1. 大隅 良典 先生

大隅良典(おおすみ・よしのり)先生は細胞内で起こる「オートファジー」と呼ばれる現象を研究する第一人者です。

DNAの遺伝暗号(4種類の塩基からなる1次元の配列)はmRNAに転写され、その情報を用いてオルガネラの一つであるライボソームribosome(「リボソーム」ともいうが、こちらの方がより英語に近い)でタンパク質が合成されます。こうした「構成」的プロセスに対し、いわばその逆の「分解」にあたるプロセスがオートファジーautophagyです。

この仕組みを発見するきっかけとなったのは、酵母菌への栄養供給を止めた際に液胞の周りに突如として細胞質の一部分を包み込むように膜が生じ液胞に入る、という現象でした。液胞の消化機能を人工的にストップさせると、この膜構造が液胞の中にどんどん蓄積されていく様子がはっきりと観察できたのです。後に、この膜はミトコンドリアなど周りの小器官を消化するため、小器官を呑み込んで液胞まで運ぶ役割を果たしていることがわかりました。

外部から栄養が得られなくなった時も細胞は機能停止するわけではありません。常時「構成」と「分解」のサイクルが回っていて、外部との物質のやり取りがなされなくなっても、自らの内側にある各器官を「リサイクル」して生産活動を持続させようとする見えない仕組みが備わっているためです。また、この機能自体が働かなくなると、細胞は本当の「死」を迎えることになります。

オートファジーが、細胞に侵入してきたバクテリアを殺すなど、単なる細胞の持続的活動にとどまらない役割をも果たしていることも明らかになっています。また、ある種の疾病はオートファジー機能が不全であるために生じると考えられており、医学・薬学的応用への展望が開けたこともあってか、今や多くの研究者がテーマに選ぶようになりました。

しかし、いわゆる「基礎科学」・流行に乗らない科学的研究を重視なさる大隅先生は、始めはなかなか認知されなかったオートファジー研究が現在ある種の「流行り」の時期を迎えていることについて、あまり楽観的ではありません。

研究のそもそもの動機は純粋な科学的興味や感動にあるわけで、「役に立つ」かどうかとは別問題…研究のトピックも、「成果」「進歩」の程度も、後になってみなければ評価できない、と先生は言います。近年、世界規模で研究職における極端な成果主義的性格が強まり、研究者が資金確保に躍起となっている事態は大学生である私たちの耳にもよく入ってくる話ですが、大隅先生はこのような「近視眼的な」実用性ばかりを追い求める風潮があることに強い危機感をお持ちでした。また、それに加え、研究者の人間的コミュニケーションが希薄になり、研究の進展に悪影響を及ぼしているという点も指摘しています。加藤先生もおっしゃっていた、研究の「全て一人で成し遂げるものではない」といった性質をよくご存じだからこそ感ぜられることなのでしょう。