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Interviews

【映画企画取材】藤岡利充監督(映画監督)


【監督自身の経歴】「元々総理大臣になりたかったんです」

-監督ご自身の経歴を伺いたいです。何故、まず映画を撮ろうと思われたのでしょうか?

僕は元々総理大臣になりたかったんですよ。でも、17,18の時に、なれない、というか、なっても得がない。政治家になっても、誰も褒めてくれないってことに気付いてしまって。お金を儲けたら怒られる。名誉が欲しくてももらえない。楽しいことをしたらそれもまた怒られる。そういう時に、自分が他に、二番目に何がしたかったかと考えると、人を楽しませる、ということだったんです。その中で、一番興味があったのが映画で、だからスタローンとか、ロッキーとか、ターミネーターとか、自分は本当に人を楽しませるのが好きだったから、学園祭とか、体育祭とかも一生懸命やっていました。
そういった面を活かして、自分が楽しみながら、人を楽しませて、お金をもらえるのが映画なんじゃないかな、と考えながら。それがスタートなんじゃないかな、と思いますね。

 

-それで『フジヤマにミサイル』(11)を撮って、その後、映画「立候補」を撮影なさるまでの八年間は山口の方に帰っていらしたんですか?

『フジヤマ』を撮った後、しばらく東京でCMのディレクターの仕事をしていて、XBOX360の初期のCMは僕がやっていたんですよ。で、しばらく経ってから、実家が新聞屋をやってるんで、それを継ぐ、継がないという話になりまして……。東京で自分がやってきた仕事って大したことないんじゃないかと思って、山口の方に戻ってきたわけです。で、山口で、そこから二年半くらいかな、実家で働いてきたんですけど、とはいえ、東京で何かやり残したことがあるってのは、ずっと心に引っかかっていて、ずっと再起を図ってきたんですよ。
とはいえ、今から山口県で映画を撮ると言ったら、「30越えた男が、なに夢みたいなこと抜かしてんだ」って言われるんだろうな、って考えた時に、「この日本には、もっと馬鹿みたいな、夢みたいなことを、もっと批判されて、皆から無理だって言われているようなことを続けている人がいるんだから、俺がやろうとしていることなんか、夢じゃなくて、ただの目標に過ぎないんじゃないか」と思ったんですよね。だから、もっと大きな夢を追っている人を見て、自分の夢を相対的に小さくしてやろうと。それで、「夢追い人」って企画になったわけですよ。

 

-泡沫候補の他にも、埋蔵金を探す人とか、一人宗教家とか、企画の候補はあったとのことでしたが。

ありました。とはいえ、僕の発表場所はネットしかないと思ってましたし、ネットでとりあえず有名な人から探ってみようかと、それで泡沫候補。まずは政見放送が有名な外山さんからスタートしてみたら、OKが取れたので、じゃあついでに、政見放送シリーズで行ってみようと思って、マックさんが浮上したわけです。

 

-監督は今後も、映画を撮り続けるおつもりですか?
勿論です。アカデミー賞を取るつもりです。

 

(11)藤岡監督の監督一作目。バンドマンとAV女優の恋愛映画だが、お蔵入りとなっている。

藤岡監督4