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Interviews

【SF企画】幸村誠先生取材(漫画家)


PHASE 03 SF漫画の持つチカラ

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――デブリに限らず宇宙開発やSFジャンルで、自分たちが思ってたSFよりも世界が先に行った、あるいは現実に負けたなってことありますか?

デブリに関しては今言った通りですが、こと情報通信に関するハード・ソフト、コンピューターとITに関する技術は想像を絶する進歩です。
ケータイなんてまさにそうです。情けないこといっぱいですよ、未来予測能力の足りなさよ!

『プラネテス』1巻でも、雑誌が昔あったMDとかフロッピーのサイズで、これでも僕は「進んでるぅ?!」みたいに思いながら描いてたんです。
今はUSBどころかmicroSD、というかソフトでダウンロードですよ。

あとは、ウェアラブルコンピューター。
服に内蔵したり眼鏡に内蔵したり、ひょっとすると頭に内蔵するようなものも、10年もすれば出ますよ。

皆が欲しているものは必ず出ますし、現実は想像の域を消えて進歩してます。
20世紀の人間には追いつけないですね……

――じゃあ次先生が『プラネテス2』を描くとすれば、その辺りも盛りこんで……

全然違うでしょうね。
どこか機械くさい、歯車と鉄と油の匂いのする宇宙船より、タッチ式の透明のモニターなんか出して、洗練されてすっきりした描写をしなければいけなくなるでしょうね。
既に、ボーイング787やアメリカの戦闘機で実用化されていると聞きます。ヘルメットのバイザーに様々な情報が出て(*12)…… 。
そんな未来が!?っていうのが現実になろうとしてるんですよね。

――SF漫画の中で『プラネテス』のようにリアルと陸続きになってるような作品も増えています。
そういう作品が現実といかに対抗するか、あるいはSFがどうやって生き延びていくか、という点では何かお考えでしょうか?


未来予測において、想像力が及ばなかったとしても、別にそれを僕は負けたとは思わないし、SFが価値を失ったとは考えていません。
ゆうきまさみ先生の『機動警察パトレイバー』(*13)、1999年の時点で警視庁が人型ロボット・レイバーを運用することは実際には無かったけれど、あの漫画はたいへん面白かった。
作品自体がただ何年に成立したかっていうだけの話で、面白ければいいんですよ。

ここが漫画家の楽なところですね。面白ければ嘘ついてもいいんですよ。

歴史を題材にした『ヴィンランド・サガ』でもたくさん嘘ついてます(笑)。嘘8に本当2です。
漫画なんてそんなもので、歴史に忠実で、設定や考証に囚われると面白さを失います。

歴史に完全に忠実である場合、最初から「誰が見ても面白い歴史」を発掘してくる必要があります。
それをただ紹介するだけなら、果たしてそこに作家性はあるのかと思うし、歴史は有限で掘り尽せば限りが出ます。
いつかはネタに困りますよね。

そこはクリエイティビティが発揮される場所だろうと思います。だから嘘8本当2くらいでいいんです。

――SF漫画が実社会に与える影響について、どうお考えですか?

漫画を読んでデブリを発生させるテロを思いついたってテロリストに供述された日には、『プラネテス』は発禁処分でしょうね。

ただ、SF全般に関しては気にしていないですね。

僕の知り合いが、過去に日本を襲った天変地異をテーマに漫画に描きたいと言ってるんです。
けど、このご時世にそんな漫画を描いたら、どんな批判や感想が来るか分からないから、ちょっと二の足を踏んだりしているとのこと。
考えたらきりがないですよね。
僕の漫画だって「剣で家族を殺された人の気持ちを考えたことがあるんですか」って抗議がきたらどうしよう。

あらゆる漫画に現実へ影響する可能性がある。
もし、何か起こった時は運が悪かったと諦めるしかない。
なるべく気を付けて、誠意と思いやりを持って細やかに書ければいいと思ってますけど。

ポジティブな面でいえば……
SFが現実の技術進歩や現実のありようと、我々の理想や空想の世界の架け橋をするのに、大した努力は要りません。

ドラえもんスピリッツです。「こんなこといいな♪できたらいいな♪」っていう(笑)。僕らはただそれを思って描くだけで十分です。
今はみんな「今」に暮らしているから、「今」のことはよく知ってる。
でも「未来」のことは果たしてどこまで知っているか。
でも未来に「こんなだったらいいな、すごいな」っていうのをたくさん描けば、だんだんそっちの方に行く。
悪い方向に行こうとしていた歴史の何かが変わると信じています。
だから我々の務めは、正しくあろうとか間違わないようにではないようにではなく、素敵な未来を描くこと。
ドラえもんスピリッツで、こういう良い未来、目指している未来にしよう、とあれば、逆もまた真なりですね。
「こんなのイヤだな」って思わせたら、そっちから逃れたいと思えるじゃないですか。

漫画の中では、今は起っていないけど、将来的にはあり得ないとは言いきれない、そんな危険性を描いている。
それが現実化する前に大惨事が描けることができます。
ケスラーシンドローム が起こる前に、ケスラーシンドローム(*14)の絵を描ける。
それで「おっかねえ」ってみんなに思ってもらえる。

それが現実に与えられる良い側面だと思います。

未来を描くタイプのSFだとして、先の世界を描くことの大きな意味はそこにあります。
夢想のようなものだと、ああ夢物語だなとただ思うだけかもですが、起りうるかもという未来を描くことに対する意義の一つです。

それは起こりうるかもと思ってもらえないと現実に影響するものではないでしょうね。

――SFのジャンルの中で映画や小説など色々ありますが、その中で漫画を選んで表現する意義、漫画でしかできないこと、ってありますか?

特にないですね。こと、映画に関しては負けっぱなしですね。
映画関係者になればよかったなと。

唯一漫画に非常なメリットがあるとすれば制作が安価で購入も安価だと言うことです。

そして、出版流通を別にすれば、制作は下手すれば1人でできて、人員も少なくて済む。

これは作品内容ではないですけど大きなメリットです。
何故なら、バンバン作れるからです。
色んなテーマで、こけるかなってちょっと思うような内容でも、投資が少なければバンバンやれる。

これが製作費120億円とかいう映画だったら絶対こけられないじゃないですか。
営業もスポンサーもディレクターもプロデューサーも絶対こけない方向に持っていかざるをえない。
作る前から資金提供者を納得させないとイケナイから。

やっぱりそうなると内容に影響し、自由さを失う。
安いというのは、我々が自由でいられる大きなメリットだと思います。

――小説だとそれこそ絵を描かなくとも1人でもできます。小説の世界に行こうとは思わなかったんですか。

スゴイですよね、今からでも行こうかな。絵を描くの辛いんですよね、ホントに。小説家だったらいいなあ笑

いや小説が楽だと言ってるんじゃないんですよ。文才っていうのは全く違うモノなんで。
この前、あとがきをやらせてもらったんですけど、文才ないな、って痛感しました。

絵の方が説明しやすいです。ただ、文章の方が想像させやすい。そこがいいなあ。
「その時絶世の美女が現れた」って書いたら、もう、絶世の美女に違いないからですね。
でも我々絶世の美女を描こうとしたら絶世の美女の顔を書かないといけない。
いや、無茶だ、やめてくれよ、無理だって(笑)。

技術がどうしても追いつかない場合もありますけど、小説のうらやましい所はそこですね、他にもいろいろありますけど。
一方で漫画は小説と比較したら、もっとはるかに直感的に状況を理解してもらえて、説明しやすい。

いずれにせよ、我々漫画の最大の武器は安さです。
今はレンタルビデオもあるけど、小売りの方はともかく、製作費って意味だと絶対的に僕らの方がフットワークが軽いです。

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*12ヘッドアップディスプレイ(HUD)と呼ばれる。
*13 1988年を基点とした10年後からの数年間の近未来の東京を中心とした地域を舞台とした漫画、アニメ、小説などのメディアミックス作品。ゆうきまさみ作の漫画版は『週刊少年サンデー』(小学館)にて1988年から1994に連載。第36回小学館漫画賞少年部門受賞。
*14スペースデブリが互いに、あるいは人工衛星などに衝突すると、それにより新たなデブリが生じる。 デブリの空間密度がある臨界値を超えると、衝突によって生成されたデブリが連鎖的に次の衝突を起こすことで、デブリが自己増殖するような状態が存在する。ケスラーシンドロームはこの状態の生起を許す、スペースデブリの挙動を定式化したモデルのうちの幾つかが示すシミュレーション結果の一つ。提唱者の一人であるアメリカ航空宇宙局 (NASA) のドナルド・J・ケスラーにちなんでこう呼ばれるようになった。