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生物の生存戦略
われわれ地球生物ファミリーは いかにして ここに かくあるのか



<有性生殖と無性生殖を支える幹細胞システム>


                                京都大学 阿形清和
                                記事執筆 酒井寛(東京大学立花ゼミ生)


 皆さんは胚性幹細胞(ES細胞)というものをご存知だろうか?1998年にヒトでES細胞株が樹立されて、再生医療を実現させる夢の細胞として一気に世間に知られることになった細胞、といえば思い出す方もおられるだろう。

 幹細胞とはいったいなんなのか?それは、自分で分裂することによってどんどん数を増やすことができる細胞、すなわち「自己増殖能」を持った細胞である。それと同時にきわめて重要な性質を持っている。それは「分化多能性」とよばれる「いろいろな種類の細胞に変化することができる」性質である。どういうことかというと、幹細胞は人間でいうと骨や筋肉の細胞になったり、ある時は脳や眼の神経細胞になったり…そんな能力をもった細胞である。この、骨や筋肉などの特定の細胞に変化することを「分化」という。そして、どんな細胞にも「分化」できる、すなわち「分化」に関して「全能性」をもっている細胞を全能性幹細胞と呼び、ES細胞は幹細胞の中でもどんな種類の細胞を作り出せる特別な細胞なのだ。すなわち、必要なときに必要な細胞を供給できる再生医療にはきわめて便利な細胞ということになる。

 ES細胞は科学者が人工的な培養液の中で増やすことに成功した全能性幹細胞であるが、自然界にも全能性幹細胞を使って巧みな生存戦略を展開している生き物が存在する。その典型的な生き物がプラナリアである。阿形先生の講演ではプラナリアという生物を通して、全能性の幹細胞がプラナリアの生存戦略においてどのような役割を果たしているのかについて、お話しされる。

 プラナリアという動物は扁形動物という動物門に属し、見かけはとてもかわいらしい生き物である。水の中を優雅にゆっくりと泳ぐ姿は非常に愛くるしい。そしてプラナリアの代表的な性質は「切っても切ってもプラナリア」である。どういうことかというとプラナリアの体を切ってしまっても、その切片からまた1匹の完全なプラナリアが復元されるということである。100年前には、プラナリアの体を279分の1の小断片に切っても、そこから1匹の完全なプラナリアに復元したという記録がある。

 プラナリアは個体の数を増やすとき、主に無性生殖をする。つまり1匹が分裂して2匹のプラナリアになるのである。しかも一回分裂したらそれっきり、というわけではない。いくらでもいくらでも分裂し続けられるのである。実際に阿形先生の実験材料であるプラナリアは17年間にわたって分裂し続けて無限増殖している。

 プラナリアのこれらの性質には幹細胞が大きな役割を担っている。いくらでも分裂して増えることができ、また何にでも分化できる性質をもつ幹細胞がプラナリアの全身にまんべんなく存在しているため、切っても切ってもプラナリアであるし、17年間も無性的に増え続けられるのである。

 普段は無性生殖で分裂して増え続けるプラナリアであるが、ある環境に置かれるとなんと有性生殖をするようになる。すなわち、プラナリアの体に雄の部分と雌の部分ができる雌雄同体型になるのである。そしてコクーンという巨大卵を産卵し、そこから子供が生まれるのである。

 なぜ、無性生殖で増えることのできるプラナリアがわざわざ、有性生殖に変更するという不思議な行動をとるのであろうか?

 そこにはプラナリアが地球に生まれてから現在まで生きながらえることができた大きな秘訣がある。また、プラナリアの巧妙な「生き残り戦略」の裏には幹細胞が非常に大きな役割を果たしているのである。
 それはいったいどのような戦略で、そして幹細胞はそのときプラナリアの体でどのような働きをするのか。
 阿形先生の講演によって明らかにされる。

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