KENBUNDEN

合コンから貧困まで 東京大学見聞伝ゼミナール公式サイトです

トップページ > Interviews > 【観劇企画取材】高野しのぶさん(現代演劇ウォッチャー)

Interviews

【観劇企画取材】高野しのぶさん(現代演劇ウォッチャー)


たくさん観て、ストレート・プレイに還ってきた

―高野さんはどのような媒体から公演情報を集めているのでしょうか。

まず劇場に入ったらポスターとチラシですよね。それから、ぴあとかイープラスとか、いわゆるプレイガイド(※1)から届く宣伝メールで大手の公演情報はわかります。

―CoRich(※2)は見ていますか。

そうそう、「CoRich舞台芸術!」ね。私は頻繁にCoRichで公演検索してます。そもそもCoRich舞台芸術!の立ち上げにもかかわっていますし。あれがなかったら今の精度でメルマガは出せないです。それからツイッターの情報ですね。フォローしている劇団や友人のアカウントから情報が流れてきて、自分の好きな俳優や演出家、劇作家の名前が目に入ったら読みます。

―では、作家や演出家、役者さんなどの名前を見て、観にいく公演を決められているのでしょうか。

だいたいはそうですが、主催者も重要です。あとは劇場がプロデュースしている公演だからとか、あの制作会社のこの企画だからとか。いろいろ知っているからこそ選ぶ、演劇フリークの選び方ですね。15年間も演劇を観ていると自分の好みはわかっているので、まったく知らない公演でもチラシを見ただけで面白そうだから観にいくような “ジャケ買い”は、私の場合はほぼないですね。東京が、演劇がものすごく盛んな街であることもその一因ですが。

―小説などが下地になっている演劇もありますが、そういうものはどれくらい下調べをして観にいきますか。

下調べが必要なものは調べてから行く場合もあります。たとえば映画の舞台化だったらその映画のDVDを観ておいたり。でもほとんど下調べはしないです。観たい公演がいっぱいあるので、いちいちそんなことをしていたら大変。私はできれば前情報一切なしで観たいので、チラシもあまり読まないですね。チラシは結構ネタバレしていたりするので。

―高野さんの個人的なお考えでいいのですが、演劇をより面白く観るために、観るときにここに注目すると面白いんじゃないかというのはありますか。

自分自身の心の動きに注目するのがいいんじゃないですかね。「あれ、私びっくりしてる!」とか「なんでこんなに不愉快なんだろう?」とか(笑)。特に、すごくつまらないお芝居を観ている時は、「なぜ私はこんなにつまらないと思っているんだろう……」と分析することにした方が面白いですよね、ただ受け身で観続けるより。

―演劇を観て面白いと思う点は、観劇を始めてからの十数年のなかで変わってきましたか。

はい、変わりました。

―どのように変わってきましたか。

俳優という職能というか、職業に対しての見方が完全に変わりましたね。今は、俳優が自分が演じる役柄として、そして同時に俳優本人として舞台上で生きているストレート・プレイ(※3)が観たいです。国立劇場から観始めて、新劇、小劇場演劇、歌舞伎、能、文楽、オペラ、ミュージカル、バレエ、コンテンポラリー・ダンス……などなど、ジャンルを問わずたくさん観てきて、ストレート・プレイに還ってきたという感じです。
―――
  1. 演劇、映画、コンサートなどの各種チケットの販売をする小売業者。
  2. 「CoRich(こりっち)舞台芸術!」は舞台芸術の公演情報、クチコミ情報が日付や場所から簡単に検索でき、登録もできるポータルサイト。
  3. 台詞に音楽などを用いない、いわゆる台詞劇。

お芝居では観客も作品の一部

―さきほどおっしゃっていたクリエイティブな観客とはどういうことでしょうか。

お芝居では観客も作品の一部なんです。観客という創造物が多数そこに存在していること自体クリエイティブだと思うし、さっき言った、「なんで私はこう思っているんだろう?」と座席で考えることもクリエイティブですよね。具体的にモノを作り出しているわけじゃないけど、創造的な行為だと思います。

それから、観客が舞台に与える影響は本当に大きいんです。あるステージに対して“ひとかたまりのお客様”がいるのではなく、観客一人ひとりが、個別に影響を与えているんです。舞台にいる俳優、オペレーションしている技術者、舞台袖で待機しているスタッフ、フロントで接客している制作者、そして観客一人ひとりの全てを含む、クリエイティブな存在がぎゅっとひとつの空間の中に集まっている。その営みが演劇なんですよ。

あと、感想が本当に人それぞれなのがとても面白いです。有名な演劇評論家が書いた劇評に、自分の感想とは全く反対のことが書かれていてびっくりすることもあります。

同じ作品を観ても感想はてんでバラバラ。人間ってこんなにも違うんだと確認することで、その多様性を身をもって知ることになります。いきなり大きな話になりますが、そういう体験からこそ平和が生まれると思うんです。「みんなちがって、みんないい」という金子みすゞの詩もありますよね。そんなセンチメンタルなムードではなくとも、ポジティブな事実として「あっ、みんな違うね!」って認めることが平和の礎だと思います。芸術を作る人も、それを鑑賞する人も、平和に貢献しているんですよ。

―演劇を観終わったあとに、感想を共有してこそ演劇を楽しめるということですか。

いえ、1人で観て1人で反芻する楽しみももちろんあります。ただ、同じ空間で同じ時間を共有した人と、顔を見合わせて感想を共有すると、すごく楽しいですし気づきも多いと思います。たとえば映画やテレビだと俳優の顔をアップにすることができますが、舞台にはそういった事前の編集はありません。観客はほぼ無意識に、自分が観たいところを選んで観ることになるんです。好きな女優さんしか観ないとかね(笑)。だから同じ舞台を観たはずなのに、感想が驚くほど違ったりする。

映画は世界中で同時上映が可能だし、映画館で観られなかったらインターネットのオンデマンド・システムやケーブルテレビ、DVDなどでも観られます。決まった時間に決まった場所に行かなくてもいいし、自宅にじっとしていても観られる。対して演劇は一回性の芸術ですから、まったく同じステージは二度とありえません。そして家から出ていかなければ体験できない。ある有名な女優さんがカーテンコールで思いっきり前のめりに転んだことがあって(笑)、それがとても可愛らしかったんです。あれは同じ回を観た人としか分かち合えない。そういう特別な体験をともにすることだけでも、人間は幸福を感じるものだと思います。

―高野さんの周りではひとつの演劇を観にいった後、複数の人たちとその劇の感想を共有する場面が多いのでしょうか。僕の実感としては演劇を趣味としている人たちが周りにあまりいなくて、そういう交流ができにくいと感じていて、そういう活発さがもっとあったらと思うのですが。

本当にそうですね。たとえばパリのオペラ座には巨大なロビーがあります。観ることだけが目的で劇場に足を運ぶのではなく、色んな人と会って話すことも楽しむ、いわゆる社交場になっているんですよね。

だけど日本の劇場のロビーはそういう交流の場っぽくないですよね。消費する場というか、「飲み物買ってください」の場だったり(笑)。お芝居を観た後に食事会やオフ会を独自に開催している例もあるし、観劇を含めた婚活イベントの取り組みもあるので、一概には言えませんが。私も「再演舞台を観て語らう夕べ」という、一般の人と一緒に再演を観て、そのあとにお食事をする企画を2回ほどやりました。

―観る人が多ければいいというわけではないとは思うのですが、チケットが高かったり劇場に交流の場がなかったりといった、気軽に演劇を観に行きづらい状況があると感じます。変えていったほうが良いと思う状況はありますか。

そうですね……たとえば私は学校教育に演劇を入れた方がいいと思っています。美術、音楽、図工、技術家庭科などの中に演劇があればいい。実際に自分でやってみたら演劇の楽しさや効用、得意・不得意も含めてその豊かさがわかるから。

チケット価格や施設に関しては、観客だけでなく作り手も変えたい、変えて欲しいと思っているはずですよね。もっと初期の段階の「嗜むこと」で敷居を下げる方が、演劇に対するアウェイ感が払拭される可能性は高いんじゃないかと私は思います。大それた提案ですけどね(笑)。