Posts Tagged ‘科学研究の現場を研究する’
5. 日本に帰って:認知科学の変化と文化人類学
いわゆるコンピュータが出てきて、プログラミング言語で表したものが人間の思考のモデルだと多くの人が思った時期、すなわち60〜70年代が認知科学のピークでした。我々が環境にいて外から情報が入ってきて、情報そのものに意味は無いけど、情報を処理して我々が意味を与えるんだ、という考えです。つまり、外界(意味に関係しないものとしての環境)は切り離して、完全に頭の中の思考だけのモデルで表現しようという考えでした。
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6月 27th, 2011 | 取材記事Tags: 科学研究の現場を研究する
4. 転機:ロンドンへの留学
自分の研究歴を振り返って、東南アジアをやっていた時期とその次の時期(精神病院以降)で研究テーマが大きく変化しているように見えるのは、90年にイギリスのLSE(London School of Economics and Political Science)に留学したことが背景にあります。
LSEはロンドンにある社会科学が強い大学の一つで、社会学とか文化人類学とか経済学の著名な先生がいる所でした。それで社会人類学科に行ってみたけど、たまたま社会心理学科で認知科学セミナーというのが始まったんです。 Read more »
6月 27th, 2011 | 取材記事Tags: 科学研究の現場を研究する
3. タイでの研究
一つのステップになったのは、インドネシアの後、タイの上座部仏教について研究をしたことです。ジャワの宗教と比べタイの仏教はすごくシステマティックで、ジャワで出てきた自分のテーマを先に進めるにはタイの方がいいなと思って行きました。
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6月 27th, 2011 | 取材記事Tags: 科学研究の現場を研究する
2. インドネシア、ジャワでの研究
―最初のインドネシアから現在の科学研究現場まで、私達からすると先生の研究対象は大きく変わっていったように思います。研究生活の中で、どのような経緯やお考えがあったのでしょうか?
アジア、アフリカの農村を選んで、大体平均で二年くらい滞在して、そこの言語を学んで文化を研究するのが、文化人類学者のベーシックなパターンです。それで最初は、知り合いの先生がインドネシア専門だったので、ジャワ※のイスラムの研究をしたいと思って村に入りました。 Read more »
6月 27th, 2011 | 取材記事Tags: 科学研究の現場を研究する
1. 駒場~大学院:文化人類学への道のり
―これから進路を選んでいく学生へのメッセージも兼ねて、大学に入った頃からお話しいただけますか。
大学に入ったのは32年前(1977年)の事になります。外交官になりたい、外交に関わりたいという思いが最初あって、僕が狙っていたのは国際関係論でした。国際関係論に行きたかったから文二(文科二類)に入った。現在でも同じことを考える人がいるけど、文三(文科三類)だときついから国際関係に入るなら文二がいい、という情報は我々の時代でもありました※。
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6月 27th, 2011 | 取材記事Tags: 科学研究の現場を研究する

