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生物の生存戦略
われわれ地球生物ファミリーは いかにして ここに かくあるのか



<塩分水分の摂取を制御する脳内機構>


                                基礎生物学研究所 野田昌晴
                                記事執筆 酒井寛(東京大学立花ゼミ生)


我々人間のからだの中には血液中のミネラルや血糖値などをどのような状況に置いても一定の濃度に保とうとする機能が備わっている。恒常性の維持といわれるものであるミネラルの中でもNa(ナトリウム)は人間のからだの中で神経活動に関係する重要な働きを担っている。

人間のからだのなかでは、細胞の内部と外部でNaの濃度に一定の濃度差が出るように調整されている。この濃度差があることで、神経に電気信号が生まれ情報が伝わるからである。もし、体のNa濃度が正常に保たれなければ、人間の様々な活動を脳から指令する神経の活動に異常が生じ、人間は死に至ってしまう。また、細胞内外のNa濃度差を利用して細胞の中に必要な物質を運び込むシステムも存在する。このためにもNaの濃度管理が適正に行われていないと、細胞や器官に障害が発生してしまう。以上に述べたように、人間のからだが正常に機能するためにはNa濃度の管理は不可欠なのである。

では、どのようにして体内のNa濃度は監視され、調節されているのであろうか?
大まかな流れはこうである。まず、脳の脳室周囲器官という部分が流れる血液中や脳脊髄液中のNaの濃度の上昇を感知する。Na濃度の上昇を感知した脳室周囲器官は、「バソプレシン」というホルモンを産生・分泌する神経細胞に指令を送る。「バソプレシン」は脳下垂体の後葉(要は脳下垂体の後ろ半分)で血液中に分泌される。「バソプレシン」は腎臓に作用し、原尿から水分を回収する(尿量を減少させる)働きを促進する。それゆえ、「抗利尿ホルモン」ともいわれる。また、脳室周囲器官は摂食中枢にも指令を送り、水分の摂取を促すとともに、塩分摂取を控えるように指示する。すなわち、血液中の水分の量を増やすことで上昇したNaの濃度を薄めて下げようというのである。

以上のような大まかな流れはわかっていたのだが、実は何とこれらの過程の一番はじめの部分である、脳でNa濃度を感知するセンサー的な役割を担うシステムについて、今まで何もわかってなかったのである。
今まで謎であったこのシステムをネズミを使った実験で解明したのが野田昌晴先生である。

細胞の中と外をNaが行き来するとき、どこからでも通れるわけではない。
細胞膜にあるNaチャンネルという、いわばNaイオンの関所のようなものがあり、Naイオンはそこからしか通れない。しかも細胞の外側でNa濃度が高いために一方通行なのである。入るときはNaチャンネル、では、出るときはどこから出るのか?
それは細胞膜上に存在するNa/K-ATPアーゼという酵素の働きによる。このATPアーゼはATPをつかって細胞内に存在するNaイオンを3つくみ出すと同時に細胞外からK(カリウム)イオンを2つ中に取り込むという働きをしているのだ。

Naチャンネルのなかにも多くの種類が存在していることがわかっている。その中の1つのNaチャンネルに注目したのが野田先生である。このNaチャンネルはその他のNaチャンネルとはあまり似ていない異質なものであり、しかも働きが不明であった。
しかし、実験を重ねていく中で、そのNaチャンネルが実はNaイオンの恒常性の維持に大変大きな役割を担っているということがわかったのである。

このNaチャンネルは主に脳の中でも体内のNaの濃度を感知する役割をする脳室周囲器官のグリア細胞に集中的に存在している。このNaチャンネルは単独ではなく、先ほどあげたNa/K-ATPアーゼと相互作用しながら機能する。まず、血中のNa濃度が上昇してくると、このNaチャンネルがそれを感知して開口し、細胞内にNaイオンが流入する。
そうすると、細胞内のNaイオンの量が増えるので、それらを細胞外に再び運び出すためNa/K-ATPアーゼの活性が上昇する。Na/K-ATPアーゼの活性度が上昇すると多くのATPが消費されてしまうためにATPを補うためにある機構が活性化される。
その機構とは何か? 解糖系である。解糖系はグルコース1分子あたり、2分子のATPを合成するが、その結果、同時に乳酸も作りだす。このグリア細胞から放出される乳酸が大きな役割を果たす。

Naxの存在するグリア細胞は「GABAニューロン」とよばれる神経細胞の一種をすっぽり包んでいる。この神経細胞は、実は乳酸の濃度の増加に伴って、活性化するのである。
わかりやすく言えば、乳酸の濃度が上昇するのを感知して、電気信号を送り始めるのだ。GABAニューロンは隣接した神経細胞をコントロールしており、この神経細胞がさらに「バソプレシン」を分泌する神経細胞や塩分・水分の摂取を制御する神経細胞に信号を送っている。その結果、体内のNa濃度の上昇はおさえられ、Na濃度は生理的濃度に保たれるのである。

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