかし、大学生になって、新しい何かをやろうとしたときにハタと気づく。他人の扱い方をよく知らない。

この本を手に取ったのは立花ゼミの先輩である岩崎さんに教えてもらったから。

ファシリテーションは会議やミーティングなどを円滑に進め、創造的な意見を生んだり合理的なコンセンサスを築くことといえるでしょう。

入門というだけに、ファシリテーションとは何か、どのように使えるか、ファシリテーションにはどのような技術があるか、を順を追って説明している。

ただ、この本を読んだからファシリテーションができるようになるというわけでない。しかし、心構えくらいは身に付くと思う。

会議の中で一人ファシリテーターを置くのもいいが、参加者それぞれがファシリテーションの心構えを持っていれば、より建設的な会議ができるだろう。

会議などに参加する機会のある人(=ほぼすべての人)で進行について教育を受けたことのない人には、流すだけでいいから一度読んでみることをお勧めする。

特に、最後の一章はファシリテーションを導入すればどうなるかを示した架空の会議が紹介されており、ここを読むだけで感じはつかめると思う。

朝倉 彰洋 本棚

講演会「二十歳の君へ」立花隆+立花ゼミ  配布資料について訂正

11 月 22nd, 2009

この記事は11月22日に行われた立花隆の講演会「二十歳の君へ」で配布した冊子をお持ちの方に向けて書いています。

冊子2ページに私のエッセイが掲載されていますが、最後の一行が欠落しています。
正しくは以下の通りです。

気づけばまた今年も駒場祭の季節になった。もうすぐ二十一歳になる。

私の二十歳の頃。それは自分をありのままに見ることを忘れ、思い出した一年間だった。

朝倉 彰洋 未分類 , , , ,

駒場祭「二十歳の君へ」

11 月 21st, 2009

講演会
「二十歳の君へ」
http://kenbunden.net/20/
立花隆+立花ゼミ

11月22日15:30開演

来た人に後悔はさせない。

朝倉 彰洋 未分類

壁–越えるべきもの

11 月 11th, 2009

 

「壁にぶち当たる。」

壁と言う言葉は障害の代名詞としてよく使われる。越えるべきもの、または越えられないものとして扱われている。今回は、「壁を越える」について考える。

 

あそこへ行きたい。向こうへ行きたい。そう願う人々の前に立ちはだかる障害。それが壁である。壁があるせいであちらへ行けない。

そこで人々は考える。壁を壊せばいいと。叩いたり、体当たりしたり。とにかく壁を壊せば向こう側へ行けるはずだ。

しかし、自分の身体を使って壁にぶつかっていると、ほどなくして限界が訪れる。硬い壁に対して、こちらは生身の身体。壁に傷をつけることも出来ずに脆弱な肉体は限界を迎える。

そこで人々は考える。このままじゃいけない。なんとかしないと。

ふと足元の石ころを拾い上げて壁に向かって投げる。硬い音がする。壁に小さな傷が付く。生身の体当たりではびくともしなかった壁に傷がついた。これでいけるかもしれない。壁にどんどん石をぶつける。たくさんの傷が付く。しかし、壁は破れない。

なんで身体でぶつかった時は壁に傷すらできなかったのに、小さな石ころをぶつけたら傷がついたのだろう。そうか、石ころが硬いからだ。よし、石ころで壁を叩いてみよう。ほら、さっきより大きな傷ができた。人間は経験から学び、未来に活かすことができる。無数の成功と失敗の蓄積が知識となり、人々をより高く、より遠くへ導いてくれる。壁の向こう側へさっきよりも近づいた。しかし、壁は崩れない。

壊せない壁なら登ってしまえばいい。業を煮やした一人がそう考えた。垂直な壁をどうにかして登る。壁が低いのならそれでいいだろう。では壁がとてつもなく高かったら、途中まで登れだとしても上にも下にも動けなくなったら、どうしよう。手足を滑らせれば地面に向かって真っ逆さま。用心深い臆病者は残り、愚かな勇者は壁を登る。壁を登りきったとして、その先なんてわからない。リスクをとって結果を求めるのだ。

なにかしら行動しつづけている間は幸せだ。俺は頑張っている。あと少しだ。そう思えるから。

壁に石をぶつけたら傷が付いた。前進だ。・・・壁を破るのにどれだけ時間が要るのかな?

壁を登ればいい。虎穴に入らずんば虎子を得ず。・・・本当に登りきれるの?

 

xxすればいい。何か目標があったときに、単純にxxすれば達成できると信じている人々。結局失敗したとしても、彼らの表情は暗くない。むしろ半ば達成感を持っているような。「あんなに頑張ったから仕方ないよ」

壁を越える。壁の向こう側へ。真の目的を忘れ、目の前の手段にのめり込む。手段が目的になる。

間違った今日に満足し、望むべき明日を忘れる。

 

大学受験のころを考えて欲しい。何時間勉強しただの、何時間しか寝てないだの、努力した自分がかわいくて仕方がない連中があなたの周りにもいたのではないだろうか。だからといって、彼らが特別優秀な成績を収めているわけでもなかったり。本当は、テレビを見ながらCMの間だけ問題を解いていたり、ケータイをいじりながら参考書を眺めていただけかもしれない。塾で友達とおしゃべりした時間も彼らにとっては勉強した時間だったりする。

この例では明らかであろう。何が目的で、本当はどうすべきであったか。受験勉強で必ずしも勉強時間は重要でない。できるようになればいいだけのことだから。時間あたりの生産性を向上させればいいだけのこと。

世の中に吹き荒れる形式主義、事なかれ主義。そのままでもとりあえずの今日はやり過ごせるから、何を為すべきかなど考えない。むしろ、現状を変えようとするものは異端者として冷遇される。誰だって苦しい思いはしたくない。ぬるま湯にずっとつかっていたい。現状を変えなくとも生きていけるのならそれで良いじゃないか。

 

私たち大学生はこのような風潮を打破しなければならない。私たちが生まれた20年前、日本は傲慢と己惚れによって一寸先に待ち構える暗闇に気づかなかった。 そして今や世界でも有数の経済停滞国である。さらには歴史上未だかつてない超高齢少子社会の道を突き進んでいる。そのような国の「将来を担う若者達」が我々なのだ。

人類史上誰もぶつかったことのない壁が迫っている。 しかし、私たちのなすべきこと、できることはひとつしかない。考えて、行動するのだ。

 

考えろ。脳ミソから汗が出るまで。

正解などない。先生もGoogleも答えを知らない。私たちが答えになるしかない。

 

朝倉 彰洋 適当に書いている

駒場祭のCM

11 月 6th, 2009

駒場祭当日にキャンパス正門前のディスプレイで放送される宣伝映像の提出が10月31日締め切りだった。合計4本を提出して、権利の関係でインターネットに流せないものを除いて2本をYouTubeのKENBUNDENチャンネルで公開する。

朝倉 彰洋 未分類, 適当に書いている , ,

教科書

10 月 18th, 2009

-物理化学
アトキンス 物理化学 上/下 (8th)
¥ 5,985/¥ 6,090
Atkins’ Physical Chemistry (9th)
¥ 6,307
物理化学―分子論的アプローチ 上/下
¥ 5,670/¥ 5,880
Physical Chemistry: A Molecular Approach
¥ 10,856

-無機化学
シュライバー・アトキンス 無機化学 上/下
¥ 6,825/¥6,720
Shriver and Atkins’ Inorganic Chemistry
¥ 5,856

-有機化学
マクマリー有機化学 上/中/下
¥ 4,725/¥ 4,620/¥ 4,620
Organic Chemistry
¥ 12,275

高いよ・・・

日本語版高いし、どうせ論文は英語で書くんだし原著買おうかな。

「一生使えるから、まぁ買いなよ」と複数の教授が言っていた。

朝倉 彰洋 未分類 , , ,

作って遊ぼう

10 月 5th, 2009

工学部の講義を受ける。理論を学ぶ。いずれは社会に役に立つ仕事をする。

 

 

それはそれで大事だけれど、忘れちゃいけないものづくりの楽しさ。

楽しいね!久しぶりにワクワクした。子供のように胸弾む思い。

朝倉 彰洋 ありふれた日々 ,

NINS取材旅行記0907 宮下保司先生@東大本郷キャンパス

9 月 19th, 2009
This entry is part 3 of 3 in the series NINS08

9月7日

事前取材もこれで最後。といっても全部で3回しか行けなかったが。今日は見慣れた本郷キャンパスで、東大医学系研究科の宮下先生のお話。

安田講堂のように時代を感じさせる建物がたくさんある本郷キャンパス。最近は土地利用の効率化のために高層建築物も増えてきた。赤門入って右手のビルは経済学部だし、その向こうにある白い巨塔は医学部の建物だ。宮下先生とはここでお会いした。

心や感覚、記憶といった単語から、私たちはその意味とどんな感じのものかがわかると思う。これらの言葉に私たちはとてもあたり前の様に接している。しかし、科学的にはよくわかっていないので・・・というのは今回のシンポジウムはどこも同じ話。

では、「心」だとか「感覚」だとかいったものを科学的に扱うにはどうしたらいいのだろうか。科学的に扱う、科学的手法で調べるということは、実験で検証可能なモデル(仮説)を考えてやって、それをテストするという手順になる。つまり、何か知りたいことがあれば、実験で取り扱う方法を考えてやれば、「脳科学(笑)」と言われずにサイエンスとしての脳の研究ができるのだ。

例えば、東京タワーや国会議事堂を思い浮かべることはできると思う。それもかなり鮮明に。では、東京タワーの鉄骨一本一本まで再現できるだろうか?もっと簡単に、展望台の位置を正確に言えるだろうか?国会議事堂の入り口には柱が何本あるだろうか?テレビや新聞でおなじみのイメージ。かなり鮮明に思い出せるはずなのに、細部を尋ねられた途端にイメージは霞の中へ消えていく。実際に目で見ていることと、見た像をイメージすることは「見ていない」こと以上にどこかしら違うのだ。

また逆に、何かを見る。例えば国会議事堂を見たときに、鳩山首相の顔がパッとイメージに浮かぶかもしれない。ほうれん草のおひたしを見ると母の顔を思い出すかもしれない。記憶の中のイメージが、視覚によって勝手に読み出されることもあるのだ。

それらのイメージがどのように生まれるのか?ヒト以外の動物ではどうか?そのとき神経細胞はどう活動しているのか?

これらの問いに、科学的に扱える適当なモデルを作って検証することで、「見る」ということ、「イメージする」ということを探っていくのだ。

 

今回の取材を通して強く感じたのが、脳科学者は科学的に真摯であろうとする努力を、一般の人々に向けて話すときは入念に行っているということだった。世の中に科学を絶対視(曲解妄信)する風潮があるが、脳科学は間違った(意図的に間違えた)引用をされやすい。遺伝子によって機能が決まると言うことも、このフレーズだけを抜き取ればくだらない優生学をサポートすることもできる。そしてどのような悲劇が起きたことか。ドイツでは戦後しばらくは人類学ができない雰囲気だったという。

脳科学は人類に自分たち自身を理解する手がかりを与えてくれるだろう。自分たちのことだ、とても興味深い発見もこれからあるだろう。

ただ、そのとき私たちは冷静に情報を受け止めなければならない。これは科学全体にいえることだし、また科学以外にもいえることだ。話はちゃんと最後まで聞いて、自分の頭で考えなければならない。新聞の見出しを読むだけではなく、記事の中身も読むように。さもなければ、自らを滅ぼしかねない。

脳科学を通して、ヒトを科学するおもしろさと怖さを知ることができた。

朝倉 彰洋 NINSシンポジウム事前取材

Ångström    高校で身に付ける科学的思考能力

9 月 17th, 2009

「マイナスイオン」というものがあるらしい。もうブームは収まった気がするが、体にいいらしい。

「xxは体にいい」という言説に踊らされる哀れな消費者。家庭科の授業ちゃんと聞いてたのかしら?家庭科ほど将来役に立つのが確実なベンキョーはないでしょうね。あ、男子が家庭科を履修するようになった時期とか内容の変遷とか分かって書いてますからね。ただのアオリ文句でした。

技術家庭科の授業内容は直接生活にかかわることですから、役に立つことが見えて良いですね。数学、化学、物理なんかは「2次方程式なんて使わない」という名言に代表されるように、役に立たないと考えられる科目です。数学と理科をいっしょにしちゃだめか。理科は現実世界のことを扱っていますから、少しは役に立ちそうでしょ。「科学的思考」を身に付ける!とか言えばかっこいいでしょうな。

 

どんな場面で役立つの?と聞かれたら、個別具体的に回答していくことは可能でしょう。

化学の実験でトップツがどうの沸石がどうのって覚えさせられたかと思いますが、あれは「溶液を加熱中に突然沸騰するとことがあり、高温の溶液が飛び散り危険である」というお話です。怪我しないようにしようね、ってことです。硫酸なんて浴びた日にゃ大やけどですからね。これ、役に立つ話と関係が無いように見えますか。家庭で実験するわけじゃないですからね。でも、料理はするでしょう。てんぷら作ろうと思って、油満載の鍋をほかって置いたらどうなりますか?やけどか火事のどちらかでしょうか。加熱実験と同じ話でしょ。

そんなもの「火をかけた鍋には気をつけろ!」って教えればいいことだし、そもそも親に教わっているだろうと思われる方、私もそう思います。こういうのを科学的な知識が何か具体的な情報を「示唆している」なんて言ったりします。直接ではないんですね。あまりいい例えではなかったですが、理科で勉強したことでメチャクチャ金が儲かるだとか、そういった「役に立つ」は企業に任せておきます。今日はそういう話がしたいんじゃないんです。前置きが長いですね。

 

科学的思考力を身に付ける。そういったときは、「知識」と「考え方」のセットを身に付けることだと私は考えています。理論だけでは現実世界に応用できないし、知識だけではただの雑学になってしまい、初めて出会うような現象に対処する術はありません。もっともらしい説明をつけることもできません。

まぁこんなことを言っても、多くの高校生は受験に使う科目だからといって化学や物理を勉強するわけです。大学に行きたいんだから当たり前です。私もそうでした。ただ、受験のためとはいえ、そこで身に付けた知識と考え方を後の数十年なりの人生で活用できないなんてもったいないと私は思います。私も中学のときは「のこぎりなんて使わねーし」とか思ってました。大学生になって使いました。いつ役に立つか分からないものです。(それにしても義務教育でPCの使い方もっとちゃんと教えたほうが・・・)

受験のため、とはいえそれが後で役立つ。残念ながら、理科で勉強したことが最も役に立つのはネガティブな方向です。騙されない、ということです。

「納豆食ってダイエット」「バナナ(以下略)」確かに納豆もバナナも食べてる私はBMIが18くらいしかない痩せ型の体系ですが、納豆食ってダイエットは常識的に考えてないと思います・・・。その「常識」ってやつの一部を、化学なり生物なり家庭かなりで勉強したことどのが構成しています。騙されないぞ^^v

 

さて、ここまで勉強したことが役に立つ的な話でした。でも、私が書きたかったのは、いまの高校生は勉強してすらいないんじゃない?ということです。前置きが長すぎました。

「知識」と「考え方」のセットを身に付けていて、あと計算が速ければ試験では高得点が取れます。ということで私が受けた平成20年度センター試験の化学1大問1問2aを見てみましょう。

「ヘリウム原子の直径(?)m程度」で選択肢が(1)10^(-20) (2)10^(-15) (3)10^(-10) (4) 10^(-5) です。

理系でない方に分かりやすく書くと次のようになります。選択肢3,4は身近な単位でも書いてみました。

  1. 0.00000000000000000001 m
  2. 0.000000000000001 m
  3. 0.0000000001 m (=0.1 nm)
  4. 0.00001 m (=0.01 mm = 10 μm)

ナノテク!とかバイオ!とか言って喜んでる方々がいる現代において、ナノテクの基本である原子一個の大きさくらい知っていて当然だと思っていました。だってセンター試験を受ける受験生なんですもの。答えは1オングストローム。え?選択肢に無いって?そりゃあ現在の高校化学ではオングストロームを扱わないことになっているからね。メートルだといくつになるのか知っていないといけないわけですね。きゃー暗記テストだわー(><)

本番の試験でもこれは難問にランクされるようです。それも奇異な知識を問う問題として。大学入試センターの問題作成部会の見解では次のようになっています。

問2は原子の大きさ、質量に関する基本的な知識・理解を問う問題であるが、問2aの原子の
大きさに関しては正答率が極めて低かった。また一部より「数値の記憶を問う問題である」と
の批判を受けたが、ナノサイエンス、ナノテクノロジーの重要性が増大してきている今日、原
子のおおよその大きさ(オーダー)を知ることは、物質の成り立ちや構造について具体的なイ
メージを持つために必要な知識であろう。

また、啓林館の公表している資料では次のようになっています。

第1問は,「物質の構成」に関する設問で,例年同様基本的な知識を問うものが多く,正答率も高かった。ただし,問2a は正答率25%程度で,今回のセンター試験の中で最も低かった。これはヘリウム原子の直径を問うもので,覚えていなければ答えようのない問題であった。

覚えてなくても推定できそうなものですが。まぁいいや。正答率25%で今回のセンター試験の中で最低とはどういうことでしょう。受験生の諸君は原子の大体の大きさも知らないわけです。文系も化学は受験していますが、多くの文系は生物を選択することを考えると・・・日本の産業界の将来が心配です。大丈夫か理系?

一応弁護しておくと、いっしょに浪人していた友人(東大生/理一)も間違えていました。「2か3で迷った」そうです。また、受験で化学といったら大きさのような物理的性質が問われることが少なく、多くの参考書にも原子の大きさについては記述がほとんどありません。あれ、弁護になってないかナ

 

大学受験のレベルなんてこんなもんです。科学的思考力がどうのと言う前に、高校生の知識レベルはここまで低いものでした。ちゃんちゃん。

 

 

※注意※

現行のいわゆる「ゆとり教育」では「考える力」を育てることに注目しています。したがって、今回引き合いに出したようなwikipediaで調べれば出てくるような知識を詰め込んだ生き字引は好ましいものとされていません。試験問題も情報の多くは問題冊子に記載され、そのデータをもとにどう思考するかが問われます。例えばヘリウムの大きさを間違えた理系の東大生くんは細胞のサイズなどを考えてちゃんと絞込みができています。

また、これはいわゆる学力の低下を指摘するものでもありません。同じ問題を30年前に出して調査したわけでもなく、上述のようにカリキュラムも違いますので短絡的にこれだから最近の若者はと言うことはできません。ただ、私は理系ならこれぐらい知ってろよとは思います。

朝倉 彰洋 適当に書いている